3話 『検証』 (2010年6月7日 2回目)
「えー、この問題は例えばクラス40人の中で、数学が得意な奴が25人いて、体育が得意な奴が21人、どちらも苦手な奴が5人いる場合、どちらも得意な奴は何人か? という問題だ。えー、今日は7日だから……黒田、解るか?」
今は数学の小林先生が教壇で教科書にある問題の説明をしている。元々はただの数字と記号の問題を、このクラスに置き換えている。この例えは教科書に載っていない先生のオリジナルのはずだが、やはり聞き覚えがある。
時間が戻っているのに気づいてからはバグの検証をしていた。しかし、5W1Hでバラバラに考えても大して判明していない。
その内『誰が?』、今検証しているのはこれだ。
つまり、時間が戻ったのは誰、という事だが確実なのは『僕』である。しかし、果たして『僕だけ』なのか、それが気になっていた。
「……残念、不正解だ。先生としてはこの25人の方に入って貰いたいのだがなぁ……じゃあ、高乃宮はどうだ?」
「はい。11人です」
「正解だ。えー、この問題の解き方はだな……」
授業は全く聴いていなかったが即答した。出題される問題自体も、出席番号が7番の黒田が指名されることも、黒田が間違えて次に指名される流れも既に1度経験しているので集中していなくとも対応は簡単だ。
今のところ、僕以外で時間を戻っている人はいないように思う。判断基準は人の言動だ。少なくとも僕が絡まないと他の人は前回と全く同じ言動をするらしい。
ちなみに、僕が絡んでいたとしても多少の差異では大して影響が無いようだ。バタフライ効果は誤差の範囲なのか、世界の修正力というものなのかは解らないが、違和感を探す意味では好都合ではある。
そして、『誰が?』という疑問より、段々と『何時か?』という疑問の方に興味が移ってきている。前回と同じだとすると、明日は再び6月5日に戻ることになる。この場合であれば色々検証したいこともあるが、もしかすると前回の1度だけの現象である可能性もある。こうなってくるとただ不思議なことが起こっただけで、その後は普通の日常に戻るだけだ。それならば検証は不要な労力になるので、あまり大胆な検証をする気力が沸いてこない。
今日学校に来て、前回と同じように授業を受けていたのは、他の人の言動の検証が一番の目的ではあるが、明日以降日常に戻った場合でも影響がないようにする意味もある。
取り合えず、ここまでの検証では結論が出ず、日付が変わる深夜までは保留といったところだろう。
「……では、今日はここまでとする」
考え事がある程度まとまった中、チャイムが鳴り今日の授業は終了した。後は担任の物部先生が来てホームルームが終われば解散だ。
「なぁ、慧。今日こそ姉御にリベンジに行かないか?」
話し掛けてきたのはさっき盛大に数学の問題を間違えていた前の席の黒田だ。こうやって話し掛けてくるのは前回通りだ。
反射的に承諾しようかと思ったが、ある程度検証は終わっているし、前回の経験があるにせよ結局ボロボロにされる未来しか想像できない。今日はもう無理に同じ行動を取らなくてもいいだろう。
「いや、今日は帰ろうかな」
「そうか、残念だな。良いコンボを考えて徹夜で練習して来たから見せてやろうと思ったんだが」
残念ながらそのコンボは通じない。人外の動きで神回避されるだけだ。黒田の強さは仲間内では1つ頭が抜けているが、姉御――長谷川さんには1度も勝利どころか1ラウンドすら取れていない。
話しているのは近くのゲームセンターに最近導入された某アニメが原作のアクション格闘ゲームの話だ。そこにいつも姉御がいる。20台前半くらいの見た目で、学生を蹴散らす様子から何時からか姉御と呼ばれるようになっている。
たまたまゲーセン以外で会って話したことがあるので、僕だけは『長谷川さん』であることを知っているが、実は20台後半で子供も2人いる人妻であるらしい。仕事のストレスを学生にぶつけて解消しているとのことだ。いい大人がそれでいいのかとは思うが、家庭のストレスではないのは親しみが持てる。
「それなら1ラウンドくらい取れるかもね。あ、そういえば今日は黒田は午後の運勢悪いらしいから早く帰った方がいいよ」
「いやいや、なんでいきなり占いの話になったよ。どう考えても勝てると思っていないだろ」
まぁ、実際連コインで散財して、財政的に直ぐに帰ることにはなるのだが、占いも持ち出して警告したのは念のための保険みたいなものだ。帰宅が夜になるのはあまり推奨できない。
その後も少し黒田と会話をしようとしたが、ガラッと扉が開いて物部先生が入ってきた。
「さぁ、ホームルーム始めるぞー、皆座れー」
ホームルーム内容は前回と同じだろう。元々大した話も無かったように思うので聞き流すことにする。
そういえば、先ほどは黒田の誘いを断った流れで今日の夜に起こるだろう危険について思い出したが、その時間の家族の行動が気になってきた。
注意がてらに顔を出すのも良いかもしれない。