エタった二人のその続き!
事故で亡くなったはずの彼女が、ネット小説投稿サイトでエタらせていた作品の更新を始めた件。
ホラーとかじゃないよ!
まずは稚拙を手に取ってくれてありがとう。
俺の名前は五條久賀、編集者だ。
知らない人はこれを期に覚えてもらえると大変嬉しく思う。
ああ、いや。やっぱり大丈夫だ。
俺なんかより覚えて欲しい新人作家の名前がたくさんあるからね。
さて、本来は編集の立場にいる俺が何故、こうして筆を執っているのか。
それは俺が実際に経験した奇妙な体験を、何かしらの形で残しておこうと思ったからだ。
おっと大丈夫、安心して。これは怖い話しじゃない。幽霊もお化けも殺人鬼も出て来ない。排水溝に潜んでいるピエロもホッケーマスクの殺人鬼も右に同じだ。たぶん?
で、話しは数年前、俺が大学2回生だった頃まで遡る。
あの頃、俺は割と真面目くんだった。
何より叶えたい夢があったからだ。
俺は編集者を志望していた。理由は単純、高校3年生の時に事故で亡くなった最愛の彼女、五条小梅が小説家を目指していたからだった。
亡くなった彼女の意志を継ぐ程、文才がなかった俺は、彼女と同じ夢を持つ人達を助けようと考えた。それが彼女を助けられなかった俺にできる、せめてもの罪滅ぼしだと、そう思ったんだ。
と、前置きはこの位にして、本題に入ろう。肩肘張らず、布団の中で横になりながら、気を楽にして読んで欲しい。
∞
その日の俺は、講義が休講になったため、自宅で録画していたドラマやアニメを見ていた。座って見ているだけとは言え、同じ姿勢を続けるのは疲れがたまる。キリの良いタイミングで席を立つ。俺がトイレから戻ってくると携帯端末にメッセージが届いている事に気がついた。
「ん?」
そして、携帯端末に送られて来たありえない通知に、俺は思わず目を擦った。
【プラム羊先生の《花と毒、君と恋》が更新されました!】
あり得ない。たった今通知が送られて来た配信元は、俺が登録しているネット小説を投稿、閲覧できる有名なウェブサイトである。プラム羊は死んだ彼女のハンドルネームで、作品名は彼女の未完の遺作……つまり彼女本人のアカウントでしか投稿できないはず小説が何故か更新されたのだという。
「誰だ?」
彼女の書く小説は、確かに設定が突飛でご都合主義なところもあるけれど、本人はいつだって本気で執筆していた。どうすれば読者が楽しめるか、どう表現すれば登場人物の心境に共感してもらえるのか、いつも頭を悩ませていた。
俺だって相談に乗ったこともあったし、閲覧数や評価も日に日に増えて、このまま続ければ書籍化だって夢じゃないと、俺は本気で思っていた。
けれど彼女は死んだ。子供を助けるために、車道に飛び出し、車に跳ねられた。俺の目の前で。
だから彼女の作品の更新は止まり、そのまま電子の海に沈んで忘れられて逝く。そのはずだった。
更新を楽しみにしていた人もいたはずだ。更新が止まり失望した人もいただろう。コメント欄が荒れた事もあった。けれど、だからと言って、別の誰かが横から掠め盗って許されるようなものではない。
「ゆ、ゆ、ゆ……許せん!!」
激情に駆られた俺は、作者のアカウント宛てにメッセージを送る。
【ヒサーカ:どなたか存じ上げませんが、更新を止めてください。あなたの行為は盗作です】
返信は驚く程早いスピードで返って来た。
【プラム羊:この物語は私が一生懸命考えたものです。似た作品が既に存在しているという事でしょうか?私も全てのタイトルを把握している訳ではありませんので、よく似た別物と考えて楽しんでいただければ幸いです】
なななんと!盗人猛々しいとは正にこの事!
【ヒサーカ:いや、あんた人のアカウント盗っただろ!恥ずかしくないのか!】
【プラム羊:誤解があるようですが、このアカウントは最初から今まで私のアカウントです。それでも納得できないのであれば、私の方では対処しかねる問題ですので、運営に通報してください】
怒りで頭が沸騰しそうになった俺は、それでも下唇を噛み締めて感情を押し殺した。このまま盗人の言うとおりにしてしまえば、それこそ奴の思う壷である。僕には彼女の作品を守護る義務がある。だから一度、下手に出てきちんとお願いをする事にした。
【ヒサーカ:そんな理由でこの小説が運営に削除されるのは我慢できません。この作品は俺の大切な恋人の最後の作品です。どうか、そのまま手をつけないでください】
祈るような姿勢で返信を待つ。携帯端末を握る手が汗で湿ってきた。そんな時だった。
【プラム羊:あの、もしかして、ひーくんですか?】
返信が着た。
そこに書かれていた内容に再度目を擦る。
ひーくんとは彼女が僕を呼ぶ時に使っていた愛称だ。友人も、家族さえも俺の事をひーくんとは呼ばない。
【ヒサーカ:俺は久賀です。もしかして、小梅のご家族の方でしょうか?】
もしかしたら、彼女の家族が娘の遺志を引き継ぐという強い志で、やり残した物語の続きを執筆しているのではないだろうか。彼女の家族であれば、過去に娘が付き合っていた男の愛称くらい、知っていてもおかしくはない。だとすれば、そこに口を挟もうとする俺こそが部外者なのかもしれない。
しかし、その悩みは結局、杞憂に終わる事となる。
【プラム羊:私は、五条小梅です。あなたは、ひーくんの幽霊さんですか?】
メッセージの送り主は、俺の彼女の名前をそのまま名乗ったのだから。
∞
その後、メッセージによる認識の擦り合わせをした所、どうやらプラム羊の中の人は、俺の彼女である【五条小梅】本人だという事が判明した。彼女と俺しか知り得ない情報をたくさん知っていたという事もあるが、更新された小説の続きを読んで、文体や表現の癖にストーリーの進展内容が正に小梅節全開だったため、詳しく話しを聞いてみようと思ったのだ。そうして交流を重ねた結果、俺達を取り巻く環境が、とても奇妙な事態になっている事を知る。
結論から言えば、この小説を更新している【五条小梅】は異世界人である。
異世界といっても魔法や魔物が出てくるあれではない。彼女のいる場所は、基本的には俺と同じ日本である。決定的に違う点はたった一つ。彼女のいる世界では、俺は死んでいるという事だ。
つまり、例の事故で死んだ犠牲者が、俺か彼女かで世界が分岐しており、その二つの世界をこのネット小説投稿サイトが繋いでいる、という事なのだ。
【プラム羊:ひーくんが死んでから私、小説を書くのが辛くなっちゃって。でもこの小説はひーくんに相談に乗ってもらいながら一緒に作り上げた宝物だから!だからちゃんと向き合って、終わらせて、それから中途半端な自分は卒業して、またやり直そうって思ったの】
【ヒサーカ:そうか!なんかめちゃくちゃな事になってるけど、そっちの俺は小梅を守れたんだな!もうマジでナイスだ俺!!】
【プラム羊:喜ぶなし!私もう、本当に毎晩毎晩泣いてたんだからね!昨日も!】
【ヒサーカ:すまん!でも、俺だって悲しかったんだからな!】
【プラム羊:うわぁ〜〜〜ん、ごめんなさぁぁいぃ!今でも愛してるよ、ひーくん!!】
「俺もだぁああああああぁぁぁーーーー!!」
ついリアルで叫んでしまった。
隣の部屋から壁を強打する音が響く。
「おっといかんいかん」
【ヒサーカ:俺も愛してます】
【プラム羊:私の方が愛してる!】
【ヒサーカ:俺の方がもっと愛してる!】
駄目だ。時空を超えてニヤついてしまう。なんだこれ、夢か!?超嬉しい!!空白期間の人恋しさを埋める様に、俺達のこんなやりとりは一晩中続いた。
∞
翌日、俺と小梅は昨晩のやりとりが夢でなかった事に安堵すると、どうしてこうなってしまったのかお互いに考察してみる事にした。どうにもスッキリしない事だらけの中、わずかだけれど、進展した事もあった。
どうやら異世界への連絡手段は小説投稿サイト内に限られる、という事だ。
メッセージアプリやフリーメール、電話では向こうの小梅に連絡する事ができなかった。向こうの世界に存在しているアカウントやアドレスに、こちらからアクセスする事が出来なかったのだ。つまりこれで、俺の持つ端末に特殊な機能がついている、という線はなくなった。
そうなると、肝になるのはこの小説投稿サイトだ。このウェブサイトのみがなんらかの原因で多次元を繋ぎ止めている特異点となっているとしか思えない。
【プラム羊:先週から連載を再開したこのお話はね、私とひーくんの出会いがモデルになっているの。だからひーくんが死んじゃった時、続きを書くのが辛くなっちゃったの。でも私ね、せめて物語の中では大好きなひーくんと結ばれたいなって思って、だから続きを投稿したんだ】
小梅……ええ娘や。小梅は可愛いから、新しい恋人を探すチャンスだってあっただろうに。それでも俺の事を想い続けてくれているなんて、胸が熱い気持ちでいっぱいだ。こんなにも好きなのに姿を見る事も声を聞く事もできない。次元が違くてやっぱ辛ぇ。しかし考え方によってはこの想いが次元を超えたと言えなくもない。
【ヒサーカ:もしかしたら、小梅の願望を文章にする事が鍵になって、世界が繋がったのかもしれないね】
【プラム羊:ひーくんが死ななかった世界を私が望んで、形にしたから、だからこうしてお話できてるって事?】
【ヒサーカ:あくまで希望的な仮説だけどな。世界5分前誕生説とか、胡蝶の夢とか。そっち系の可能性もあるかも。どっちだっていいけれど。このサイトを上手く活用できれば、もしかしたら俺の世界と小梅の世界をもっと深く繋ぐ事ができるんじゃないか?】
小梅が投稿している小説《花と毒、君と恋》は、特殊な体質(感情が昂ると体から毒が放出される)が原因で、自分の気持ちに素直になれないヒロインと、そんなヒロインを様々な障害から助けてくれる主人公が活躍する、という設定のボーイミーツガールな恋愛ストーリーだ。連載再開した最新話は、一度喧嘩して離ればなれになった二人が、メールを通じて再接近する、という内容だった。
細かい話しは別として、大まかな流れは今の俺達の状況と似ている、と言えなくもない。
【プラム羊:つまり、今後のストーリーで二人が再会すれば、私達も再会できるかもしれないって事?】
【ヒサーカ:可能性は0じゃない】
【プラム羊:たぶんだけど、難しいと思う。実は私も考えていた事があって】
小梅の話しを要約する。彼女が連載を再開したのは1週間前。その間に更新したのは3回。つまり3話更新した事になる。けれど、俺の元に更新通知が届いたのは3回目のみの事だった。では他の2回と最後の1回とでは何が違うのか。
【プラム羊:3回目はね、PV数や評価数が過去最高だったの】
つまり小梅の書く小説が、多くの読者に受け入れられた、という事だ。
【ヒサーカ:たくさんの読者が、この小説を読んで、登場人物である二人に幸せになってほしいと願った。そんな集団心理がネットの世界を歪めて次元を繋げた、って事か?】
【プラム羊:うん。でもね?ネットの世界を繋げるだけでもこんなに大変だったのに、二つの異なる現実世界を繋げるなんて、そんな小説……私、書ける自信がなくて】
確かに、上を見たら切りがない程面白い作品がこの世界には溢れている。書籍化だってされていない、つい最近までエタっていた恋愛ジャンルの小説が、今以上に評価を得る事は非常に困難だ。
けれど……。
【ヒサーカ:俺に任せろ!】
俺は彼女の書く小説を信じている。
最高に面白いって心の底から言える。
【ヒサーカ:俺だって何もやってこなかった訳じゃない!今のトレンドや過去の人気作品、たくさん読んで調べてた。だから、俺が小梅の編集者になって、小梅を導く!二人の未来を一緒に掴もう!】
それでも足りないのなら、俺がその足りない何かを埋めるだけだ!
【プラム羊:やっぱりひーくんはカッコいいなぁ。涙で画面がうまく見えないよ】
こうして二人の、ネット小説サイトを巻き込んだ壮大な恋路が、再び幕を上げた!
俺達の恋を、エタったままで終わらせられるかってんだ!
∞
さて、どうだったかな?俺の昔話は。
え?流石に法螺吹き過ぎ?
いやいや、でもまあ、そう思われても仕方ないかな。
で、続きがどうなったか気になるかい?
俺はプロの編集者になった。
夢を叶えた、つまりはそういう事だ。
今日はこの冊子を手に取ってくれたみんなにお願いがあるんだ。
新人作家の名前を一人、覚えてほしい。
彼女の名前は【九条小梅】。
彼女は今でも必死に悩みながら、俺の隣で小説を書いているんだよ。
なーんてね。
褒めたら伸びるで!