episode 1 Beginning Day / 最悪の真相
今回の探偵パートですが、異世界転生の導入ということで簡略化気味です…
今後はもっと謎とき要素を強くしていくつもりなので多目にみてくださいm(_ _)m
―――突然だが、二つほど質問をしよう
まず一つ。「探偵」と聞いて一体誰を思い浮かべるだろうか?
多くの人はこう答えるだろう、シャーロック・ホームズと。
もう一つ。「探偵」を英語で表すとどうなるだろうか?
これもDetectiveと答える人が大半だろう。
しかし、彼の他にも探偵は数多く存在する。その中でもフィリップ・マーロウ、俺が最も尊敬する探偵は自らをこう名乗っていた―Opと―
そして彼にはもう一つ、忘れてはならないことがある。彼こそがハードボイルドの元祖であり、それ故に俺はマーロウを尊敬し彼のようにありたいと思っている―――
スーツ姿の男がそんなことを考えていると、ビルの前で女性と落ち合い、暫く会話をしていた。そして、スマホで撮影したと言うある写真を見ると彼は唖然とした。
「すまない。その画像を送ってくれないか?」
「構わないわよ。」
「重ね重ね礼を言う。」
謝辞と別れを告げると、男は写真を見ながら考えていた。嫌な予感がしていたのだ。
(この予感が当たらなければ良いんだがな…)
所変わって喫茶店のような風貌の店の中。そこで女性と男が話していた。
「それで、犯人は見つかったの?」
「いやぁ、それがまだ見つからなくて…」
「依頼してからもう3日もたつのに?腕利きの探偵がいるって聞いたからお願いしたのよ?」
「まあまあ、気長に待ってくださいよ。僕達も必死にやってますから。あ、コーヒーくらいなら出しますよ。」
「なら、砂糖を入れてちょうだい。苦手なのよ、コーヒー。」
「分かりましたよ。じゃ、そこにかけてゆっくり待っててください。」
怒気を含んだ女性の声とそれをなだめる男の声が部屋になり響き、男はその場を離れる。しかし、静寂は長く続かなかった。
「全く、こんなことならここに頼むんじゃなかった!探偵は全く取り合ってくれないし!ホームズみたいに現場を見て即座に犯人を見つけてくれるわけでもないし!はあ、本当に―――」
「本当に、何だって?」
扉が開き、もう一人の男が入ってきた。先程の男とは違い、落ち着いた低い声で女に話しかける。
彼こそが鳩刃探偵事務所の探偵、鳩刃翔一である。この女性は水原未華子、翔一の依頼主であり、先程まで未華子と話していた男はユウ、翔一の相棒だ。ここ数日間、未華子は盗難(しかも財布等金目のものは狙われていない)や誰かの気配を常に感じる等のストーカー被害を受けており、その捜索を翔一に頼んだのであった。
「いや、その…」
「気にしなくていい、お嬢さん。確かに俺の仕事は遅い。寝る間も惜しんで、現場に居合わせた人へ必死に聞き込んで情報を集めているからな。」
皮肉とも自嘲ともとれる言葉を投げ掛ける。すると、一つの疑問を女は投げ掛ける。
「でも、何でそんな手のかかることを?探偵ってもっとパパっと事件解決するものじゃないの、ホームズみたいに?」
質問が聞こえた途端、翔一は一瞬依頼人を睨んだ。
「俺はホームズとは違う。あんな風に事件現場の小物一つから推理を組み立てるなんて不可能だ。だからこそ、こうやって足しげく近くに居合わせた人を訪ねて少しでも多くの情報を集めるしかないのさ。なぁに、犯人は必ず―――」
あるものを、彼は見てしまった。出来れば間違っていてほしい、そう思っていた予感が確信へと変わる。
「あっ、翔一帰ってたのか。一声かけてくれればお前の分もコーヒー淹れたのに…」
ユウの声が聞こえると同時に翔一は顔をしかめ、黙り混む。まるで、目の前に犯人がいるかのように。
「ユウ、ここんとこ別行動が多かったよな…」
「ああ。それがどうかしたのかい?」
どこか悲しげな声で翔一に対し、ユウはあくまでも表情も声色も崩さない。
「昨晩水原さんと一緒にいた同僚が帰り際に見かけたそうだ、不審人物が彼女をつけていく姿を。」
そう告げると共に翔一は懐からスマートフォンを取り出す。
「これは同僚がその時に撮った写真だ。お前によく似ているな…。」
「バカなことは言わないでくれ。確かに僕は昨日の夜そこにいたけど、それはお前と話し合ってボディーガードをするって決めたからだ。」
「そうだったな。そして、お前がボディーガードをしていた日に決まってストーカー被害は起きていた。」
「僕の不手際だね。そこは謝るよ」
続けて、彼は先程『見てしまったもの』について問う。
「なら、これはどう説明する?今、水原さんのコーヒーに何を入れた?」
「砂糖だよ、水原さんがコーヒーは苦いから苦手だって言ってたからね」
「そうよ、これは私が―――」
「聞いてくれ、水原さん…」
ユウを庇おうとする未華子を遮り、悲しみを堪えながら翔一は気迫を込め直して続ける。
「この事務所は元々こいつの喫茶店だったんだ。そして、その頃からこいつは『砂糖やミルクはあくまでコーヒーのアクセント。それを好みの量に調節するのは飲む人の自由』をポリシーにしていた。あらかじめそれらを入れるよう頼まれる事もあったらしいが、その注文に答えたことなど一度もなかった。なのに、何故今日に限って砂糖を入れようとするんだ。」
「そ、それは…」
「それに、そもそも俺が帰ってきたことに気づいてなかったな。いつもなら俺が帰ればすぐに声をかけるのに。一体それだけ何に集中していたんだ?」
「やっぱり、お前の前で誤魔化すなんて無理があったか…」
「ってことは、まさか…」
「ああ、そうだ。ユウ、お前がストーカー事件の犯人だ。」
最悪の可能性が現実となってしまった。それでもなお覇気を失わない翔一だが、未華子は一瞬彼の顔から涙が滴るのが見えた気がした。
「コーヒーに入れたのは睡眠薬さ。飲めば暫くの間大人しくなってくれる。その間に縛りつけてしまおうとか考えていたけどねぇ…。もうここまで見破られたらおしまいだ…」
「ユウ、よしてくれこんなこと!」
「そ、そうよ。警察を呼びますよ!」
「ここでお前ら二人を始末する。そして僕もこんなとこからトンズラさ。」
すると、ユウは懐からナイフを取り出し、未華子に突き立てようと走り出した。
「キャアッ!!!」
恐怖のあまりうずくまる未華子。しかし、暫くたってもなにも起きない。未華子が振り向くと、翔一がユウを庇っていた。
「早く警察を呼ぶんだ!こいつには償うべき罪がある!」
「わ、分かったわ!」
やれやれ、と翔一は心の奥で感じていた。ナイフは運悪く心臓の辺りに刺さってしまっていたのだ。だが、ユウを逃がすわけにはいかないと気力を振り絞る。
未華子は電話で警察を呼ぼうとしたが、咄嗟のことで店の中においてきてしまった。仕方なく店を出て最寄りの交番へ駆け込むことにした。
30分ほどたって警察が到着し、ユウは逮捕された。彼が連れていかれる様を見ていた未華子と翔一だったが、緊張が緩んだからかそれとも限界を迎えたからか突如翔一は倒れてしまう。
「翔一さん!どうしたの!」
「ナイフの刺さった場所が場所でね…。少し致命傷になっちまった…。」
「そんな…。すぐに救急車を呼ぶわ!」
「はは…そんな心配は要らんよ…。探偵ってのはこんな危険を幾つも乗り越える仕事、ですから…」
「心配するわ!私のせいでこんなことに…」
取り乱す未華子をあくまでも優しくなだめようとする翔一。しかし、未華子は自分を庇って死に直面している翔一を見て涙を流していた。
(別れることは少しの間死ぬこと、か…。辛い別れには一際長い死がお似合いかもな…。それにしても、依頼人を泣かせるとは…俺もまだ甘いな…)
事切れる直前、走馬灯のように彼は目の前で泣きじゃくる依頼人の顔がよぎった。
拙い推理モノを読んでいただきありがとうございます
次回は異世界へ転生してパトリシアとなる過程と転生直後に事件に巻き込まれるまで、を予定しております。