シン・ストロングゼロ Q
PM16:30
新橋周辺
ストロングゼロは立ち塞がるあらゆるものを破壊しながら北東へ進行を続けていた。
両肩のシャワーヘッドのような突起物から散布される高濃度エチルアルコールミスト。人々の避難は粗方完了してはいたが、酩酊状態で建物内に取り残されている者も少なからずいた。
自衛隊と米軍の戦闘機、ヘリが上空を旋回している。地上には戦車部隊。が、攻撃中止命令によって彼らは目の前の脅威に対し一切の手出しが出来ないでいた。
ストロングゼロに破壊されたビルの破片が吹っ飛んだ先、路上を酔歩する者あり。ミストに脳をやられ判断能力を失ったサラリーマンに迫る鉄塊。このまま彼は、無残にも瓦礫に押しつぶされてしまうのか。
否!
ドルン! ドルルン!
大排気量V型ツインエンジンが爆音を上げる。動物の骨や革で世紀末めいた装飾がなされたハーレーが、破壊され尽くした道路を豪快に突き進む!
瓦礫が直撃する寸前で、ハーレーを駆る男がその腕にサラリーマンを抱え込んでウィリー。タイヤから魔法のバリアを展開した。
粉砕された瓦礫。そして男はニヤリと笑う!
「こいつがモンスタ・ハンタ・オンラインの裏世界のボスか? 面白れぇ!」
彼の名はタキジ。突如ゲーム世界に取り込まれた現実を生き抜いて伝説になった男。
同時刻
首相官邸
「ホワッツ! 大変です!」
モニターを凝視していた技官が声を張り上げた。
「もぅ~、また何かトラブル?」
ソーダ味の棒アイスをガリガリしながら矢部総理が訊く。
「ストロングゼロに超高速で接近する物体あり! これは……マッハ3、最新鋭の戦闘機並みの速度です!!」
「じゃあどっかの国の戦闘機でしょ?」
「いえ……一体どこから!? ターゲットに真っ直ぐ突撃していきます! このままでは2秒後に激突! 速い!!」
「何っ!?」
「オエェェェェォオン」
ストロングゼロが咆哮した。音速の壁を超えて迫る謎の敵を視認し、向きを変えた。が、その緩慢な動作では避けることは叶わなかった。
突風にたなびくマント。愛と勇気とストロングゼロといぶりがっこだけが友達のヒーローが今、その命を懸けて意識の高い突撃を敢行!
「アル中キーーーーック!!!」
ボッゴン!
アルミ缶があまりの衝撃に大きくへこんでソニックブームが発生した!
周辺のビルの窓ガラスが一斉に砕け散る!
宙返りを決めて距離を取ったアル中マン。ストロングゼロが横倒しになって土煙を巻き上げた。
「やったか!?」
手応えはあった。ストロングゼロをMAXまで補給して元気100倍になった今のアル中マンの攻撃なら、どんな敵もバイバイキンの筈だ。
が、しかし!
「オエェェェェォオン!」
地の底から響いてくるような邪悪な咆哮と共に、ストロングゼロはゆっくりとその巨体を起き上がらせる。
「チッ! お家にお帰りてぇ……」
「総理! アル中マン! 謎の飛行物体はアル中マンです!!」
「何っ!? あの、ロシアか北朝鮮かユーラシア大陸のどこかの国が極秘開発したとされる秘密兵器か!?」
「ストロングゼロ、横転!」
「倒したのかっ!?」
「いえ……モニターを!!」
慌ただしく荷物をまとめるスタッフが行き交う会議室の、壁に設置された巨大スクリーン。ヘリからの空撮。朦々たる土煙を振り払い、悪魔のアルミ缶がその威容を徐々に見せ始める。
鳴り響く伊福部マーチ! 醍醐味!
「今の攻撃ですら……効いていない、のか」
「総理ーッ! ヨガーッ!」
ヨガテレポートで余市防衛大臣が乱入!
「ちょっと、君! テレポートなんか使ってないでマジメにやりなさいよ」
「総理! マジメな報告です。ストロングゼロの散布しているミストの性質が判明いたしました!」
「ミストの性質? エチルアルコールでしょ?」
「いえ、それだけではありませんでした!ストロングゼロの放出しているエチルアルコールミストはこのままのペースで散布され続ければ気流に乗って世界中に飛散し、“アルコールの雨”を降らせて動植物を死滅させ、太陽光を遮り地球を氷河期へと突入させる危険性があるそうです! 火山の破局噴火相当の警戒が必要である、とのことです!」
「なんということだ。ストロング……氷河期!?」
「ええ、ストロング氷河期です」
「ストロング氷河期……」
「ストロング氷河期です」
あまりにも絶望的な予測を前に、会議室を暗澹たる空気が包み込む。
「我々はどうすればいい? どうすれば、あのアルミ缶を倒すことが出来るのだ」
「総理ッ!! あれを!!」
モニターを指差して全裸の山崎内閣官房副長官が叫ぶ!
そこには更なる絶望が、映し出されていた。
「オエェェェェォオン!!」
ストロングゼロの背中から、無数の巨大な蛇口が生えてきた。それはまるで恐竜の背ビレにも似て禍々しく林立! ストロングゼロはアル中マンのキックの衝撃を吸収し、それに対応できるよう自己進化を始めたのである。アルミ缶が歪み、巨大な翼が、銀色の両翼が雄々しく広げられる。両肩のシャワーヘッド状のエチルアルコールミスト噴出孔が、宙に浮かぶアル中マンへと向けられる。
「させるかよ!」
アル中マンは再度突撃! 彼はストロングゼロの持つ性質を知らない。攻撃すればするほど、この巨大なアルミ缶は更に強大になってゆくのだ!
バルカン砲めいた圧縮エチルアルコール弾が無数に射出される!アル中マンはひらりひらりとギリギリのところで回避するが、マントに被弾!
「しまった!」
直後、ストロングゼロの口腔が開き、高圧アルコールウォーターカッターがアル中マンを直撃! 貫通!
「ごぼっ! 胴体に風穴が開いて力が出な……」
あえなく墜落するアル中マン。正義のヒーローも、自己進化を続ける究極生物ストロングゼロの前には成す術がない。
ストロングゼロの足元で、酔い潰れて倒れる自衛隊員が二人。重度の酩酊状態で立ち上がることすら叶わず、呆けた顔でストロングゼロを見上げている。
「新約聖書アルコの福音書5章9節……」
回転する視界の中に浮かび上がる悪夢じみた怪物の姿。自衛隊員の脳裏に過ぎるは聖書の一節。
「主は問うた。“そなたが落としたのはこの【金のストロングゼロ】か? それともこの【銀のストロングゼロ】か? あるいは人としての尊厳であろうか……”」
「何だよ、それは」
彼の相棒はわが身に迫る死を前に諦観し乾いた笑いの中でそう問うた。
「その者答えて曰く。“我が落とすは真なる混沌、罪業(Sin)なるストロングゼロなり”」
「罪業の・ストロングゼロ……」
巨大な脚が、彼らを踏み砕こうと持ち上げられる。逃げることも抗うことも出来ぬ。運命は、残酷なまでに一方的に彼らを断罪する。
が、しかし……希望は潰えてはいなかった。
ゴゴゴゴゴ……
地響きのような轟音と共に、“それ”はやってきた。
青白い閃光が空間を駆け抜け、一直線にストロングゼロの胸に命中する。
「オエェェェォオン!!!」
ストロングゼロはその威力に圧されて後退!
キラキラと氷の結晶が周囲に飛び散った!
頭上を、黒い影が覆った。
ストロングゼロが見上げる。暴走したストロングゼロ因子の怪物はそこに、自分と瓜二つのアルミ缶の姿を認めた。
「あれは……!」
モニター越しに眺める技官が驚嘆に声を詰まらせる。彼は知らぬ。あのロボの存在は最重要国家機密事項である。合衆国と日本の、ごく限られた人間にしか伝えられていないトップシークレット。情報が漏洩すれば国家間のパワーバランスが崩れるほどの存在。
「総理、あれがストロングゼロボなのですねっ!?」
羽根内閣官房長官が興奮して拳を握る! 男の子!
「ああそうだ。我が国最後の希望……黒木くん、そして酩酊戦隊の諸君、頼んだぞ!」
矢部内閣総理大臣は祈るような気持ちでモニターを見詰める。
膨大な量の土煙を巻き上げ、ロボは夕暮れ時の日比谷通りに着地した。その背の向こうには、銀座、有楽町、皇居が見える。東京の中心部、日本の大動脈。絶対に、破壊されるわけにはいかない。
「行くぞ、みんな!」
ただ一人、操縦席に座るはストロングブラック、黒木勤! ストロングゼロボの操縦には大型特殊自動車免許に加えて不整地運搬車運転者資格が必要なのだ! メンバーでは彼しか操縦できない!
「がんばれ! ブラック!」「負けるな! ブラック!」「ご安全に! ブラック!」
メンバーが叱咤激励する!!
「役立たずども!」
ブラックが吼えた!!
prrrr......
その時、総理からの着信!
ブラックは素早くスマホをホルダーへセット! ハンズフリーで通話開始! 道路交通法を遵守!
「黒木くん!」
「総理! こんな時に、どうしました!?」
「君に一言、謝っておきたくてね」
「まさか内乱罪を適用されるとは思いませんでしたよ。謀議参与者認定された俺はまだしも、首謀者扱いされたブルーはもう……」
「本当にすまない」
「今更謝罪されてもね。まぁ俺達も悪かったですよ。この戦いが終わったら……全て水に流してもらいましょうか。俺も無罪放免ということで」
「前向きに検討させてもらおう」
「クソッタレ!」
政治家らしい建前にまみれた返答に対し、ブラックは通話を一方的に切り上げる。
「総理! 嫌われましたか!?」
「そのようだ、羽根くん」
虚しくツーツーと鳴り続けるスマホをしまい、矢部総理はモニターへ視線を送る。
「だが問題は無い。彼は頭のてっぺんからつま先までブラックに染まった男だ。仕事は絶対にやり遂げてくれるだろう」
「しかし総理、下手に攻撃を加えればストロングゼロの更なる進化を促してしまうのではありませんか?」
羽根官房長官が懸念を述べる。そう、外部からの衝撃が不安定なストロングゼロ因子に突然変異を促し、その細胞分裂を加速させる可能性は高い。
が、矢部総理は強気にほくそ笑んだ。
「いや、その心配はない。先ほど私は大吟醸特使から報告を受けている」
「ほほう、あの才媛から。それで特使は何と?」
唸りを上げるエンジン。何十年も眠っていたとは思えないほどに内部の装置は問題なく動作している。このロボ自体が、機械とストロングゼロ有機物の融合体。いわば、生きる兵器なのだ。
「システム、オールグリーン。ストロングゼロ因子チャージ、マックス」
計器類を一つずつ丹念に確認しながらブラックが指差呼称! ヨシ!
「覚悟しろよ、ストロングゼロの怪物さんよ」
ブラックがレバーを押し上げると、ストロングゼロボ前面に彫られた黄金のエンブレムが輝き出した!
それは中国の神話に登場する伝説の霊獣を象ったもの。鹿の体に竜の顔、牛の尾に馬の蹄。
「対ストロングゼロ最終決戦兵器ストロングゼロボ……コードネーム“麒麟(KIRIN)”、ゴー!!!」
突風を巻き起こして麒麟(KIRIN)が突撃を開始!
「キリィィィィィィン!!!」
「オエェェェェォオン!!!」
今、この星の全ての生命の存亡を懸けた戦いの火蓋が、切って落とされた!!!
……To Be Continued