39話 『地獄』 (2010年6月5日 389回目)
「ははは、やられちゃったねー。でも、これで茂のところいけるかな……」
「……すまない。僕のせいで……次もなんとか頑張ってみるよ」
鈴原さんの腹部から真っ赤な液体が流れ出て僕の手を濡らしている。手で押さえているが止まる様子はない。どう見ても致命傷だ。
きっともうじき黒い光に包まれて消えることになるだろうが、きっと僕はそれを見ることは出来ないだろう。時間は朝の10時、もうすぐ繰り返しが起きる時間だ。
『暴食スライム』が現れてからは地獄だった。何人も『増殖』の効果を失ってしまったし、その段階すら超えて未帰還者になってしまったメンバーも数知れない。
地獄の始まりから凡そ半日、ここまで耐えられていたのは、βデバッガー達の頑張りと言えば聞こえが良いが、結局は『暴食スライム』自身のお陰だ。
麻痺毒――以前と同じように『反射』により与えたその効果が『暴食スライム』に現れており、動きが鈍くなっていた。前回の倉庫での一戦の通り『暴食スライム』は以前とは比べ物にならない程の強化をされていたが、麻痺毒の効果もそれに応じて凶悪になっていたようだ。
そのお陰でなんとか回避が可能なレベルまで弱体化させることができたが、一撃一撃は当たれば致命的なレベルであるし、そもそもこちらの攻撃が効いているかという意味では微妙だった。
本来ならば撤退を選択するのが正しい選択なのだろうが、βデバッガー達は一般人へ影響が出ることを忌避して徹底抗戦を選んでいた。
この選択をさせたのには僕に責任がある。協力を取り付ける際にこの世界が3日間を繰り返していることを説明してあったからだ。皆は初めは半信半疑ながらも起こる事象が的中するに連れて信用度が増し、地獄に遭遇することで覚悟が決まってしまったらしい。
そんな頑張りもあり、なんとかこの時間まで『暴食スライム』を釘付けにできていたが、最後の最後でミスを犯した。繰り返し間際に起きる意識が薄れるタイミング――そこで僕に対する攻撃があり、完全に避けそこなった。それを身を挺して庇ってくれたのが鈴原さんだ。
鈴原さんまで居なくなったとすると、次以降の周回はより地獄を見ることになるだろう。だが、鈴原さん始め、βデバッガー達の固い意思を感じてしまった手前、今後僕が諦めることは許されない。
自然と閉じていた瞼を開く。そこに映るのは今しがた居たスーパーマーケットの駐車場だ。だが、生き残っていたβデバッガー達はおらず、代わりに買い物客や無かったはずの車が増えている。
目の前にいた年配の女性は、違和感を感じたのか一瞬こちらを見て瞬きをしていたが、何事もなかったようにスーパーマーケットの入口に向かっていった。
今の女性にしてみれば僕が瞬間移動してきたように見えたはずだが、認識阻害の影響か見間違いと判断したようだ。
「今回も継続されたみたいだな。やっぱり、僕だけ……っ!?」
そこまで考えたところで、まさかと思って右方向に振り返った。その方向は『暴食スライム』が最後に居た場所だ。だが、懸念した存在はそこにはおらず、青くて丸みを帯びた自動車があるのみだった。
「そうか、良かった。繰り返し方が違うのかな?」
少なくともあいつは僕と同じように記憶を持ち越しているし、肉体的にも強さを引き継いでいるはずだ。
そのためこの場所に居続けている可能性も十分あったが、どうやら『暴食スライム』は別の法則で動いているようだ。それも今後調べる必要があるだろう。
一応一段落付いたので、念のために身の回りの確認から始める。スマホをポケットから出して日付を確認――6月5日で間違いない。着ている衣服の確認――先程着ていた服と同じ……いや、何か違和感がある。
違和感を感じた箇所を触れてみて気づいた。着ている服が綺麗すぎる。『暴食スライム』の攻撃を避ける為に、時には地面に伏せたり転がったりもしていた。
土汚れもあったはずだし、小さな擦り傷もあったはずだ。そういえばどこにも痛みを感じない。服だけではなく、身体まで治っている。
「…………節約……ってことかな」
考えてみた結論は世界によるリソースの節約だ。つまり、別の世界から次の世界へ肉体ごと移動させるより、あらかじめ『増殖』してあった存在を対象座標に移動させた方が簡単だったとかそんな落ちではないだろうか。
「これなら、僕が致命傷受けても問題がなかったんじゃ……」
思い浮かべるのは最後の鈴原さんの姿だ。実際はαデバッガーでもなく『増殖』の効果がない僕では、即死していた可能性の方が高いが、そんな理論上の話で納得できるものではない。
今回の世界では黒田に加えて鈴原さんも未帰還者になっていることだろう。とは言え、とても気乗りはしないが確認しておく必要はあるだろう。
スマホを操作し、鈴原さんの名前を捜し出す。基本的に黒田に連絡すれば事足りていたので、鈴原さんに直接連絡したことは無かったかもしれない。
通話ボタンを押すと、コール音を模したようなメロディーが流れ始めた。恐らく取られることはないだろうが、10コール程繰り返せば確認には十分だろう。
だが、8コール程した時に思いもかけないことが起こった。それは本来不思議な現象ではないが、僕にとっては驚愕だった。つまり、コール音が止まっていた。
「え!? もしもし? 鈴原さん!?」
「あー、すまん。一美じゃないんだ。その一美なんだが、どこに行ったか知らないか?」
通話に出たのは未帰還者になったはずの黒田だった。




