良い儲け話の噂
いつも飲みに来ている居酒屋で、木製のテーブルに拳を叩き付ける音が鳴る。
周囲で飲み食いしてる客達は、突然の出来事に反応しこちらに視線を送ってくる。
だが、そんな事など気にならない。今の俺は怒り心頭。
テーブルを叩きつけた犯人は俺だ。
対面には三塚の憎たらしい面。右手のテーブル越しには、新人があほ面でこっちのやり取りを見守っていた。
雰囲気は最悪?全部対面のこいつが悪い。
俺は再びその怒りの原因を口にする。
「てめぇ!!奢るとは言ったが限度があんだろうが!ちったぁ自重しろや!!」
目の前に出された会計のレシートは約2万円の記載。ざっけんな。俺ウィスキー2杯しか頼んでねぇ。
「まぁまぁ。払っても全然余裕なんだろ?シュン様よぉ。今までのお返しってことで大目に見るってとこでぇ。」
確かにいままでは逆の立場で、奢ってもらうのがほとんどみたいなものだった。だが思い出してみろ。全部1、2杯のウィスキーと一品物のつまみだったじゃねぇか。いつ誰が一回の会計でこんな金額飲み食いしたんだ。ああ、少なからず過去の記憶全部洗っても俺じゃねぇ。神に誓う。
こいつは気付けばかなりの量を飲み食いしてたみたいだ。危うく交通事故になりかけ、放心していたのをいいことにあれやこれやと注文し、気付けばこの有様。なんてこった。
「そんなことより、いい儲け話があるんだ。聞けよ。」
言うに事欠いたのか『そんな事』扱い。もうやけになってきた。
「まだ会計しねぇ!!生ひとつ!」
半ば八つ当たり気味に店員に言い放つ。
店員にレシートを返しつつ、三塚に向き直る。
「で、さぞやいい話なんだろうな?えぇ?」
自分でも意識すれば分かるほど青筋を立て、歯軋りするように言葉が出てきた。
少しも落ち着かん!!
「はは、そうカッカすんなって。…。で、原宿で広がってる、ある噂なんだけどよ?」
一口グラスを傾け話し始める三塚。
「あ?噂?そんな信憑性のねぇもんに耳傾ける程暇じゃねぇんだこっちは。てめぇのオツム腐っちまったか?」
少しは悪態ついてもバチは当たらんだろうと軽く煽るように言葉をぶつけてみる。
「いや、毎日博打打ってるお前さんは暇じゃないのかい?」
斬り返したつもりが返された。しかも的を射ている。見えない言葉の槍が刺さるのを感じた。
「俺は生活の為にやってんだ。仕事だ仕事。」
投げやり気味だが、実際これくらいしか返す言葉がない。暇つぶしで金になるから賭博に走る。ただそれだけだった。
「その生活に終止符を打つときが来たんだよ。俺はもうこの業界から足を洗うつもりさ。」
三塚のその顔はいつものにやけ顔ではあったが、その目は見たことがない『本気の』目だった。
その勢いというか迫力に押されたじろいでしまったが、なんとか口を開く。
「…っで?その噂ってのはどんなんだよ。つか、なんで俺に?」
その質問を待ってましたと言わんばかりの大仰な態度で示す三塚。運ばれてきたビールを仰ぎ人差し指を俺に向けてきた。
「お前さんにその資格があるからさ。」
言ってることが分からなかった。つか、そのビール俺のじゃねぇかコラ。
一気飲みでビールをさらに追加する三塚。
「お前さん。わけありの古着を高額で買い取る店。知ってるか?」
そんなことを口にする三塚。とりあえず突っ込みたいことはたくさんあるが、今現状の話を進めておく。
「知らんな。わけありってのは何だ。金でも編みこんであんのか?」
「だと思うだろ?違うんだよ。『ツクモ』って精霊様の宿る服がそうなんだとよ。」
聞きなれない言葉と言うか単語と言うか、正直突然のファンタジー要素に面食らったといっても過言ではないだろう。
「ツクモ?あ?セイレイサマァ??」
疑問系で反芻したくもなるだろう。そんな宗教のような勧誘に誰が引っかかるか。
あまりにも突拍子のない話に呆れてしまった。
「……どっか打ったか?」
かろうじて口から出た言葉はそんな言葉だった。
三塚は顔色ひとつ変えず、話を続けようとする。
ああ、やめだやめだ。
とうとう夢見すぎておかしくなっちまったんだろうと、俺は呆れてモノが言えなかった。
次の瞬間に奴があの時の事を言わなければ、俺は金だけおいて帰ったことだろう。
「お前、さっき一度死にそうになったよな?」
一瞬の間の後、一気に思考が冴えてくる。
あの時の困惑の答えが目の前にある。こいつがそれを知っている?
俺は無言で頷き、続きを促すように三塚を見る。
「それが、ツクモの力だよ。宿主を守るのがツクモの役目。そしてお前さんが着ているその服が、高めに売れる噂の品さ。精霊の宿った服は高額で売れる。ま、モノにもよるんだけどな。」
今日は何度放心したか。何も言えなくなった俺を尻目に、三塚は追加でビールを注文した。時刻は深夜の1時を過ぎたところで、ラストオーダーのようだ。
「まぁ、詳しいことは、ここで聞いてくれ。とりあえず、最後に飲んでおこうぜ。今日はいろんな意味でお祝いだ。」
そういってしわくちゃの紙切れを俺に渡してくる。不思議とその紙切れに目がいってしまう。
いろいろと言いたいことはあるが、これだけは言わなければいけない。ああ、このときのこの瞬間だからこそ、今の俺にこそその資格はある。
ふっと一息ついてから俺は叫んだ。
「そのお祝いは俺の支払いだろうけどな!!!」
三塚は笑いながら追加のビールを仰ぐのだった。