先輩めちゃくちゃ考えてません?
僕の手札は、ゴキブリ二枚、ネズミ三枚、コウモリ二枚、カエル二枚、クモ四枚、サソリ二枚と偏っていた。
ささっとカードを整えてから考える。
この手札から見ると、クモはライダー、マオ、しゃちょーにそれぞれ四枚持っている。
そしてカメムシ、ハエが三人合わせて八枚ずつあることになるわけだ……。
「……じゃあ、はじめの親決めますか。じゃんけんでいいですか?」
「構いませんよ」
「俺もです」
「うん」
僕達が拳を握ったのを確認したマオはじゃんけんと、呼びかけた。
僕と、ライダーはパーで、残りの二人がチョキ。
そして、一番最初の親がしゃちょーになった。
「じゃあ、はじめに……マオさん、『これはカメムシです』」
しゃちょーはマオに向けてカードを一枚押し付ける。マオは押し付けてきたカードをめくり、確認をした後ニヤリと笑った。なーるほどね、という表情だった。
なぜ笑うのだろう? と考えていると彼女はカードを伏せて僕の前に置いた。
「タケル先輩、『これはカメムシです』」
「……」
嘘くさく感じる。
しゃちょーからマオに対してカメムシで、マオから僕に向けてもカメムシ。
もし、しゃちょーの言っていることが本当であるならばマオのカメムシの発言は本当である。
しかしマオは無表情ではなく、ニヤリと笑いながら僕にカメムシと宣言した。
つまり、このカードはカメムシではないのに、カメムシといった可能性もあるということになる。というか、しゃちょーが嘘つきだということにもなるわけだ。
なぜ、しゃちょーからマオに手が渡り、マオが確認した瞬間笑ったのか。それは……。
「……タケル先輩めちゃくちゃ考えてません?」
「うるさい……」
「いやいや、初手から考えなくても……」
「静かにしてくれ、考えてるから」
たしかに最初の一枚目、誰もカードを背負っていない。
ならそのまま流してしまってもいいのではないのか?
しかし、ゲームとは博打のようなものだ。
パチンコも、スロットも、確率を考えられて作られたもの。目の前にあるのは六十四枚の内の一枚。八分の一の確率で正解。逆に言えば八分の七の確率でハズレということだ。
僕はそういう考えから伏せられているカードに手を伸ばし……カードをめくった。
「『これはカメムシではない』!」
そこに描かれていたのは緑色の虫。カメムシだった。
つまり、マオは嘘をついていない。しゃちょーもついていない。
騙された……という気持ちで僕はため息を漏らして表向きに置いた。
記念すべき一枚目はカメムシ……ぷーんとカメムシ特有の匂いを想像した。
「タケル先輩。少しは後輩の言うことを信じたらどうですか?」
「……うるさいな……」
ニヤニヤと笑うマオの頬をつまみ上げたくなる。
「そもそも、先輩って人を信用してなさすぎですよね」
どうしてですか? と彼女は尋ねてくる。
「そりゃまぁ、人間強度が下がるからだよ」
「アニメのネタの話をしても先輩面白くないですよ。不相応です」
「まぁまぁ、マオさん。そう言わずに……タケルくん。このゲームを確率で当てるゲームとか思っていないかい?」
「えぇ、まぁ……」
「今のはマオさんが君を陥れるためにやったブラフとか思わないのか?」
「それに騙されたんですよ」
僕は思わず悔しそうな顔をした。
もし僕があっていればアドバンテージを取れたのだから。
「しゃちょーだって悔しくありません? こいつだけには勝ちたいって」
「俺はボードゲームで死ぬなら本望だ」
「……?」
え? いまなんて言いました?
しゃちょーが少し恥ずかしそうな表情をし鼻の下を擦った。
「なるほどね……わかったよ。今度は君の番だ」
「……?」
しゃちょーが僕にそう促す。
僕は気を取り直し、手札から一枚伏せライダーの前へと送った。
「これは、コウモリです」
◆
ゲームを始めて十分が経過した。
途中経過は……。
僕、ゴキブリ二枚、コウモリ一枚、カエル二枚、カメムシ一枚。
しゃちょー、ネズミ二枚、コウモリ一枚、ハエ一枚、カエル一枚、カメムシ一枚。
ライダー、ゴキブリ一枚、ハエ二枚、カエル一枚、サソリ二枚、カメムシ二枚。
そしてマオ、ゴキブリ一枚、ネズミ二枚、コウモリ一枚、サソリ一枚。
とみんなバラバラになっていた。
というか、誰一人クモを出していないあたり何かしらの悪意があるように感じる。
僕はあたりを警戒しながらライダーとしゃちょーを様子見するが、何かを企んでいるような顔をしていない。
純粋にゲームを楽しんでいる顔だ。
やはり、疑り深いのはこいつだ……。
目の前にちょこんと座っている少女のようなやつ。
外見で侮ってはいけない。
こいつは誰よりも計算高い巧妙な罠を貼る悪魔だ。
僕が向ける視線に気づいたのかバッチリと視線があう。
「どうかしたんですか? タケル先輩。そんなに見つめられちゃうと恥ずかしいです」
きゃっと、女の子らしい反応を見せてくる。
「クモ誰も出してないよなぁって思って……」
「そう言えばそうですね……」
ライダーが誰もクモを出していないことに反応した。
回数でいうと、二十五回。一番親になっているのはライダー六回。
六十四枚のカードを四人に全員配っているのだから、一人につき十六枚配られている。
全体的にみて、みんな五回は親になっているのだからクモが圧迫し出しているはずだ。
何より僕がクモ四枚をずっと保持しているのだからそうに違いない。
「親は私ですね。タケル君。『これはカエルです』」
「……」
僕はちらりとカードをめくるとゴキブリだった。
他人のカードの状況を整理する。しゃちょーはゴキブリを一枚も持っていない。そしてマオはゴキブリを一枚だけ持っている。
つまり、カエルだと信じるならマオだ。
一瞬だけ思考を回転させ、表情を一切変えずに僕はマオへと送る。
「『これはゴキブリではありません』……だ」
「ほほー? 私に送り込んできましたか」
カエルからゴキブリ……。しかし、『カエルだ』から、『ゴキブリではない』という、偽が真逆の行動にマオは怪しんだ。
「お前は言ったよな。人を信じたらどうだと……」
「えぇ、まぁ言いましたね? それがどうしました?」
「たまには先輩の言うことを聞いてみたらどうだ? これはゴキブリではないと信じるなら流せばいいだろう?」
賭けだった。
人を信じるという発言をしたマオに、僕はそっくりそのまま言い返す。
人間というのは自分が言ったことを返されるとするという行動が多い。
しかし、こいつは違う。自分が言ったくせに守らない奴だ。
僕が、マオが言った発言を返せば……ゴキブリではないとマオは宣言する!
「……」
「うーん……どうしますかね……」
生唾を飲んだ。マオが伏せられたカードに手を伸ばす。
「ま、いっか……『これはゴキブリですね』」
にこりと、楽しそうに、冷酷に笑いながら彼女はひらりとめくる。めくられたカードはゴキブリだった。
いともたやすく、僕のブラフを看破した。
「なんで……」
「なんでって……先輩見え見えですから。スケスケのスケスケ。もはや何もかも見えるくらいです」
「それはどういう……」
「それはもうあれですよ! エロい大人が着ているネグリジェとか、ベビードールみたいなくらいにレースのような……スケスケ感満載な感じです!」
「……」
卑猥すぎるだろう。その発言。
ポタリと手の甲に汗が落ちた。それに気づいた僕は額を拭うと手が汗でびっしょりだった。
この部屋……クーラー切っていたのか? と思ったが、部屋は相変わらず冷えていた。
「タケル先輩……どうしますか?」
「どうするって何がだよ……」
マオはニヤニヤと笑いながら、僕の場に指をさした。
「先輩の場にゴキブリが三枚ですよ?」
「……!」
このゲームの敗北条件を思い出す。
同じ種類のカードが四枚揃ったら負け。
「先輩ピンチですね。どうするんですか?」
「……」
ひどく動揺した。マオを不利な状況に送り込んだつもりが……僕が追い込まれていた。
手札には、ゴキブリ二枚、ネズミ三枚、クモ四枚。
しまった。とおもわず舌打ちをしそうになった。
手札にはゴキブリが二枚存在する。そして場にあるのは五枚のゴキブリ……。
僕以外の手札に一人だけゴキブリが存在する……!
つまり僕がゴキブリと誰かに一言言えばすぐに嘘だとバレてしまう。
「……先輩? 大丈夫ですか?」
「……正直、全然大丈夫じゃない」
嘘ではなかった。
たかがボードゲームに何を言っているんだと思うが、されどボードゲーム……。負けることは男として悔しいのだ。
勝てる『糸口』を見つけなければ……!
……糸口……?
待て……糸口ならあるじゃないか……!
僕の脳内は凄まじい思考の本流が流れる。
勝てる算段を見つけた。
「……勝負はまだこれからだ……!」
僕はニヤリと笑う。
勝てない状況だからこそ、見える糸口がある。
「マオ……『これはゴキブリです』……!」
そう言って、僕は手札から一枚取り出すと、マオの前にカードを一枚思い切り叩きつける。
パァンと、景気のいい音がした。
「……ほう? 先輩どうかしたんですか? 頭いかれたんですか?」
「いや、なんかもうバカバカしくなってきてな……」
本当……俺は馬鹿だ。
一番ゴキブリを持っている可能性が高い奴にゴキブリと宣言していくんだからな……!
「……」
マオの顔から笑みが消える。不敵に笑う僕の姿を捉えていた。
さぁ、答えろ。答えた瞬間、最後のゴキブリの所有者だとわかるんだから……!
そうこれは罠だ……!
ピンチに陥っている者……背水の陣だからこそ、できる芸当……! 犯人探しができる!
マオは僕から伏せられたカードを見つめた。
さぁ、答えろ! ゴキブリか! ゴキブリじゃないか!
「よいしょっと……」
マオはちらりと伏せられたカードを見た。
これで僕は確信する。
マオは、ゴキブリを持っていない!
「ふむ、そういうことですか……」
マオはつまらなさそうに答えると、しゃちょーへと送る。
「しゃちょーさん。『これ、ゴキブリじゃない』です」
「……ふむ……じゃあ、これはゴキブリではありません」
しゃちょーは目の前に置かれている、伏せたカードをめくる。
そこに描かれていたのはクモだった。
そしてクモはマオの元へと置かれた。
この時、僕は背筋が凍るような違和感を覚えた。
目の前にいる彼女の体が大きく見える。
ぞわりとした恐怖を覚えた。ケンカを売る相手を間違えたと言わんばかりに。
「タケル先輩……『これはゴキブリです』よ?」
「っ……!?」
そして、僕の目の前に静かに置かれた一枚のカード。
彼女の真剣な眼差しが僕を……射殺さんとばかりに見つめていた。