33話 『暗号』
ダンジョン――それは、その名のイメージ通り魔物の巣窟だ。数自体は無数にあるが、大規模なのは数ヶ所しか存在していない。駅前にある最も巨大な1つは協会が抱え込んで研究施設を併設するまでに至っているが、それ以外は基本放置だ。
無数に放置されたダンジョンであるが、実害は全く無い。魔物がダンジョンから溢れる事もなければ、気づかず侵入して被害に合う事もない。その理由は、そもそも入口が無いためだ。
見た目は只の岩であり、侵入するには専用の『修正パッチ』が必要になっている。そして、わざわざ侵入するメリットもほとんどない。
その僅かなメリットに言及するならば2つ要素があり、1つは特殊なアイテムが極稀に見つかることだ。黒田や鈴原さんの大剣や杖がその例だろう。そしてもう1つはダンジョン自体がバグの塊なので『修正パッチ』が手に入り易いという点になる。
しかしながらどちらも確率は厳しいのでわざわざ狙うことはほぼなく、恩恵が得られるのは協会が調査目的で侵入した際にたまたま発見した場合が大部分を占めている。
また、ダンジョンにはボスモンスターが必ずいるが、別に倒してもダンジョンが消えたりアイテムが手に入ったりすることもない。しばらく後に普通の魔物のようにリスボーンして終わりになるので、人類にとっては脅威でしかない。
総じて、ダンジョンはゲームでの魅力とは裏腹に、ただ存在しているだけで話題に上がることもほとんどない。
「なんでバグの中心がダンジョンなんだろう」
ダンジョンが放置されるのは無害だからだ。その無害なはずのダンジョンが繰り返し範囲の中央に存在しているのが理解できない。
入口があるダンジョンは稀ではあるが、何種類か存在している。そのどれもが出入りが自由なだけで、致命的なバグが生じている場所はない。強いて言えば、重力を無視して空に浮かんでいる空中ダンジョンくらいだろうが、浮かんでいるという事実だけで無害であることに変わりない。
ここのダンジョンが特別例外で最もバグの要素が高いと言ってしまえば簡単だが、ダンジョンの特性から考えて別の要因があるような気がしてならない。
「やっぱり、行ってみるしかないかな」
目線が向かうのはダンジョンへの入口だ。ダンジョンの内側に入ってしまえば安全の保証はできないので、本来は一度引き返して改めて調査するのが正解だろう。
しかし、今のタイミングを逃すとスライムとの再戦に影響するし、何よりダンジョンの内側がどうなっているか気になって仕方がない。
とりあえずダンジョンに入る前ならば大丈夫だろうと、巨岩の穴をくぐり光源が漏れている場所に向かう。そして後1歩というところで一度立ち止まり、ダンジョンの中を覗き込む。
「……え? 何この部屋」
そこに見えたのは岩肌でもなく、幾何学的な模様の壁でもなく、どうみてもコンクリート製の壁、そして柱だ。漏れていた光も何てことはない、只の蛍光灯の光だ。
どう見ても人工物だ。確かに入口があるダンジョンには協会が管理用の事務所を構えることは良くあることだが、ダンジョンの中にあることは皆無だ。それは魔物が出るという脅威に加えて、わざわざ電気や水道といったライフラインを確保するのが難しいためである。
更にここに至っては巨岩自体が閉鎖空間の中にあったので、そもそもどうやって出入りしているのかが疑問だ。とは言え、よく見るとこちらに向けて監視カメラが2個程存在するのも確認できたので、明らかに人間による管理がされているのは間違いない。
そして何より、人の手が掛かっていることは目の前にあるものが決定的だ。ダンジョンの入口のすぐ先、そこに会議で使用するようなホワイトボードが置かれている。当然ながら文字が書かれており、ダンジョンの入場者へのメッセージ……らしきものが書かれている。
「えー、GG30AA30ED30C1……なんだろ、暗号? 最初の方は規則性がありそうだけど……」
ホワイトボードにはびっしりと数字とアルファベットが並んでいる。何かしらのデータのような気がするが全くピンと来るものがない。もう少し近くで見たいと思ったことが原因で無意識に1歩踏み出していた。
その1歩を踏んだ瞬間、ハッと頭が冴えて無警戒だったかと慌てたが、特別何か問題が起こることはなかった。というより、そもそも肝心の1歩を踏み出していなかった。
「なるほど。ここも、通れないのか……これは想像してなかったな」
繰り返し範囲の外に行こうとした時と同じ現象だ。先に行こうとしても先に行くことができない不思議現象が起こっている。つまり、このダンジョンから先は繰り返し範囲の外側だということだろう。
このダンジョンが繰り返しの原因だと考えていたが、入れないとなると根本的に思い違いがあるのかもしれない。
元々期待していた『修正パッチ』も得られていないし、収穫は謎の部屋の存在と謎の暗号という反って混乱する情報だけだ。その情報も現状は意味不明であるが、『修正パッチ』を得るにはこの暗号を解析しなければいけないのかもしれない。
「とりあえず戻るしかないかな。戦闘は、黒田にまかせっきりになるか……」
一応魔物との戦闘方法は見つけてあるが、スライムや黒田レベルの戦闘になると、僕の力は雀の涙――むしろ、足枷にしかならないかもしれない。
とりあえずホワイトボードをスマホで写真を撮り、溜め息をつきながら来た道を戻ろうと振り返る。
そしてその直後、息が止まった。
「え? ……あ、れ? ……まさか」
振り返って見えた光景。その光景を見た瞬間脳裏に突拍子もない考えが思い浮かんだ。
見えるのはここまで通ってきたダンジョンの入口に繋がる通路だ。その先から太陽の光が飛び込んできている。さっきまで暗闇だったのに、朝焼けを通り越してすっかり日が昇っている。暗号に集中し過ぎたために時間を忘れたのかと考えが及ぶが、流石にそんな実感はない。
だが、太陽については今更だ。偽物であることは判っているので日の出が省略されていたとしても不思議はない。むしろ、6月の日の出時間への意識がなかったが、部屋を出た時点で既に明るくなり始めていかないとおかしかったのかもしれない。
光についての違和感は僅かなものだったが、衝撃的だったのは、その光に映し出された光景だ。岩場の通路は外に向かうに連れて拡がっており、その岩壁の最後は外への境界を曖昧にするかのように闇になって消失している。
これではまるで、今ダンジョンに入ってきたようじゃないか。
改めて逆にダンジョンの中を振り返ってみるが、これまで感じた違和感は、それがダンジョンの外だった場合どうなるだろうか。
あまりに突拍子もない考えであったが、何故か否定する要素の方が思い付かない。そして、それを裏付けるかのように手の中に何かの異物の感触があった。




