1.人生の修羅場???
残酷な表現あり。苦手な方はご注意ください。
(・・・しゅらば?)
まばたきした俺の睫毛の先から、涙がひと粒飛んだ。
落ちた先は、俺の手をぎりりと握りこむ瀕死の父親の手で、不思議な紋章が光っているーー俺はふわふわした二重の意識のままで、血まみれの父親を見下ろした。
「・・・死にゃにゃいで、とおしゃん」
勝手に口が動いて、舌っ足らずの甲高い声で叫んでいるのはーー俺?
「ーーシオン・・・」
微笑む男の顔は青白く強ばっている。
大きくなる不安と恐怖でパニクる幼い『僕』と、冷静に状況把握しようとする大人の『俺』がゆらゆらゆらゆら。
「ーー終了か?」
背後から冷めた声が響いて振り向くと、紅い髪をベールのように広げながら、絶世のヨーロピアン美女が近づいて来ていた。
「かあしゃまっ、とおしゃんがっっ」
ぼっきゅぼんの女性で手足が長く、身長も高い。だが、それよりもその存在感の圧がすごかった。
(うひょ〜すげぇ美女・・・ってーーかあしゃま・・・って俺の!?)
記憶が繋がった途端、カチンと身体も繋がった。
この状況で!と呆然とする俺の目の前で、修羅場が始まった。
「ふん・・・手遅れじゃな」
「ああーー長い間、付き合わせて、悪かった」
「・・・茶番も終わりじゃ」
「だなーーでも・・・それでも俺はお前さんを愛してたーー・・・満足さ」
「聞きとうない。とくと去れ」
「・・・はっ、はは、っーーそうする・・・」
なんですかコレ、なんですかコレ。
死にそうな男が告白して、告白された美女は無表情で見下ろす。そして、そんな訳あり二人が『僕』のーーいや、俺の現在の父親と母親。
いやぁ〜知りたくなかったっすわ。俺、3歳ーーさんしゃいなら楽々スルーできても、何故かこのタイミングで前世の記憶を思い出した俺は、精神年齢30歳の空気を読んじまう大人。合計して33歳ーー何なの何なのさ、とスルーできませんわな。
「・・・どういうこと?」
あ、声出た!
自分の呟きにびっくりして、慌てて口を手で塞ぐ。
そんな俺に視線を戻した死にかけの男は、口から血を垂らしながら告げた。
「・・・シオン。父さんが、死んだら、皇都、へ行けっ」
「皇都・・・」
「皇都のーーグラビス・ドゴル・クタラナ、に、会ってっ、俺が死んだと、伝えてくれっ」
「えっ!?」
「俺の父さんーーお前の爺さん、だ。いいなっ?皇都へーー辿りつけっ」
ぎゅうと俺の手を握りこむ男。握りこまれた手の痛みは本物でも、今、目の前で父親が死んで行く情景には現実感がわかない。
もちろんシオンーー『僕』の記憶では、魔獣に襲われたところをこの父親に助けられ、その父親が魔獣を斃したものの、深手を負って命が尽きようとしている。その事情は理解できた。とはいえ、理解できても気持ちが追いつかない。
言うなれば、目が覚めたら死にかけの他人が横にいて、いきなり遺言を頼まれたという感じだ。マジで、戸惑いだけだ。
遺言より前にすべきことがあるんじゃないか?
現代人の思考が浮かぶ。
そうだ、止血するとか救急車呼ぶとかとか警察とかっーー例えば、魔法で回復するとか。
ーーえっ、魔法!?
混乱の中、結局固まっていたら、ゴツゴツした手が俺の頭に載せられた。
「ごめん、な・・・」
「・・」
「おまえは、俺の、自慢の息子、だぞ・・・」
その言葉をまた耳にして、俺はーー『僕』は喉がぐっと熱くなった。
シオンが何かできるようになると、父親はいつもそう言って褒めてくれていた。
『とおしゃんっ』
「ーー」
俺はあふれ出した思いのまま叫んでいたが、焦点のあってない男の目は遠くさまよって、女性の方に向かう。
そして明らかに瞳が光を失い、弱々しい声がだんだん消えてーー光が、眩い光が突然、俺に向かって襲いかかってきた。気がついた時には右手の甲を押さえて、痛みにうめいていた。
恐る恐る確認すると、俺の小さな手の甲に、父親の手の甲にあったものと同じ紋章が浮かび上がっていた。
「ーー死んだか」
冷静な声が響く。
視線を戻せば、父親は息を引取っていた。
途端に、胸に何かがこみあげて来る。
だがそんな俺に構うことなく、母親であるはずの女性は、虚空に腕を伸ばす。
「セイントファイア」
呪文?と共に、青い炎が父親の身体を包み込んだ。
(嘘だろ・・・ほんとに魔法かよっ)
間一髪で避けたが、あと少し遅ければ父親に引っ付いていた俺もその炎に巻き込まれて焼かれていただろう。
(殺す気かっ!?)
文句を言おうとして振り向いた俺は、ゴクリと言葉を呑みこむ。
周囲を取り囲むように見知らぬ大人達が何十人も立っていた。
「女王」
「お帰りなさいませ」
「お喜び申し上げます」
「お待ちしておりました」
「お帰りなさいませ、女王」
女王、女王と、いっせいに膝を折って迎える。
『僕』の母親であるはずの女性は頷き、当然のようにその集団に受け入れられる。振り返る事のない後ろ姿に、そのまま去ろうとしているのが分かった。
「ま、待てよっ」
俺は声を張り上げる。
俺はどうすりゃあいいんだ!
3歳だぜ3歳っ!置いてくなよっ!
立ち上がりヨロヨロと母親の方に駆け寄ろうとしたら、遮るように地面の上を青い炎が走る。
「寄るでないわ。そなたは確かに妾の腹から生まれたが、妾を捕えたあの男の子じゃ。その顔、当分見とおない。好きにし」
「ええっ!おいっ」
「最後の情けじゃーー山を下りるまでは手を出さずにいてやろう。下れば村に行き当たる。村に来る商人について行けば、あの男の願い通りに都へ辿りつけるであろう」
「手を出さずにってーー」
そこで振り返る母親の姿に違和感を覚える。
人間じゃない!?
額の上から二本の角が長く生え、瞳は爬虫類のような虹彩が縦にきらめく。
薄い紅金色の光を帯びた、圧倒的な何かをまとった生き物ーーの背後で、ずらりと並んだ顔が憎々しく『僕』を、俺を、睨みつけていた。
「・・・」
ヤバくない?
背中にヒンヤリとしたものが走る。
クソっ!
爆音が響く。
気がついた時、俺は近くの藪にふっ飛ばされ、そのまま転がるようにして山を転がり落ちていた。
★★★
俺の名前は谷鷹斗30歳。職業はありふれたエンジニアだ。
仕事は忙しいがブラックではなく、独身だが飲みに誘う仲間はいる。
趣味はパソコンで、組み立てからプログラミングまで、何でも手を出す文系。
最近の趣味は、バーチャルゲームサイトを運営して、アバターの仲間と共に、有名どころのゲーム攻略法を情報交換したり、チームを組んで色々なネトゲを攻略したりする。
そんな俺が、何故に3歳児に?
そんな疑問も、ゲーム愛好者には馴染みがあった。
転生ーーしかも異世界転生だ。
あらためて思い返すと、死んだ記憶はなんとなく。
マンションの火災報知器がけたたましく鳴り響いて、部屋を飛び出した記憶はある。煙に覆われた通路のどこかで倒れたんだろう。
それとは別に、山で父親と母親と暮らしていた幼いシオンーー『僕』の記憶もある。その二つともが今の『俺』に繋がっている。
(異世界転生かぁーー)
ワクワクするヒマもなく、絶賛生きるのに必死だ。
この修羅場があるから、俺は前世を思い出したのか。
3歳にして、父親が死に母親には疎まれた。
しかもびっくり、母親は人間じゃなかった。その上母親の手下が、現在、俺を追いかけて攻撃してくる。
小さい身体を活かして、隠れながら山を下れば、出るわ出るわ異世界ファンタジー。
動物ではない凶暴な獣やーー『僕』の記憶では魔獣というらしいーー襲ってくる歩く樹木。口から火を吹く果物や、人間よりでかいアリやカニ。
リアルすぎて異世界ファンタジーというより、SFのようだ。未知との遭遇ーーエイ○アンやプレデ○ーとか出てくんなよ!
★★★
ひ弱な幼い身体に四苦八苦しながら、俺は麓の村を目指して歩く。
山の暗闇は大人でもチビる。だが立ち止まれば、襲われる。
「はぁはぁはぁっ」
方角が分からない。
胸が苦しい。
足が痛い。
滑って打ち付けた肩も痛くて熱い。
腹がすいた。
喉が乾いた。
休みたい。
でも獣が怖い。
物音が、怖い。
じっと立ち止まる勇気が出ない。
その時だった。
「見つけたぜ!」
耳元近く、でゾッとする声がした。
読み専でしたが久々に書いてみました。不定更新。
あまい設定ですが大目に見てください。