2話 『遅刻』 (2010年6月5日 2回目)
「……ん…………ん? ……っ! やば!」
目が覚めた瞬間に何故か確信できていたが、微かな奇蹟を信じて枕元の目覚まし時計に手を伸ばす。
「10時……5分……か。だよな、あー、どうしようかな」
完全に遅刻だ。
何故鳴らなかったのかと目覚まし時計に責任転化してみるが、きっと彼は無罪だろう。記憶には無いが普段の時刻に彼を止めて2度寝をしたというのが落ちだろう。
無断欠席する訳にもいかないから、言い訳――もとい、先生へする説明内容について自然と考え始める。
親戚が未帰還者に……は、まずいだろう。
道に迷った人がいて……現実的ではないな。
いっそ正直に寝坊と……無くはないが保留だ。
体調不良で……この辺が無難か?
魔物に遭遇して……案外通るかもしれない。
「ま、考えても仕方ない。なるようになるだろうさ。とりあえず行くか」
元々そんな悲観的な性格でもない。ある程度の戦略は必要だが、臨機応変に対応すれば良いと切り替えれば気持ちも楽になってくる。普段より多く寝たためか体調も悪くない。
布団を追いやり、壁に掛けていた制服に手を伸ばす。
うちの高校は私服登校が許可されていてそれを好む人が多いが、僕にとっては制服の方が変に考えなくて良いので楽だ。
これを来て鞄を持ってしまえば準備完了だ。大して時間もかけず台所横の玄関から外に出る。
表に出ると空はどんよりと曇っているが、雨が降りそうな気配はない。むしろ、もう半袖にしても良いのではないかという程の熱気が感じられる。
「あれ、人が居ないな。珍しい」
居ないのは作業員だ。絶賛母屋の建設中であるため、普段はここに人がごった返している。
母屋の他にも庭園等の整備もあるので結構な広さがあるが、それがまるで休日のように静まり返っている。とはいえ、ちらほらと数人の人影は見える。
何かあったか聞いてみたい気もするが、今はそれどころでは無かった。
玄関の壁横に立て掛けてある自転車に跨がり、学校に向かうことを優先することにした。
自転車で向かう道中はいつもと違う風景だ。
本来はもう少し警戒すべきなのだが、スムーズに進めるのは新鮮で案外気持ちが良い。
通勤や通学に決められた時間であれば、ところどころにβデバッガが警戒にあたっていて空気がピリピリしている。人が多い分、人を襲う習性がある魔物に襲われる可能性も高く気が抜けないためだ。
反面、時間外になると時たま見かけるβデバッガーの様子も幾分気が抜けているように感じる。
時間外の外出は基本自己責任だ。被害はそれなりにあるらしいが、裏通りを通らない限りはそこまで危険というわけではない。僕自身も若干の対抗手段は用意しているので、逃げきるくらいの自信はある。
結局、少しの危険も感じることも無く学校に到着した。だが、何かいつもと様子がおかしい気がする。
「なんだろう。時間が違うだけともいえないけど……」
別に危険が学校にあるような感じでもない。逆に危険が無さすぎるくらいな感覚だ。
若干の違和感を感じながら駐輪場に入ると、その違和感の正体が判明した。
「まさか、ここも人が居ない!?」
本来ならば駐輪場には自転車が満載のはずだ。それも最終入場者であれば、奥まで行かないと停められないのが当然だ。それが、がらんどうとしている。
その要因の1つを思い付いたが、直ぐに否定する。警報は出ていなかったはずだ。もし出ていたのであれば、道中のβデバッガー達ものんびりとしているわけがない。
念のため、ポケットから最近普及し始めてきたスマホを取り出し確認する。
モンスター警報は周辺に協力なモンスターが発生した場合に発令されるものだ。流石にそうなるとβデバッガーに殲滅されるまで平日であろうとも誰も外出しなくなる。
警報はあらゆる通信端末に送られるものだが、案の定警報がでている気配がない。別の原因を考えようとした時、スマホの画面の表示に違和感を感じた。
「あれ、スマホ壊れたかな。警報もそのせいか?」
警報については他の違和感もあるので怪しいが、スマホがおかしいのは事実だ。おかしいのはスマホのメイン画面に映るその日付――6月5日。
日にちなんて特に意識して記憶していないが、今日は確か8日のはずだ。そして、記憶違いを否定するように、日付の隣の文字が証明している。
『SAT』――Saturday。高校生なら基本認識している土曜日を示す文字だ。そして今日は火曜日で間違いない。日付と違って曜日感覚は自信を持って正しいと言える。
「割りと新しいんだけどな……」
入学時に契約してもらったものなので、まだ2ヶ月しかたっていない。取り合えず故障とまでは言わずとも日付がカウントされない不具合は無いとは言えないだろう。
取り合えず設定画面から日付を3日進める操作をしながら校舎に向かうことにする。流石に教室の様子まで確認しないと判断ができない。
「こら、歩きスマホは危ないぞ……って高乃宮じゃないか。どうした休日に。先生と同じように忘れ物か? はっはっは」
校舎の入口近くに立っていたのは担任の物部先生だ。40台くらいでやや恰幅があるが、性格も穏和で授業も解りやすく、生徒に人気がある。
「あ、先生おはようございます。えっと……」
反射的に挨拶はしたものの、2の句が繋げられなかった。それは、物部先生が発した休日という言葉によるもので、間接的にスマホは正常だったという証明になる。つまり、それが意味することで一番可能性が高いことは――。
この世界、時間もバグるんだ……。