第82話 化け物と魔女
ーーーある夜、ルジェは身体を揺すられる感覚に目を覚ます。
「ルジェ、起きて」
「んぅ…お姉様?」
「急いで支度を…チッ」
何かに気づいたクトは、ルジェを守るように抱きしめる。その瞬間、部屋にあるテラスが爆発して火が駆け巡る。
「大丈夫ですか?」
「う、うん…お、お姉様っ!!血がっ!?」
「私は、大丈夫ですから…行きましょう」
爆発した窓のガラス片で切ったのか、左頭部から血が流れるがそんなこと些細な事のように言って、クトはルジェを抱えて扉を蹴り上げて開ける。
「ーーーおっと、随分行儀の悪いメイドがいるもんだなぁ?」
クトはその声の主に向けて、苛立たしげに睨めつける。そこにいたのは、鉄プレートの防具をつけたスキンヘッドの男だった。
「…勝手に人の屋敷に侵入している貴方が、それを言いますか?」
「ーーーガハハッ、違いねぇッ!!」
返答がくると思っていなかった男は、面白そうに笑い声を上げたが…すぐに素面に戻る。
「…悪いが、ここで死ね」
腰の剣を引き抜いて、男が襲いかかる。振るわれた鈍い銀色の刃は、その刀身を赤く染める…ことはなかった。
「ぐがッ!?」
いきなりルジェとクトの姿が消え、次の瞬間には背後に回り込まれて振るわれた拳を無防備に受けて、意識を刈り取られる。
「さぁ、急ぎましょう」
「うん…」
ルジェとクトは、屋敷に備えられていた隠し通路を使って外へ出る。そこから見た屋敷には火の手が上がっており、暗闇を照らしていた。
「あ、あぁ、お父さ…お母さま…っ」
「あのお二人なら、きっと大丈夫です…ですから」
「うぅ…」
ルジェの不安定な精神状態を見て、クトは考え込む。ルジェとクトの髪や瞳の色が違うのは、先祖返りが影響している。なんでも、有名な悪魔の血が流れているのだとか。悪魔の特徴である黒髪と赤い瞳をクトが多く引き継いで、その戦闘力はルジェの方が強く引き継いでいる。
しかし、ルジェには悪魔の力を上手く発現させることが出来ず、感情が大きく揺らいだ時に半ば暴走するようにして発現させる事しかまだ出来ていない。
そのため、今は自分の意志で感情を無理矢理押さえつけているが、いつ崩壊するか分からない。暴走しそうになった時に訪れて落ち着かせる場所があるのだが、追手がいるかもしれない現状で、そこに行くのはリスクがある。
「お姉、様…っ」
「…あそこに、行きましょうね」
クトは、ルジェをとある場所に連れて行く事を選んだ…
………
……
…
…そこは、爪斬峡谷とすぐ隣にある花畑であった。そこに咲く花は他では確認されていない種類で、夜になると淡い青色に光る性質を持っている。クトはそこにルジェを連れて来た。
「落ち着きましたか?」
「…うん、大丈夫っ」
ここに来ると、何故かルジェの感情がかなり安定する。あの花に何か要因があるのではと摘んで持ち帰ろうとした事があったが、花畑の範囲外から持ち出すと空気に溶けるようにして消えてしまうため、人の手で育てることが不可能なのだ。
「それは良かったです、ではーーー」
「ーーー見つけましたよ?」
森の中から武装した騎士達と、貴族のような青年が現れる。
「御子息様、彼女らが?」
「えぇ、そうです。さっさと済ませましょうか」
周囲の騎士達が槍や剣を構える。その動きに合わせて、クトはルジェを庇うように背中に隠す。
「貴方の目的は一体…」
「目的…?私はルジェ嬢さえ手に入ればいいのです。そのためには、貴方に死んで頂きたいのです…まぁ。彼らにとっては双子の片割れさえ処理出来ればいいので、ルジェ嬢にも危険が及ぶかもしれません…それで、貴方一人で守りきれるのですか?」
…それは、不可能であった。いくら悪魔の先祖返りと言っても、その大半の力はルジェが受け継いでいる。クトではこの人数を圧倒できる程の力を有していない。で、あれば…
「さぁ、早くその首を差し出せッ!!」
「…お嬢様、すみません」
「え…?クトお姉様…?」
「遂に覚悟を決めたかっ!!」
「勘違いしないで下さい」
ルジェはそう言って、爪斬渓谷の縁に立つ。
「私は、姉として…妹に無様な姿を晒すわけにはいかないので…」
「…?一体、何を…」
「お姉様、駄目ッ!!行かないでッ!!」
「ごめんね…ルジェ」
手を伸ばして必死に呼び止めるルジェの声を聞き入れずに、クトは笑顔で涙を流しながら…一歩後ろへ下がって爪斬渓谷へ身を投げる。
「いやああァーーーーーーッ!?!?」
ルジェが伸ばす手の先にはもう掴むべき人物はおらず、ただただ虚しくそこにあるだけであった。
ーーーもう幸せな未来は絶たれた…今ここに、穢れた獣による赤い赫い悪夢が始まるーーー
「フハハハッ!!手間が省けて助かる、最後の最後で役にたったなッ!!」
「…ろ…てや…」
青年は嬉しそうに嗤いながら、ルジェに近づく。
「さぁ、これでお前は私の…」
「コロ……ヤル…」
「なんーーー」
なんだって?と呟く前に…ルジェが振り返ったその瞬間、グチャッという音と共に青年が真っ赤な花を咲かせた。
「なっ…」
「殺してやる…」
「アガアアァッ…」
騎士の一人が鎧の隙間から大量の血を流して、地に伏せる。
「殺してやる…ッ」
「ひっーーー」
ルジェの涙を貯めた真っ赤な瞳に睨めつけられた騎士が、全身を斬り裂かれたような斬痕を刻まれて宙を舞う。
「なにをぼさっとしているッ!!あの化け物をーーー」
「殺すッ!!!」
騎士達は数十cm程宙に浮いて、まるで空間に握り潰されるかのようにメキメキと締め上げられ…鎧が砕ける音が響いて、騎士達は全員血の池となった。
「…」
ルジェは返り血で染まった自身の格好を気にせず、落ちていた二振りの手斧を拾う。恐らく騎士のものであろうそれを両手に持ち、歩みを進めた。
「…コロス…」
ルジェの髪はクトと同じ黒色に染まっていき…周囲の魔力を吸い上げ、大地からも搾取し…魔力を失った大地は赤褐色色に変色し始めていた。
…そこから、ルジェは暴虐の限りを尽くした。
人だろうが獣だろうが…目につく動くもの全てを殺し、大地から魔力を奪い続けた。ルジェが通った地面は血と魔力渇望によって紅色になっていく。
…三ヶ月後、ルジェは変わり果てていた。魔力を大量に吸い上げた影響で、黒い髪は伸び放題でボサボサになり、そこから怪しく赤色に光る瞳と纏わりつくように身体から黒い魔力を放出している。もはや過去の面影はなく、怪物になっていた。
それから数年後、大陸の国々を一つ一つ潰していたある日、ルジェは霧の濃い森の中を彷徨っていた…
「ーーーまさかと思ったけど、本当に人間が入って来るなんて…人間よね?」
黒い外套を着た赤髪の女性は、侵入してきたルジェに対して疑問を抱く。
「…あぁ、周囲の魔力がなくなったから結界が壊れたのね。それで、なんの用でここへ来たのかしら?」
「…」
「え?ちょっと!?」
もう限界がきたのか、ルジェは握っていた手斧を落として自身も地面へ倒れ込み、意識を手放した。
………
……
…
「んぅ…ここは?」
「あら、目が覚めた?」
「確か、私…」
赤髪の女性は、ベッドから体を起こしたルジェを抱きしめる。ルジェは何故か頬を伝う涙を止めることが出来なかった…
「…なるほどね、それで暴走してたの」
「わ、私、どうすれば…」
「…方法はあるわ」
ルジェは自分がした虐殺に、罪悪感で押しつぶされそうになっていた。そんな彼女に、女性は提案する。
「そ、それは…?」
「簡単よ、殺した人達よりも多くの人を助ければいいの」
「…それで、私は許されるんですか?」
「えぇ、この炎熱の魔女が保証してあげるわ…その前に、ある程度力をコントロールできるように鍛えないとね?」
それから、自らを魔女と名乗った女性の元で修行を積んでいった。今のルジェでは身体が未熟であるため、どうしても力を扱えずに暴走させてしまう。例えるなら、焚き火をつけるのにニトログリセリンをぶっかけて火をつけるようなものだ。
「…だから、貴方はこれくらい耐えられるような身体を作らなきゃ駄目なのよ」
「う、うん、分かった」
にとろぐりせりん?というものはルジェには分からないが、とにかく頑張ればいいかと結論づけた。
…それからさらに数年後、ルジェは独り立ちを許された。
「…御世話になりました」
「えぇ、久しぶりに楽しかったわ」
ルジェは赤髪の女性と同じ外套を着て、腰に二振りの手斧を下げて歩き始めた。そして、魔女の家が見えなくなるまで、手を振り続けた…
実は、ルジェのご先祖である悪魔は生きており、ルジェが産まれる時に力が暴発する事が分かっていたので、双子にして抑えたんですけど…
あと炎熱の魔女さんは昔、竜特攻の槍を持ってドラゴン相手に突撃して倒しまくっていたイキリ少女でした…多分このお話ではもう出てくることはないです、多分。




