シン・ストロングゼロ 0
PM17:00
首相官邸
巨大な壁掛けスクリーンに投影される二つの巨影を食い入るように見つめる、国家首脳部達。ストロングゼロの脅威が目前に迫り本来であれば一刻も早く退去しなくてはならない状況にも関わらず誰もが、その最終決戦から目が離せないでいた。
大吟醸粕子は矢部総理の隣に立ち、腕を組んで趨勢を見守っていた。
「ストロングゼロ因子の怪物、か……」
ストロングブラック、黒木勤から聞かされた話は俄かには信じがたい内容だった。
無限に存在する並行世界のうちの一つ、そこでストロングゼロを大量に摂取して寝ゲロを喉に詰まらせて死んだ男がいた。その冥府へ運ばれるはずの魂が偶然にも何の因果か、並行世界間をジャンプし別次元にてある種の神や霊に属する“ストロングゼロさん”と呼称される存在に影響を与えた。そして発生した次元を超えた悪意のようなものは、いくつかの並行世界に深刻な禍根を残す結果となった。
ある世界ではストロングゼロによって文明が滅び、またある世界ではストロングゼロによって文明が滅びたという。更にストロングゼロは別の世界の文明をも滅ぼし、今また、この世界の文明を滅ぼさんと巨大な怪物の姿となって出現した。
黒木勤の夢の中に現れたという、全ての事件の発端となった寝ゲロ男が語った内容だという。
「我々の未来は彼らに、託されたということか」
矢部総理が言う。
「ええ」
厳かにうなずく粕子の前で、禍々しいアルミ缶の怪物と、人類最後の希望が、激突する!
「キリィィィィィィン!!!」
「オエェェェェォオン!!!」
二つの咆哮!
真正面から激突した両者は周囲の建物をことごとくなぎ倒して破壊しながら睨み合う。パワーは完全に互角。しかしストロングゼロボ“麒麟”の被害は甚大!
「シートベルトを締めておけよと言っただろ!?」
ブラックが叱責する! 同乗者にもシートベルトの着用を指示するのはドライバーの務め!
激突の衝撃でコックピット後部の壁面へ叩き付けられたレッドが気絶して泡をふいて仰向けにダウン。彼はこれでも戦隊のリーダーである!
「レッドがやられた!? チクショウ! なんて強敵なんだ!」
イエローが危機感を露わにする。
「早く終わらせて帰らないとチビ達の夕食が無いわ!」
ピンクにも残された時間は少ない。
「俺は実体が無いから戦いに参加出来ない!」
幽霊のブルー!
「ぐっ! やはり力比べは不利か!」
操縦桿を握るブラックの額を大粒の汗が流れ落ちる。最大出力での突進を難なく受け止められるとは。ブースターを逆噴射して後退。両肩、腰の両サイドからカタパルトを展開。多連装ランチャーが出現。
「全力で行くしかないな! “麒麟”の真の力を、見せてやる! 液体窒素ミサイル、発射!」
白煙の尾を引いて、無数のミサイルが射出される!
首相官邸では、次々とストロングゼロにミサイルが着弾してゆく様に大歓声が沸き起こっていた。
が、粕子は眉間にシワを寄せ状況を静観している。まだ、そんなに喜ぶ場面ではないと理解していた。
「麒麟に通常兵器は一切搭載されていません。液体窒素ミサイル、超低温レーザー等、全てターゲットを迅速に“氷結”させる用途に特化しています」
「ストロングゼロ因子は極低温下では不活性になるというやつか。疑問なのだが、君はどうしてそこまでストロングゼロ因子に詳しいのだね?」
矢部総理が訊く。
「今回の一件、合衆国は当初、見て見ぬふりをするつもりでした。この国がストロングゼロによって粗方壊滅して国家が機能不全に陥ったタイミングで介入し、後の領土権を主張するつもりだったのです。あっ、これはオフレコですよ総理」
粕子はしれっと、恐ろしいことを言った。見る見るうちに青ざめてゆく矢部総理。
「そ、そんな……」
「この国はアジアの専制君主たちに睨みを効かせるには非常にいい位置にあります。直轄地に出来るならこれほどいいことはない。それに……この国はたとえ核兵器による攻撃を受けたとしてもろくに文句も言ってこない、と大統領はお考えのようです。もちろん、これもオフレコです」
「オフレコったってね、君……他の者にも聞かれてしまったよ」
総理の近くにいた者たちにはバッチリ聞こえていた。粕子はオフレコと言いつつ、あえて隠す気も無かったのだ。
「この場に、今私が申した件について合衆国にクレームをつける覚悟のある方が誰か一人でもいらっしゃいますか?」
誰もが、首を横に振る。そして沈黙。
「合衆国はストロングゼロ因子について秘密裡に研究を進めていた。だから特性についてよく理解している。更にはこの国の研究機関にも内通者を配置し、情報を受け渡しさせていた。それだけです」
「しかし、ならばどうして君は……こんなにも我が国の為に?」
「世界の為、です。それとまぁ……この国には死んで欲しくない人もいたりして、ね」
粕子の脳裏に、学生時代の淡い思い出が蘇る。そういえば彼は今頃、どうしているだろうか。そんなことを思う。
「総理ぃ!!」
余市防衛大臣が叫ぶ!
どよめく首相官邸!
液体窒素ミサイルを全弾まともにくらったにも関わらず、ストロングゼロの歩みは止まらず!
「まぁ、これくらいは想定の範囲内かな」
ストロングブラックは操作パネルを軽快に叩き、次なる一手に移る。
ミサイルだけで凍り付けに出来るとは考えていない。全武装をフルに使って、ストロングゼロの耐久力を上回る飽和攻撃で決める!
「超低温レーザー、スタンバイ!」
麒麟の胸部が開き、中から砲台が姿を現した。
「この攻撃に、耐えきれるかな? ストロングゼロ! 撃てぇ!!」
キリィィィィィン!!!
青白く輝くレーザーがストロングゼロに命中! 氷の礫を撒き散らす!
「オエエェェェェォオン!!!」
体を左右に振って苦悶の声を上げるストロングゼロ。効いている!
「このまま押し切るぞ! 液体窒素ミサイル、発射!」
レーザーがストロングゼロを押し留めているところへ、無数のミサイルが着弾! 周辺の大気とストロングゼロを急速冷凍!
「ブラック! なんかでは目盛りがすごい勢いで減ってるわよ!?」
機器類の見方がわからないピンクが、壁のモニターに表示されているガソリンメーターのようなものを指差して言う。
「そいつはレーザーの照射可能時間のリミットゲージだ! あと……5秒か、くそっ、頼むぜ……相棒!!」
レーザー照射の激しい反動でコックピットは凄まじい振動!
「お、俺はもう……吐きそう……」
イエローが胸を押さえて苦しむ! 医者からは安静にしておくように言われているのだ! このハードな揺れはキツい!
「3、2、1……エネルギー切れか! ストロングゼロは、どうだ!?」
ストロングブラックは前方視認用モニターを凝視! もうもうと煙る液体窒素の霧が晴れた時、そこに、全身をガッチガチに凍らせたストロングゼロの物言わぬ姿があった!
「やったか!?」
レーザー砲は再チャージと冷却時間が必要だ。次に撃てるようになるのは10分後。そしてミサイルはほぼ、撃ち尽くした。残弾は2発のみ。
パキ……パキ……
不気味な音が、聞こえてくる。麒麟の超高感度集音マイクが拾ったのはストロングゼロの振動。表面を覆う氷の膜が、割れてゆく音。すなわち……。
「これだけやっても……まだ足りないと言うのか!?」
「オエエェェェォオン!!!」
巨大な咆哮と共に氷を吹き飛ばし、ストロングゼロの肩から無数のアルミ色の突起物が伸びる! その先端はいずれもシャワーヘッドのようになっている!
「攻撃が来るぞ! 備えろ!」
「備えろったって! 何か守るものは無いの? ブラック」
「麒麟の特殊アルミ装甲は頑丈だ! あのストロングゼロと同じくらいの耐久性能はあるはず!」
「でもコックピットの私たちは!?」
「当然、衝撃をモロに受けることになる! 気を引き締めろよ!」
「無理無理無理ッッ!! 降ろしてっ! 今すぐに!!」
「もう、遅い。来るぞ!!」
ブラックは被弾を想定してはいたが、このような攻撃方法を予想はしていなかった。ストロングゼロは無数の細く伸びたシャワーヘッドから高圧ウォーターカッターを発射した。単なる水であっても高い圧力をかけて細いノズルから発射すれば容易に金属すら切断する武器となる。それが一斉に麒麟目掛けて襲い来る。コックピットに受ければ、そのまま操縦者である自分を貫く可能性も無くはない、とブラックは覚悟する。
「このロボを以てしても……止められないのか」
そう呟いたまさにその時であった。
ストロングゼロボ“麒麟”の目の前に、いくつもの巨大な魔法陣が展開!
「何だ!?」
ロボにこのような防衛機構はない。ならばこれは……このストロングゼロ模様の魔法陣は一体!?
ウォーターカッターが魔法陣に吸い込まれ、消滅してゆく。一本たりとも、ロボまで届かない。
「ブラック、見て!」
ピンクはロボに複数台取り付けられた外界確認用のカメラを操作、アスファルトが粉々に破壊されて無残な様相を呈している日比谷通りに立つ、黒いローブをまとった人物の姿を捉える。
ピンクはブラックの目の前のモニターへ監視カメラの映像を投げる。ブラックが息を呑んだ。
「魔法使い……なのか?」
酩酊戦隊がこれまで倒してきた悪の怪人の中には、奇妙な術を使うものもいた。そういう手合いか。しかしどうやら敵ではないようだ。宙に展開した魔法陣を巧みに操り、ストロングゼロの攻撃を無効化してくれているらしい。バリヤーのようなものだ。
「誰だか知らないが、ありがたい!」
超低温レーザーの再チャージを開始。そして液体窒素ミサイルを両肩のランチャーに一発ずつ装填、いつでも撃てる態勢へ。
「10分だ! 頼む、次の攻撃まで10分耐えてくれ!!」
拡声器を用いてロボの外へ自分の声を飛ばすブラック。黒ローブの人物がコクリと頷いた。
「10分、か」
異世界帰りの大賢者、聖・トリィは魔法陣を操りながら自身の残魔力を思った。この世界では異世界と同様に無尽蔵に魔法を使い続けることは困難のようだ。体感ではこのストロングゼロ因子無効化結界の使用限界まで約5分。
「これだけ大規模に結界を広げるのは……ちょいと苦しいか」
だが決して諦めはしない。見渡す限りの破壊の爪痕。横たわり呻く酩酊者たち。かつて彼がいた世界の惨状がダブる。ストロングゼロによって壊された異世界のパーティー。魔王を倒したところで、ストロングゼロの呪縛から逃れることは出来なかった。そしてこの世界でも悪魔は再び、彼の前に立ちふさがるのだ。
「負けられない。俺はきっと、ここで己の運命と決着をつけるために呼ばれたんだ」
魔法陣を徐々に徐々に、ストロングゼロへ向けて押し込んでいく。そのまま結界にあの巨体を封じ込める。そうすればロボの再攻撃までの時間稼ぎも容易になるはず。
が、突如ストロングゼロはウォーターカッターの放出をやめ、くるりと後ろを向いた。
「むっ!」
極太のアルミ尻尾攻撃が魔法陣を叩き割って聖・トリィごと吹っ飛ばす!
「グワーッ!」
「再チャージまであと……7分!」
ピンクが告げる。イエローは紙袋に向かって嘔吐中!
「液体窒素弾は無駄撃ち出来ない。奴が口を開いた時に、マニュアル操作で口腔内へ直接叩き込んでやる。その為には何としても、動きを止めておかなくては……」
戦闘シミュレーションは出来ているも、実行するための時間がない。レーザーのチャージが間に合わない。魔法使いを一蹴した怪物は大地を踏み抜きながら悠然と迫る。
空は、燃えるような茜色に染まっている。日が沈むとき人類の歴史もまた、終焉へと向かってしまうのか。
否。
ドルン! ドルルン!
唸りを上げて野趣味あふれるハーレーが疾走してくる!
「俺の名はタキジ! てめぇのようなモンスターならこれまで何体も葬ってきたぜ? 覚悟しな!」
自我を持つ相棒のハーレーがストロングゼロの尻尾の上に乗って走行! タキジは大剣、氷結クレイモアを振り回して攻撃!
キリン! キリン! キリィィィン!!
ストロングゼロの体表へ深い傷を刻んでゆく。氷属性の剣ならば攻撃してもストロングゼロ因子を刺激せず安全にダメージを蓄積できる。
「このまま首をすっ飛ばしてやるぜ!」
ストロングゼロの体表にスパイクを食い込ませてぐいぐい上ってゆくハーレー。喉元へ、氷結クレイモアを振りかぶったタキジが接近する。
一層強く、ストロングゼロは“しこ”を踏んだ。地面が広範囲に渡って崩落、ストロングゼロの巨体が大きく右へ傾いた。それに伴ってハーレーもバランスを崩し、タキジの剣筋が逸れた。
「うわっ!」
ハーレーを空中で制御してストロングゼロの体表から飛んで離れるタキジ。数十メートルの範囲でクレーターが出現し、そこに右半身を横たえるようにしてストロングゼロは嵌まっていた。一体何が起こったのであろうか。
東京の地下はまるでアリの巣のようにして無数の地下鉄が走っている。日比谷通り、東京メトロ銀座線と都営三田線の地下トンネルが交差するその地点が、強い衝撃によって崩れ落ちたわけだ。むろん、ストロングゼロの怪物が地理に詳しいわけはない。これは単に体表にとりついた“虫けら”を追い払おうとした行動の副次的産物である。
ストロングゼロは下半身からエチルアルコールジェット噴射を行い空高く上昇! 強力なアルミフレームの翼を広げて空から自分にまとわりついてくる敵を見下ろす。
「チッ! あんな高いところへ逃げられたんじゃ攻撃が届かねぇ!」
タキジは唇を噛む。
「おい、そこのアンタ!」
聖・トリィが息を切らせて駆け付ける。
「ん? 誰だい?」
「俺は聖・トリィ、変な声に導かれてこの世界へやってきた魔法使いだ」
「魔法使いか、ちょうどよかった、あのモンスターを引きずり落してくれないか?」
「そうしたいが、残念ながら魔力を使い果たした」
「マズいぜ、見ろ、またアレが来る!」
上空、ストロングゼロが再び全身の体表からウォーターカッター用のアルミの突起物を形成。あの位置から攻撃されたら、地上は壊滅的な被害を被ること間違いなし! ウォーターカッターはまるでクラスター爆弾のように建物も人もズタズタに引き裂いて一帯を不毛の地に変えるだろう。まさに非人道兵器! 国際法違反!
「ブラック!! このままじゃ私たち、全滅よ!! 保育園にお迎えにいけなくなるじゃない!!」
「今心配するような事か!? 少し、黙ってろ!」
「おえぇ~! おえぇ~!」
超低温レーザーのチャージ完了まであと2分! だがストロングゼロは待ってはくれない!
「オエェェェェォオン!!!」
掃討攻撃がまさに開始されようとする直前、空飛ぶドラゴンに跨ったアマゾネス風の露出度高めの衣装を着た中年女性が腹のぜい肉を揺らしながら登場! 一体何人ゲストキャラが出てくるんだこの作品はっ!?
「タ~キ~ジ~!」
「かあちゃん!?」
「助けに来たよ! 受け取りな!」
空中から息子へ向かって剣を放り投げる母親! 美しい親子愛!!
「あっ、あれは……あの剣は!?」
手を伸ばし、剣の柄を掴むタキジ!
「最強のレアアイテム! アル中カリバーじゃねぇか!!」
領収書が張り付けてある。後で請求が来るようだ。さすがは母ちゃん、しっかり者!
「かあちゃん……ありがとよ!! 金は払えねぇけど!!」
ストロングゼロの攻撃が、無数のアルコールの破壊的シャワーが降り注ぐ!
「喰らえバケモン! アル中スプリームカリバー!!!」
剣先から極太の虹色の光線がライトセイバーめいて発射され、空中に浮かんでいるストロングゼロの胴体を貫通して風穴を開ける! すさまじい威力だ! しかもアル中スプリームカリバーは周辺のエチルアルコールウォーターカッターのエネルギーを吸収してしまっている! 一挙両得!
たまらず咆哮しながら墜落するストロングゼロ。大地震のようなとてつもない振動にビルが倒壊し道路が崩れ去った。
「超低温レーザー、フルチャージまであと1分!」
ブラックはモニターを睨む。土煙の中からやはり健在だったストロングゼロが起き上がってくる。大吟醸粕子特使との約束がある。ストロングブラック、黒木勤は役目を全うしなければならない。その先にしか、人類の未来はない。
ストロングゼロが一歩踏み出すたびに、道路に亀裂が広がってゆく。ひび割れは麒麟の足元にまで生じていた。
仰向けに倒れ全身で大地の鳴動を感じていたアル中マン。エネルギー源であるストロングゼロが胴体にぽっかり空いた穴から流出し過ぎて、彼の命は風前の灯であった。
「いぶりがっこにはクリームチーズが合うらしい、な……ははっ」
人は死の直前、それまでの人生の走馬灯が頭をよぎるというが、彼が見ていたのは大好きだった肴の幻だった。
「……さい。……中マン」
ふと、どこからか声が聞こえた気がした。自分を呼ぶ声が。
「起きなさい、アル中マン。起きて戦うのよ」
聞き覚えのある、懐かしい声。パンを焼くのと世話を焼くのが特技の、行きつけのスナックのママの声だ。
「バタヨ、ママ?」
必死に頭を動かしてみればそこに確かに、バタヨママが立っていた。その手に、ストロングゼロ500ml缶を携えて。
「ほら、アル中マン。新しいストロングゼロよ」
バタヨママが言った。
「もう一発、アル中スプリームカリバーを喰らえ!」
タキジは最強の剣を振り、ストロングゼロの頭部へ向ける。頭を吹っ飛ばして決着をつけるつもりだった。
「危ない!」
突如、彼は聖・トリィに突撃されて二人して横倒しになった。高速で何かが頭上を通過する。
「痛っ! 何するんだよ!?」
「気をつけろ、囲まれている!」
立ち上がったタキジが見たものは、周囲を飛び回るストロングゼロ350ml缶の姿だった。
「ストロングゼロの怪物の剥がれ落ちた表皮が変化したものだ。小型だが、侮れないぞ!」
聖・トリィはわずかに回復した魔力を使って小型の結界を作り出す。大規模な攻撃魔法はまだ使えないが、自分の身を守るくらいならば問題はない。
「おいおい、一体どれだけいるんだ!?」
数えきれないほど、ミニ・ストロングゼロはたくさん飛び回っていた。
「本体に対して攻撃しようとする相手に自動で反応して襲ってくるようだ。何もしなければ、ただ飛んでいるだけだ」
「いや、けどよ、本体を倒さないとこの世界が!」
「あぁ、その通りだ。俺が防御魔法を使ってお前の盾となろう」
「わかった」
聖・トリィは前へ出て、魔法陣を展開。一歩下がり、タキジがアル中カリバーを振るう。剣に集束するエネルギーに反応したミニ・ストロングゼロが一斉に動き出した。
「させるかよ!」
聖・トリィが小さな魔法陣をいくつも展開してタキジの周囲をガード。しかし今の残魔力では使い手である自分は守ることができなかった。横っ腹に突撃を受け、吹っ飛ばされる。
「グッワッ!」
魔法陣が消滅! タキジへミニ・ストロングゼロの群れが突撃! 危うし!
が!
だが!
しかし!
そのとき!
一筋の閃光が空間を駆け抜けた!
キン!
甲高い音を鳴らし、視認困難な斬撃が通過、ミニ・ストロングゼロを一刀両断した。
風になびくプラチナブロンドの髪。強い意志を感じさせる透明度の高い水色の瞳。一見華奢に見えるもその実、全身に常人離れした高性能な筋繊維を搭載した最強の女剣士が、濡れたように光る聖剣を手にタキジの前に立っていた。
そしてもう一人、両の拳にメリケンサックを装着した風来坊か底辺労働者っぽい風体の男が女剣士の隣にいた。
そこにいつの間にか出現したとしか思えないタイミング。果たして彼らは一体何者であろうか!? 何者なのであろうか!!? 既にわかっておられる読者の方はいつも大変お世話になっております! ありがとうございます!!
「ったく、酒の神も人使いが荒いよなぁ……。せっかくのんびりまったり異世界ライフを満喫していたっていうのに」
男はこの状況においても全く動じる様子はなく、コリコリと指で頭を掻いている。図太い神経!
「無駄口を叩くな。さっさと片付けて帰るぞ」
油断なく剣を下段に構える女剣士。周囲を旋回するミニ・ストロングゼロに鋭い視線を飛ばす。不用意に近づけば確実にあの刃に切断される。絶世の美女と呼んで差し支えないほどの相貌に得物と同じくらい切れる笑みを湛え、女剣士は圧倒的な存在感を放っていた。
「もちろん、俺もダラダラするつもりはありませんよ。ご安心あれ、既に状況は確認済み。このちっさい奴はあと68体。でも気を付けてください。足場がかなり不安定です。地面に亀裂が広がっているのでちょっとした衝撃で大規模な崩落が起きますよ」
男は酒の神から与えられたチートスキルによってこの一帯の状況を完全に掌握していた。幸いにしてこの世界は彼はもともといた地球の、もといた時代に極めて近い。そして他にも転移者らしき者が複数名、背後に巨大なロボ。各所に点在する負傷者、酩酊者、そして……死者。
ありとあらゆる情報が洪水のように彼の脳に流れ込んでくる。彼の武器は聴力。常識を遥かに超える超・聴力なのだ。ちょっとした音さえあればその反響を利用してソナーのように周囲の状況を正確に知ることが出来るのである。
そのスキルは名を━━“酔えば酔うほど地獄耳”と言う。
酒を飲み、体内にアルコールが回れば回るほどに冴えわたる聴力。それが彼の武器。情報収集にも戦闘にも、無限に応用の効く最強のチートスキル。
「ふん、面白い。それくらいの歯ごたえが無ければ、な」
女剣士は腕を振ったとも思えないわずかな動作で剣を薙いで、近くにいたミニ・ストロングゼロの切断して破壊した。腰を切る動作と、流れるようなフォロースルー。無駄な動きも余計な力みも一切ない、完璧な剣捌き。
「今ので残り67体ですね」
「いちいちザコの頭数など教えて要らん。向かってくるものは全て例外なく、切り捨てるのみだ!」
「でもあのでかい怪獣は後ろのロボがやってくれると思うので今回の俺たちの役目は露払いだけですね」
「ならば尚のこと……派手に暴れていいということだな?」
「そうなりますか」
男は拳を持ち上げて構える。ベーシックなボクサーの構え。それが妙に様になっている。強そうには見えないのに、どこにも隙が無い。
「やるぞ」
「ええ、やってやりましょう……イリヤさん」
酒井雄大が言った。
女剣士、イリヤ・ブラッド・レーヴァティンが大きく一歩を踏み込む。上半身が残像を残しそうなほど高速で進み、進路上のミニ・ストロングゼロが反応するより早く切断して無力化した。
頭上から降ってくるミニ・ストロングゼロに対し、ユーダイは見上げることもなくわずかに上体を揺らして回避、後方で旋回してブーメランのように頭部へ突撃してくるミニ・ストロングゼロにバックハンドブローを叩き込んで破壊した。更に迫る2体をスウェイでやり過ごし、空中で一体を掴んで地面に叩き付ける。
「当てれるもんなら当ててみな……スキル発動中のこの俺に!」
「ヨシ! チャージ完了だ!」
ストロングブラックは歓喜する。何者か不明だが更なる援軍が現れてストロングゼロを押し留めてくれた。遂に反撃の態勢は整ったのである。
「後は……撃つタイミングだけか」
操縦桿を握る手が汗ばむ。多くの仲間が繋いだ最後のチャンス、絶対に無駄には出来ない。
「俺たちは……勝つ!!」
麒麟の胸部からレーザー砲が出現。超低温レーザーが放たれる! 大気を凍り付かせながら一直線にストロングゼロへ命中!
「凍り付いてくれよ、ストロングゼロ!」
動きを止め、口腔内へ液体窒素ミサイル弾をお見舞いし内部から完全に凍結させる。ここで失敗すれば次は、無い。
「オエェェェェェォオン!!!」
苦しみ暴れるストロングゼロ。しかしレーザーは着実にその胴体を捉え続ける。じわりじわりと、氷結させてゆく。
「そうだ、悶えろ。そうやって大口開けて叫んでいてくれよ……!」
照準器を慎重に合わせる。緊張の一瞬だ。人類の命運を、この2発の液体窒素ミサイル弾に託す。
ストロングゼロの体全体が凍結し始めた。数秒でいい。完全に動きを止めてくれたなら。ブラックは絶対にミサイルを当てられる自身があった。体表をまずは凍らせ、そして口腔内にミサイルを叩き込んで内部からも凍らせる。それでも果たしてどれだけの時間、あの怪物を停止させておけるのだろうか。
「ま、そこから先は……大吟醸女史に一任だな」
ストロングゼロは、ぎこちなく首を動かしてロボを睨みつける。その頭部が遂に、完璧に凍りついた。ほぼ同時にレーザーが空になった。
訪れた好機に、ストロングブラックの、黒木勤の鼓動が一段と強く鳴る。深呼吸を一つ。メンタルセットし、指先の震えを止めた。ミサイルの発射ボタンに軽く触れる。
「薬は注射より飲むのに限るぜ……ストロングゼロさん!」
ボタンをプッシュ。即座に両肩の多連装ランチャーからミサイルが、
「マズい!」
ミニ・ストロングゼロをかわしながら異音を察知したユーダイが叫ぶも、声はロボに届かない。彼が聴いたのは、アスファルトが長引く戦闘の震動によりいよいよ限界を迎えるその悲鳴にも似た音。
ストロングゼロボ“麒麟”の立つ一帯が今、轟音と共に陥没した。
「何ぃ!!?」
コックピットに訪れたふいの衝撃。ロボが仰向けに、生じた穴へと落ちる。ブラックには何が起こったのかわからない。しかし確かなことは……ミサイルの軌道が今のでストロングゼロから確実に逸れたであろうということ。
「クソッタレ!!!」
ミサイルは斜め30度ほどの角度で天へ向かって飛翔。もとの狙いがストロングゼロの頭部であったからこの角度ならターゲットの遥か頭上を越えてゆくことになる。
誰もが、作戦の失敗を予感した。
誰もが、人類の終焉を予感した。
しかしまだ、希望は残されていたのである。
マッハの速度でマントをはためかせて、アル中マンが飛ぶ! 1基のミサイルを両手で抱え込んで無理矢理軌道修正、そのままストロングゼロの口腔目掛けて突っ込んだ!
「あばよ……みんな!」
彼はミサイルと共にストロングゼロの口腔粘膜に激突! 直後、発生する液体窒素の爆発! 白煙が怪物の口から吹き出した!
暮れなずむ空に散ったヒーローの姿を見上げ、バタヨは目じりを拭った。
「バカね、惚れた女を一人にするなんて……ほんと、バカね……」
PM17:30
首相官邸
「うおー!」「やった!」「勝ったぞ!」
誰もが拳を突き上げて喜びの声を上げている。抱き合う官僚たちを尻目に大吟醸粕子はスマホを耳に押し当てる。
まだ、彼女の役目は終わっていない。ストロングゼロは完全に凍結させてもそのまま放置すれば解凍とともに活動を再開する。トドメを、刺さなくてはならないのだ。
「今よ、作戦決行!!」
彼女は待っていた。粕子はこの時を心待ちにしていた。ストロングゼロ因子が不活性となった今、あれは単なる巨大なアルミ缶に詰まった酒である。そして律儀なことにその全身に、捻ればストロングゼロが出てくる蛇口まで作ってくれている。ならばこれからやるべきことはただ一つ!
モニターを見ていた技官が立ち上がり、
「何だあれはっ!?」
と叫んだ。彼にも、そしてその他大勢にも知らせていない。極秘のミッション。というか半ば、アドリブである。合衆国特使である粕子の権限と、双方ともにフォロワー数20万人を超す山崎内閣官房副長官ならびに白州内閣総理大臣補佐官のSNS拡散力が合わさった最後にして最大の作戦。
作戦エリアに向かい、東西南北ありとあらゆる方角から無数の輸送機が次々とその姿を現す。さらに地上、凍り付いて巨大なオブジェと化したストロングゼロへ向かい集結する人々の姿。これらは一体……?
「大吟醸特使、何だねこれは!?」
矢部総理すら、その作戦の概要を聞かされていない。何故ならこれは政府や軍の指揮下で行われる正式な作戦などではなく、あくまで単なる……
「“飲み放題プラン”です」
にこやかにほほ笑みながら大吟醸粕子は言う。
「……は?」
「総理、これは史上最大の……アルコールジャンキー達によるストロングゼロ飲み放題作戦です。SNSを使い、全世界へ向けて呼びかけました。好きなだけストロングゼロを飲んで人類を救おう、とね」
「まさか君……」
唖然とする矢部総理。輸送機からロープを伝い地上へ降下してゆく者達。一人、また一人とストロングゼロの足元へ到達。地上を進行していた一段も、そこへ合流。足場が崩れてボロボロになった危険な道を、平然と進む者達、彼らはいずれも重度のアルコール中毒者たちである。命よりも酒を優先する猛者たちなのである!
「日本全国、そして周辺の国々からも屈強なアル中を集めました」
「そんな……君は一体いつからこの作戦の準備を?」
「ストロングゼロの怪物の存在を、我が国の軍部が掴んだ時から」
「何と!」
「人類は決して、あんな酒なんかには屈しません。私たちは未来を勝ち取るのです総理」
アル中がストロングゼロの蛇口を捻る。キンキンに冷えたストロングゼロが湧き出した。それをガブ飲みする、屈強なる大勢のジャンキー。
「何て光景なの……」
ストロングゼロボから降り、瓦礫の上に座るストロングピンクが呟く。その隣でイエローが青ざめた顔で空を見上げている。レッドはロボのコックピットで気絶したままなのでこの場にいない。
「まるで“嘆きの壁”だな」
酷く憔悴した表情のブラックは、ストロングゼロの足元に群がるアル中たちをそう形容した。
「ねぇ、勝ったの? 私たちは」
「あぁ、恐らくはな」
数百人か、それ以上か。砂糖に群がるアリのような群衆がストロングゼロをどんどん飲み干してゆく。
「だが……」
酒は、命の水と呼ばれる。百薬の長とも。しかし過ぎたる酒はかようにも恐ろしい怪物を生み出すこともある。
「あれが最後の一体だとは……俺には到底思えない」
群青に染まってゆく空の下、ブラックの言葉は酒臭い風に乗って流されていった。
その日、人類は多くの犠牲を払いストロングゼロ因子の怪物を倒すことに成功した。ストロングゼロが倒されたその場所は整地され、戦いによってこの世を去った人々の為に慰霊碑が建てられることになった。
そして、新たな国民の休日が制定された。
ストロングゼロ記念日。
勇敢にもストロングゼロ飲み放題に参加し散っていった数多の英霊達を弔い、家族でストロングゼロを飲み平和について語らう休日である。
世界は救われた。だがストロングゼロ因子はいつまた、我々に対し牙を剥くかわからない。無限に存在する並行世界のどこかで、あるいはあなたのすぐ傍で。
くれぐれも酒の飲み過ぎにはご用心、である。
シン・ストロングゼロ
完
「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」
不気味な声を発しながらさまよい歩く人々。荒廃した都市。突如発生した“ストロングゼロ・ウィルス”はエアロゾル感染によって瞬く間に世界中へ拡がった。いまや世界中で40億人を超す人々が発症し、ストロングゼロを求めて街を徘徊するアル中と化していた。
始まりは日本だった。ストロングゼロ飲み放題作戦に参加したものたちの体内で突然変異したストロングゼロ因子が大気中に飛散し集団感染を招き、日本全土を瞬く間にアル中地獄に変えた。そして飛行機や船舶によって世界中に拡がり、一年を経ずして全世界がウィルスの毒牙にかかったのである。
「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」
アル中ゾンビが、今日もストロングゼロを求めて酔歩する。この世界も遠からぬうちに、滅亡する。
「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」
全て……ゼロになる。
「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」「おえぇ~」
私は好きに書いた。
君たちも好きに書け。