雑貨屋<ミリアム>
「リラ、おはよう」
雑貨屋<ミリアム>に近づくにつれて、顔見知りが多くなってくる。
「おはようございます!」
私は次から次へと声をかけてきてくれる顔なじみの皆さんに返事をしつつ、小走りで店に向かう。
雑貨屋<ミリアム>は、所謂何でも屋に近い。
ほうきやモップなどの日用品から、時にはポーションや魔獣に有効な毒まで取り扱っている。
ただ、ポーションや毒薬関係は一時的に取り扱っているにすぎない。
それも錬金術ギルドに登録していない店は、1店舗1種類3つまでと錬金術ギルドに決められている。
約束を破ったら錬金術ギルドに何をされるかわからないらしい。商業ギルドと横のつながりもあり、商売がうまくいかなくなるようだ。
私は雑貨屋<ミリアム>に勤め始めて8年経つが、そのような違反をした店の話を知らない。
商業ギルドは数年に一回更新試験があり、その試験に合格した者しか商売をできないようにしている。
その更新試験の問題内容には、そういったルールも含まれているらしいので、これを守れない者は罰則もあるそうだ。
色々と複雑な世の中である。
王都のメイン通りの朝は、自由市場より少し遅いものの、すでにほとんどの店が開店していてお客と話をしている。
「さて、私も頑張りますか!」
ちょっとだけ気合を入れて、メイン通りを南門近くまで走る。
黄色と白のストライプが眩しい建物が見えてきた。
そう。制服と同じ柄を建物の柄としているのだ。目立つためとはいえ、南門から入ってきた人には、目がチカチカすること間違いない。
ただ、私も若かった。
8年前には、この建物もこの制服も可愛いと思って就職したのだ。23歳になった今となっては、もう少し大人っぽい制服が着たいと思う。
よし、今日はちょっと制服を新調することを提案してみよう。
「おやリラ、おはよう。まだ開店時間には時間があるぞ?」
雑貨屋<ミリアム>に着いた瞬間、店長が店から出てきた。
真っ赤な腰である長髪を一つにまとめ、切れ長の青い目は驚きで大きく開いている。口元には相変わらず煙草が銜えられていて、今から火をつけるところのようだった。
白いワイシャツと黒のパンツ姿だが、姿勢がとても良いため様になっている。
「おはようございます、店長。店長はこれから一服ですか?」
私は煙草を吸う仕草をしてみる。店長はニヤリと笑った後「あぁ」と短く返事を返してきた。ボッと指に火を出して煙草に引火させる。
店長は、名前をターサというが名字はなぜか教えてくれない。そしてこの雑貨屋<ミリアム>の雇われ店長でもある。オーナーはまた別の人だ。
ターサ店長は4代目の店長らしい。私はターサ店長しか知らないが、昔は荒事もこなしていたとかで、私が面倒なもめ事に巻き込まれそうになる度助けてくれている。
「あ、そうだ店長。今日、自由市場で面白いものを手に入れたんです」
ショルダーバッグから腕輪を取り出す。
「なんだそれは?」
朝日を浴びてキラキラと輝く腕輪を見て、店長は目を細めた。
「紋様?……いや、文字……か?」
「たぶん文字だと思います。今まで見てきたどの魔術書にも載っていない文字で書かれていました」
もちろん、一般庶民が手に入る範囲での魔術書に限られているが。
「古代文字の可能性は?」
店長に確認され、私は首を横に振る。
「わかりません。ですが、この国の古代文字とは違うと思います」
「ふむ。珍しい品を手に入れてきたな。店で売るか?」
店長が店舗内のショーケースを指さす。
「いわくつきなので売れもしないと思いますよ。なんでも、死ぬまで外れないとか」
「いらないな」
即断即決されてしまった。
「効果は何があるんだ?死ぬまで着けていたってことは、何かしらの恩恵はあったんだろう?」
店長に聞かれてから気付いた。私、あの老人から効果を聞いていない。
「ごめんなさい。聞いてこなかったです」
「阿保か」
呆れた表情で煙草を一服し、店長はふぅと吐き出す。
「あれだな、あれ。ほら、何て言ったか。あの魔術研究所の職員に見せてみろ。何かわかるかもしれん」
そう言われて私は顔をしかめた。
店長が言っているのは、週一回のペースで魔術用紙を買いに来る、下っ端の魔術研究所の職員のことだろう。
「リラ、そう嫌うな。相手は何もしていない」
何もしていないのがいけないのではないでしょうか。そう言いかけて、まだ自分がメイン通りに居ることを思い出す。聞かれても特に困りはしないが、やはり悪口のようなネガティブな話はしない方が良いだろう。
その職員は、魔術研究所の職員と言いながらまだ何の成果もあげられていないようだった。私よりも10歳ほど年上だというのに。
魔術研究所がやっていることは、まさにそのまま魔術の研究だが、攻撃系・防御系・支援系・生活系など、多岐にわたる研究をしている。
あの職員が何を担当しているのかは知らないが、それでも15歳から働き始めるこの国に居て、まだ何も成果をあげていないというのは、ちょっと能力を疑ってしまうものである。
先月なんて、魔術雑誌に18歳の職員が創造した新しい魔術が公開されていた。これくらいのことは1つくらいあってもいいのではないだろうか?
「……嫌ですけど、店長がそう言うならとりあえず見せてみます」
腕輪をバッグにしまいつつ、私はため息交じりに答えた。
「そうしとけ。何かあった後じゃ何も言えない」
煙草を吸い終わったのか、店長は今度は指に水球を作り出し、煙草の火を消した。
「さてリラ、今日も稼ぐぞ」
店の中に入っていく店長の一言に、私は気合を入れ直して後に続いた。