1.帝国の獅子
誤字修正しています。ありがとうございます。
のんびり更新、当分週末になると思います。
皇都ーーアデライア。
その北側に連なるドーゴ山脈の一翼、峻嶺アデライアを背に、ライア帝国の中心である皇宮が構えられていた。三つの隔壁に守られ、その南西側にある皇太子宮ーー獅子宮には多くの官吏や貴族の出入りがある。
黄金の髪とありふれた碧眼を持つ派手な男が、獅子内宮へ向かって闊歩する。
堂々とした力強い歩みは、行き合った人間を弾き飛ばしそうな覇気があった。
だが、行き合った官吏や側人たちは慣れた様子で、さっと脇に避け、両腕を上げ顔を伏して立礼する。
金髪の男は、彼らに視線を向けることもなく足早に目的の場所へと向かった。
「モスキー、モスキーっ」
プライベート区域の執務室に入るなり大声を出すと、続き部屋から男の乳兄弟であり、侍従でもある細目の青年が姿を現す。
「閣下、いかがされました?まだ会議のお時間ではーー」
「モスキー、東へ細作を送れ」
モスキーの言葉を遮り、男が命じる。
いつもの周囲を煙に巻く余裕のある雰囲気が消え、短気な素が出ていた。
「東?公国でございますか?」
東海の向こうには、貿易相手のオキリアン公国がある。
「公国ではない。東の霊山だ」
「霊山!?ではっ、まさかっ」
「死んだのだ、奴がな。ーーとうとう死んだのだっ!」
金髪の男の口から暗い笑いが詰まって漏れる。
「かしこまりました。すぐに向かわせます。が、間違いないのでございますか?」
「ああ。天占の乙女が告げられた。『蒼が落ちた』と」
「聖霊様のお告げでございましたか」
驚愕の表情を引っ込めて、モスキーは金髪の男を意味有りげに伺う。
「ではご遺体の回収をーー」
「霊山の中では不可能だろう。だが奴には子がいるはずだ」
「ーーお子様、でございますか?ですがあの方は人間不信で」
「魔物との子だ。霊山にこもる前に、身籠った相手を迎えに行くと主上宛に手紙をしたためていたのだが、俺が秘密裏に握りつぶした」
「では皇様はご存知ないのですね」
注意深くモスキーは確認する。
一つ間違えば、男の行動は反逆罪に問われるものだからだ。
「知らぬ。手紙を持ってきた者も始末してある」
「それは存じ上げませんでした」
「怒るな。たまたま直接手を下す機会があったのだ」
「自重くださいませ」
乳兄弟の気安さで説教され、男は軽く手で払う。
「だがそれも時間の問題だ。紋章が皇家に戻らねば、いづれその存在に気づくであろう」
「半魔でございますか。これはまた・・・あの方は面倒なことばかりされますね」
「まったくだ。紋章を引き継いでおらぬなら捨ておけばよい。だが引き継いでいるならば、遅かれ早かれ霊山の結界に弾かれるはずだ。主上に保護される前にこちらで確保しろ」
モスキーは細い目を更に糸のように細めて了承する。
「ーーあの方が籠られてまだ5年。お子様は幼く洗脳は容易いかもしれませんね」
「女なら育てて俺の子を産ませてもいい。だが男ならば生かしておく意味はないな」
「よろしいので?」
「どういう意味だ?」
「兄君のお子様なら、閣下の甥か姪。接し方次第では、今度こそ閣下を『信じて』くださるかもしれませんよ」
「ーーっ」
「もっとも、まずはお子様を見つけてからの話になりますが」
男の表情を観察していることを隠さずにモスキーは問う。
だが金髪の男は碧眼を鈍く光らせ、ただ低く笑う。たやすく歪んだ顔からは言葉以上の深い闇が滲み出ていた。
モスキーはため息をつくと、すべてを察したようにひとつ頷いた。




