第56話:赤い死花が咲き誇る
来週は大事な予定があるのでお休み…
あっ、今度から毎回10時くらいに投稿しますね
「はぁ…はぁ…」
ヴェスタは聖剣を地面に突き立てて支えにし、片膝をついて肩で息をする。理力と体力を消耗し過ぎたようで、彼女は移動しないと不味いと分かっていながらも動けず、状態が分からない敵であるフィアを視線を彷徨わせて探す。
ヴェスタの視界の先には、黒いドレスを纏い角を生やした女性と、地面に横たわる長身の女性であるフィアを見つけた。
「トワか…悪いな、二度も家族を失わせて…」
「…」
「最後に、一時的でも意識が戻って、戦えて…お前と話せてよかった…」
「…お義母様…」
瞳に涙を溜めた竜の女性がフィアを母親と呼び、縋りつく。フィアはトワの頬に手を添え、親流れている涙を親指で拭った。
「先にアイツと待ってる。のんびり追いついて来い…トワ」
「…?」
「愛してる」
フィアの体が徐々に透けていき…光の粒子となって空へ散らばった。
しかし、その中の黒みを帯びたオレンジ色の粒子がヴェスタの方向へ流れ、少女の中へ取り込まれた。
「やっと、終わった…?ミーシャさん!!」
「ヴェスタちゃ〜ん…うわっとと」
「おっと…ミーシャさん、大丈夫ですか?」
こちらに駆け寄るも緊張の糸がほどけ、体のバランスを保てず前かがみに倒れようとするミーシャを、ヴェスタはすぐさま右腕で支える。ハッとして黒竜と黒いドレスの女性を探すも、その姿は何処にもなかった。
「うん、ちょっと…うっ」
体中がダメージを痛みとしてミーシャへ伝え、彼女は苦悶の表情を浮かべうめき声を上げる。ヴェスタも身体にダメージが蓄積しており、右脚には大きな違和感が残っている。直に、興奮状態が抑えていた痛みが襲ってくる筈だ。
「おーい、お前ら大丈ーーー」
シャールが手を振って、こちらへ駆け寄ってきた…
ーーーその時ーーー
『【死界律:死の回帰】』
謎の少女の声が聞こえた直後、地面に巨大な藍色の陣が展開されると…地に伏せた死体が動き出し、ミーシャ達へ襲い掛かる。疲労で油断していたミーシャは動けず、かろうじて反応したヴェスタはミーシャを庇うように抱きしめたため、襲い掛かる死体に背を向けてしまった。
「なにやってんだ!!」
シャールが放ったクロスボウの矢が死体の脳天に直撃し、その勢いによって再び死体を地面へと倒す。
「あ、ありがと」
「それはあとにしろっ!!ちっ、不味いな…よりによって、なんで死界律がこんなとこで!?」
ミーシャ達は知らなかったが、ここは白銀律と死界律が共に仕組んだバサク・フィアを閉じ込めて殺害する為の牢獄である。
その内容は、【狂乱律の守護者を封じて、その隙に狂乱律を壊し、“弱ったところ”を死界律による数の暴力で潰す】というものだった。
そもそも、平常時の彼女ーーーバサク・フィアを討伐するのは正攻法では不可能に近い。ミーシャ達が勝利できたのも、彼女が全盛期の1割以下まで弱体化していたからだ。故に、彼女が健在の間は閉じ込めておく為にの白銀律の力が働き、死界律の力が動くことはなかった。
ーーーつまり、これは誰も予想できなかった想定外の事態。バサク・フィアを倒せるライン以下まで起動しなかった仕掛けが、彼女が消えたことでその悪辣な能力を露わにする。
次々に死体が蠢き、のそりとその身を起き上がらせてミーシャ達へ歩みを進めていく。
「シャールさん、なにかアレに弱点などはありませんか…?」
ヴェスタの質問に、シャールは青い顔をして冷や汗を流して答える。
「…黄金律か、白銀律にある聖なる力なら有効だろうが…ヴェスタの聖剣とかスキルでどうにかならないか?」
「…すみません、もう理力が…」
「ミーシャは?」
「ふぇ!?えっと…私ももう殆どないかな…?」
突然、話を振られたミーシャは驚きながらもそう答えた…
「…そうか」
…それが、シャールに決断をさせた…
「ヴェスタ、ミーシャを抱えろ。絶対に“抜け出せないように”な」
「…っ!!」
「えっ…?」
不安に揺れるヴェスタの瞳に、真っ直ぐと射抜くような視線をシャールは向ける。ヴェスタは一度目を閉じて、覚悟を決めた。
「ヴェスタちゃん、?なに、してるの…?」
「…」
「ねぇ、ヴェスタちゃん…ねぇってば」
「理力は絶対に解放するなよ?確か、あいつらは律の力と理力を探知して襲い掛かってくる筈だからな」
「…分かりました」
「ねぇ、なんで…」
ーーーなんで、私を無視するの?
「…よし、こいつも持ってけ」
シャールに投げ渡された、彼女が背負っていたバックをヴェスタは無言で受け取る。
「ねぇ、冗談だよね?これじゃあ、まるで…」
ーーー|シャールさんだけ置き去りにするみたいじゃん《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》ーーー
困惑した声を漏らすミーシャを無視して、ヴェスタはカバンを背負い、ミーシャを前に抱えて力強く押さえる。
「行け、ヴェスタ」
「…」
「待って、ヴェスタちゃん…お願い、待っーーー」
「ッ…!!」
ヴェスタは顔に影を落とし、歯をギリギリと食いしばり…ミーシャの声を振り払うようにして全力で駆け出した…
「…ごめんな。ミーシャ、ヴェスタ…私のせいで、辛いよな」
ミーシャ達がある程度離れたのを見て、自身の理力を解放する。その赤い髪が地面につくほど伸び、その姿が成長して大人の女性のものとなる。
直後、死界律によって動き出した数多の死体が、シャールの膨大な理力を感知し、ミーシャ達からシャールへと対象を変更して走り出す。
「…私はさ、諦めてたんだ。こんなどうしようもない、壊れていくだけの世界に…私は希望を持てなかったんだ…」
足元の氷を砕きひしめく死体の軍勢の鳴らす地響きが、シャールの耳へと届く。
「…だけど、ミーシャとヴェスタの二人をみてたらさ…お前らならもしかしたら、どうにかしてくれるかもしれないって、初めて思えたんだ…っ」
見渡す限りの地面を埋め尽くすほどの亡骸の軍勢を前にしてなお、シャールは決して怯まなかった。
「だから!!お前らをこんなとこで失うわけにはいかねぇんだよッ!!!!!!」
鳴り響く亡者の声と足音を掻き消すように、肩を震わせ、拳を力いっぱい握りながらシャールは叫ぶ。
「そんな酷い顔するなよ、ミーシャ…やっと、自分の役割を見つけたんだ。死に損なって皆に置いて行かれた私にも、順番が回ってきたんだよ…それだけの事だ」
ヴェスタに抱えられ、涙で目を腫らしながら悲痛な顔で必死に手を伸ばすミーシャを見て、シャールは乾いた笑みを零す。
…遂に、亡者の大群がシャールの目前に迫り、その手を我先にと一斉に伸ばし、シャールの視界を埋め尽くす。
「ーーーあぁ…最後にお前らに会えて、本当に良かった」
ミーシャの視界に写っていたシャールが、その儚く笑う女性の姿が、蠢く死体の波に覆い尽くされた。
「やめてーーーーーーッ!!!?!?」
ミーシャの悲鳴のような懇願の言葉を亡骸が聞き入れるはずもなく、赤い血飛沫が何度も空に舞う。その瞬間、悲しみを塗り潰すように内側からどす黒い殺意と憤怒が溢れ出す。
殺してやる…ッ!!絶対にコロスッ!!
よくも私から奪ったなァッ!?
全員斬り潰して踏み躙ってやる…ッ!!
だから…ッ
「だから離してよッ!?ヴェスタちゃんッ!!!!」
「…」
「シャールさんを殺したあいつらをッ、この手でアタシが殺さなきゃならないのッ!?!?オ願イ、行かせテッ!!」
ミーシャはその瞳を怒りと殺意に染め、それから気絶するまで友人を殺した仇へと呪詛を吐き続けた…




