眠らない街 2
「あ、旅人さん、夕食ですか?」
「ああ、おすすめはあるのか?」
「もちろん日替わり定食。絶品ですよ?」
食堂の机を吹いている受付嬢によると絶品だという定食を頼んでみる。
「コックまで寝ていないのか」
「怪我しそう」
「確かに心配ですね」
だが、3人の心配は必要なかったようでそのコックはなんの危なげもなく料理を作り上げる。
とても美味しそうなカツと丸パンが出される。付け合せのサラダも美しく盛りつけされている。
ただ、アオイにだけパンもおかずもありえないくらい山盛りになっている皿が出される。
「って私だけ量がおかしくないですか?」
「私の3倍はあるな」
「よく食べそうだからサービスしといた。食え」
なんとも無愛想なコックだが、実にありがたい。いつもならアオイに食べられないように警戒しながら食べなければならないが、今日は味わってだべられそうだ。
「いや、そんな山賊みたいに奪ったことありませんよ」
「ものすごく欲しそうな目で私たちの精神を抉ってくる」
「目だけで寄越さなければ殺すぞって言えるのは強いと思うぞ」
どうやらアオイの目はアオイの知らない所でよく喋るようだ。
そして3人で同時に食べ始めて、同時に食べ終わりました。
ゆっくり味わったメイたちよりも味わいながら3倍の速度で食べ終わったアオイの口はブラックホールに繋がってるみたいです。
「旅人さんはどれくらい滞在するんですか?」
「明日に出ていくぞ」
「早いですね」
「せっかちなものでな」
受付嬢にお礼を言って部屋に戻る。
先に戻っていたアオイがベッドにダイブ。一瞬で亀になる。
「どうしますか?」
「なに? 亀さん」
「この国は眠らないみたいですけど、徹夜しますか?」
マインがほんのちょっと悩んで、すぐにアオイの隣目掛けてダイブする。
「眠いから、や」
「そうですね。寝ましょうか」
布団を被ったとき、タイミングよく、メイが帰ってくる。
「あ、ちょうどいい所に。電気消して貰えますか?」
「もう寝るのか?」
「眠そうな顔ばっかり見てて眠くなりました」
「アオイらしいな」
3人で仲良く眠り、メイ、マイン、アオイの順に起きる。
いや、まだアオイは起きてないな。
「マインー、アオイ起こしてくれ」
「ん、分かった」
マインが手にフライパンを持ってアオイの頭を高速で10回ほど殴る。
「ん、うみゅぅ」
「あ、起きた」
天使のアオイはこんなことでは傷つかず、衝撃だけが脳に伝わる。
よっぽど眠りが深いのか毎日こんなことをしないと起きないのだ。おそらく、天使になる前から寝起きが悪いのだろう。
「むー、もう朝ですか?」
「うん、おはよう、アオイ」
さっき叩くのに使っていたフライパンはアオイが目覚める前にしまっており、アオイからすれば揺さぶられて起きたことになる。
「メイも、おはようこざいます」
「おはよう、と言っても昼に近い朝ではあるがな」
「そんなこと言ってー、寝かしてくれるんだからメイは優しいですね」
なんだかんだ言って甘々な勇者様の支度を手伝う。
「さて昼ごはんを貰って出発ですね」
「お弁当なら積んできた」
「ま、マインは仕事が早いですね」
残りの荷物を馬車に乗っけて、街を出る。
「旅人さん、早い出発ですね。楽しめましたか?」
「ああ、随分と特色のある街だった」
どこを見ても真っ赤な目の街を思い出して、ふと、気づく。
「あなたは、よく寝ているようだな」
「ええ、徹夜でできる仕事ではありませんから。3人で交代しながらの仕事ですよ」
しっかりと寝て、休息を撮ってから仕事する。そんな普通はここでは異常。ここでの常識は「人間とは寝ないもの」だから。
「あの中で犯罪が極端に少ない理由知っていますか?」
「常に起きていて、誰かの目があるからって聞いてるが」
「それは中で考えられている俗説。実際はもっと複雑です」
「複雑?」
「生まれた時からずっと、みんなが寝ないから犯罪を犯してもすぐに見つかるって教えられる。そのために犯罪を起こしそうになっても、立ち止まるんです」
「ん、騎士の前では悪いことしたく無くなるみたいに?」
「そうです。だからあの街では犯罪が起きない」
それは、一種の洗脳だ。子供の頃からの教育により、世間の常識により、疑いを持つことすらしなくなる。
話したいことは話したのか、1つため息をついてマニュアル通りの笑顔を作る。
「では、また会える時まで」
眠らない街を後にして、道を次の街に向かって進んでいく。
「『もしかしたらあなた達の故郷でも、絶対だと洗脳されてるものがあるかもしれ知れませんね』って、怖いこと言いますよね」
「だけど、正論でもあるな」
御者を代わってもらったマインが窓枠に顔を乗せる。
「けっきょく、私たちがおかしいのかどうか、私たちにはわからないからこれでいいと思う」
「そうですね」