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青嵐の魔女  作者: 山下ひよ
6/9

戦闘準備

今回は男子回ですね。

女子会のような男三人のコイバナ、書いてて楽しかったです(笑)

 大魔法使いグランの協力を得られなかったというレイザンの報告は、王を落胆させたが、レイザンの考え通り「やはりそうか」といったものだった。

 大魔法使いなしでの戦の作戦はほぼ完成しており、帰還したレイザンはすぐさま軍会議に出席し、その内容を把握した。魔法に長けた緑蓮国は大敵だが、勝ち目が無いわけでは決してない。魔法使いの数は圧倒的に少ないが、兵士達の実力や最新の投石機の導入等により、軍事の面ではかなりの戦力を持っている。それを存分に生かす。

 また、魔法は発動するまでに呪文の詠唱や魔法陣の構築など、かなりの準備や時間を要するものが多い。そして魔法使い達の体力や魔力が尽きることも弱点の一つだ。緑蓮ももちろん対策はしているだろうが、こちらも出来ることをするだけだ。

 それからは、国王始めレイザンや他の将校達、軍人はもちろん城中の人々が多忙を極めた。

 そのような忙しさの中でもレイザンは、ふと時間が空けばルーチェを思い出した。あれから何も言わず森を出たが、やはり心配だった。あの日記の内容や彼女の日々の発言から、レイザンはあることに気が付いていた。

 ルーチェは、死にたがっていた。果てしなく永い時を孤独に過ごし、しかし呪いのために死ぬことも出来ない。あれほどに死を切望する人間を、レイザンは他に知らない。

 だがレイザンは、ルーチェに死んでほしくなかった。あんな風に孤独に、死んでほしくないのだ。


 仕事をしていない間は、ぼうっと考え事をしているレイザンを、心配している者もいた。レイザンと同じ国軍将校、中将のゼンリとフィルローだ。階級こそレイザンより下だが、ゼンリは二十八歳、フィルローは二十五歳と、年齢が近く仲が良い。そんな二人が、レイザンの変化に気がつかないはずがない。

 二人はとうとう、レイザンから聞き出すことを決意した。レイザンに限って、悩み事が原因でこれからの戦に支障を来すことはないとは思うが、友人としても気にかかる。

 城内にある使用人の休憩室に、レイザンはいた。本来は城の召し使いや従僕達が使用している場所だが、あまり立場にこだわらないレイザン達は広いし便利だから、という理由でよく利用している。従僕達も、普段は気さくに口を聞くことも憚られる身分の将校達と言葉を交わせる機会を楽しみにしていたりする。

 しかし、ゼンリとフィルローがそこでレイザンを見つけた時、従僕達は忙しいのか、レイザン以外には誰もいなかった。

 レイザンは椅子に座り、背もたれに体を預けてぼうっと窓の外の風景を見つめていた。目の前の机には飲み物の入ったゴブレットが置かれているが、手はつけていないようだ。

 ゼンリ達は努めて明るく、レイザンに声をかけた。

「おうレイ。休憩中か?」

 レイザンは驚いたように目を瞬かせ、そこに二人がいることに気がつき振り向いた。

「ああ、ゼンリさん。フィルも一緒?」

「おう。何だレイ辛気くさい顔して。それ飲まないならくれよ」

「ちょっとゼンリさん。自分で淹れようよそれくらい。レイさんお疲れー。大丈夫?」

 フィルローの、心配そうなその視線に、レイザンは不思議そうに首を傾げる。

「何が? そりゃちょっと疲れてはいるけど、戦の前なら普通だろ」

 本気でよくわかっていないようなその口振りに、ゼンリは大きなため息をついてレイザンの向かいに腰を下ろした。フィルローは二人分の飲み物を用意してその隣に座る。

 ゼンリはレイザンの方にぐっと身を乗り出すと、いきなり核心をついた。

「お前、『隠者の森』で何かあった?」

「え、何かって何?」

 その気の抜けたような返答に、ゼンリは脱力した。そこをフィルローがすかさずフォローに入る。

「いや、帰ってきてからレイさん、ぼうっとしてること多いからさ。恋煩いじゃあないかと思って」

 冗談めかして言ったフィルローの言葉に、ゴブレットを口に付けながら訝しげに話を聞いていたレイザンは、思いきり吹いた。さらに気管に入ったらしくごほごほと咳き込む。明らかに動揺した様子で目の前の友人を見やるレイザンは、何故か耳まで真っ赤になっていた。

「な、何言い出すんだ!」

 レイザンにはそう言ったが、二人はその変化を呆然と見つめていた。

「え、まさか本当にそうなの?」

「おいおいマジか。『隠者の森』で知り合う訳はないし、まさかお前グラン殿のとこ行かずにどこぞの村で油売ってたんじゃないだろうな」

「そんな訳あるか!」

 あらぬ疑いをかけられたレイザンは即座に言い返し、本気で言ったつもりもないゼンリも「そうだよな」とすぐに詫びる。

「でもそれじゃあ、どこで知り合ったんだよ」

「それに、今までそういうの全然興味なかったのに、一体どういう人が相手なの」

 二人とも興味深々だ。この二人は既に結婚している。さらにゼンリには二人、フィルローには一人、子どももいる。所帯を持とうとしないレイザンを、気にかけていたのである。

 レイザンはそんな二人に、恋煩いではないと言おうとしたが、結局否定できなかった。

「どうなんだろう。俺、やっぱり好きなのかな」

 レイザンとしては、心配だ、目が離せないという思いが強いのだが、これは恋情とは言えるのだろうか。

 そんなレイザンの呟きに、ゼンリとフィルローは顔を見合わせた。これまで女というものを遠ざけてきたレイザンに、恋の悩みとは。俄然興味が湧く。

 レイザンは、とうとう打ち明ける気になったようだ。

「その、目が離せないというか、当然しっかりしてるし。…でも、心配で仕方がない。俺に心配されるのはきっとものすごく不本意だと思うんだけど、だってすごい年上だし」

「え、年上なんだ?」

「マジで。いくつくらい上なんだ?」

 レイザンが二十六だから結構…と失礼なことを考えていた二人は、レイザンの次の言葉に固まった。

「いくつって…。あの大魔法使いだからさ、百数十歳は確実に」

 そこは問題ではないとでもいうようにさらりとそう言うレイザンを、二人は信じられないものを見るような目で見つめる。

 先に立ち直ったのはレイザンだった。

「え、ちょっと待て。整理させろ。相手って、グラン殿?」

「相手と言うほど相手にされてないけど、うん、まあ」

 フィルローは、レイザンの肩をぽんと叩いた。

「あー、何だか納得した。だから今まで結婚しなかったんだね、レイさん」

「え、何に納得したのお前」

「いやいや、いいんだ。俺は別にレイさんがどんな趣味でも全く気にしないから!」

 ゼンリも乗っかった。

「そうだな。それはそれでいいと思うぜ。まあ、相手がグラン殿ってのは何つうか、高嶺の花っつうか、難しいとは思うけどな。それは時間が解決してくれると思うし」

「ちょ、ちょっと待って。二人とも、それ何の結論」

 しかしそれには二人は答えず、何だかいい笑顔でレイザンを見つめている。レイザンは、自分が二人に対して何か間違った事を言ってしまったような気がしたが、それが何かということに気がつく前に、二人は立ち上がる。

「さて、そろそろ仕事に戻るかな。お前も戻れよ」

「また後でねー。レイさん」

 そして、さっさと部屋を出ていってしまった。

 レイザンはそんな友人達を、ぽかんと見つめていた。

「あれ? 俺なんか、勘違いされてる気がする…」


 そう、二人は誤解していた。

 レイザンは、二人に肝心の事を話してしなかったのである。


 廊下を歩いているゼンリとフィルローは、複雑な表情をしていた。

「まさかあいつ、男が好きだったとは…」

「しかもお爺ちゃんだよね。何か変な術とかかけられたんじゃ…」


 最初にレイザンがグランを男だと思っていたように、青嵐の国民のほとんどがグランの性別を知らない。それは二人も例外ではなかったのである。


 そして、そんな誤解を解く機会に恵まれないまま、戦が始まった。



 『隠者の森』にある小さな家、その一室で、ルーチェは魔法陣の中に一糸纏わぬ姿で立っていた。

 その魔法陣は、レイザンに頼んだ刺繍と同じものだ。そして、手に持っていたその刺繍された布を、ルーチェは肩から羽織る。すると、刺繍の魔法陣はちょうどルーチェの背中の辺りに来た。

 ルーチェは大きく息をつくと、よく通る声で歌うように呪文を唱え始めた。足元と背中の魔法陣が赤く輝く。その熱を肌で感じながら、静かに目を閉じた。

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