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黒甲のベリサリウス   作者: あきなん
2/2

1.甲機

学生が集まる学舎。

今は昼休みなのだろう少年少女の喧騒があちこちで聞こえる。

その喧騒が一際高く聞こえる場所があった。

そこは400mトラック大の敷地を強化石材の観客席で囲んだスタジアム。

さながら古のコロシアムを思わせるその建物の観客席には多くの学生が詰めかけていた。

そのスタジアム中央では二つの巨大な人形(ヒトガタ)が文字通り火花を散らしていた。

その人形は全高5~6mはあり、全体的にガッシリした輪郭で、人間のフォルムをモデルにしているのが分かる。

金属の身体に仄かに油の匂いが香る。

1体は青色、もう1体は灰色だ。

大昔であれば巨大ロボットとか機動戦士とでも呼ばれていただろうと思われるそれらはまるで人間同士の動きのように流麗に動く。

2つの巨大人形が動く様は圧巻の一言に尽きる。


それを観客席の最後列で気だるそうに見ている男子生徒がいた。

身長は180にとどかないくらいで体格は細身に見える。

顔の造形は平均よりは高いだろうか。

つまらなそうに巨大人形の激闘を眺めている。

歓声を上げ、興奮している周りの学生とは正反対の彼の態度は浮いている。

その事は彼自身がよく分かっていたが、彼にもこの場にいなければならない理由があった。

その理由を改めて思い出し、深くため息を吐く。


彼の名は篠川隆信(しのかわ たかのぶ)という。

この学舎、私立霜月(しもつき)学園高等部に通う二年生である。



ふと、激しく応酬していた2体の内青色の機体が、にわかに間合いを取る。

その動きに灰色の機体は仕切り直しかと一瞬気を抜いた。

その瞬間、青色の機体は高速で間合いを詰める。

灰色の機体も周りのギャラリーも2体が衝突すると思った。

それほどその動きは性急で予想外であった。

しかし、その予想は裏切られた。

青色の機体は衝突する寸前で地を滑るように灰色の機体の側面に回り込むと右手に持っていた短銃型のレーザーポインタを相手の脇腹に押し付ける。


『状況終了、ブルーの勝利です。』


スタジアム内に放送音が鳴り響く。

瞬間、観客席から爆発的に歓声が上がる。

数百名の人の歓声はスタジアムを大きく揺らす。

気だるそうにしていた男子生徒は微妙に顔をしかめる。

その渋面は歓声に対するものではない。

歓声に応えるように観客席に向かって大きく片腕を挙げる青色の機体の視線の先に、自分が映っているのが明確に分かったからだ。

面倒くさいことになりそうなのは簡単に予想できた。

いっそこのまま観衆に紛れて逃げてしまおうか。

そう考えてすぐにその考えを否定する。

それは問題の解決を先延ばしにするだけで面倒を数倍にするだけだと確信したからだ。






『巨大人型兵器は無用の長物』と兵器としての運用は不可能であると定義されてから2世紀ほど経った25年前の極東の雄・日本の財閥系『月城重工業株式会社』が人類史上初の巨大人型兵器を開発した。


『機動装甲人型汎用機』


それが巨大人型兵器の正式名称であるが、いかんせん名前が長いからか正式名称で呼ばれることはほとんどなかった。

専らその巨大人型兵器は『甲機(こうき)』と呼ばれた。

しかし、それでも巨大人型兵器無用論が覆ることはなかった。

当時開発されたばかりの甲機は機体の全高が10m、戦車以上の装甲と既存の重火器を改良した物を装備していたことから酷く鈍重で機動性が著しく低かった。

これならば既存の戦車やヘリを改良した方がコスト的にも戦力的にも優秀でわざわざ巨大人型兵器など使うのは馬鹿げた選択だと当時の軍関係者も研究・開発関係者も口を揃えて言っていた。

鈍重で敵の火力に常に曝されることから硬い装甲に覆われていても撃破されるのは必至で、悪路にあっても自重で身動きがとれなくなったりして行軍にも支障を来すので兵器としては欠陥品と言わざるを得なかった。

しかし、甲機は人型であることから細かな作業が得意であり、災害現場の救出作業や土木作業は既存の重機類よりも優れていた。

開発者の意思に反して甲機は兵器ではなく次代の重機としての注目を浴びるようになっていた。

もし、このまま何もなければ甲機は兵器として日の目を見ることはなかったであろう。

しかし、その現状は急転することになる。

開発元である月城重工からのてこ入れで日本陸軍からテストパイロット兼開発監修という名目で若手将校数名が『月城重工業機動装甲人型汎用機開発研究室』通称『甲機研』に出向することになったのだ。

それは日本軍に大量の兵器を提供している月城重工への配慮からの妥協案ではあったのだがその妥協が日本軍のひいては世界の軍事の行き先を決定づけたことは今世紀最大の皮肉であり神の壮大な悪戯であったと言われている。

遅滞し、閉塞的になっていた甲機開発はこれで息を吹き返すことになる。

そこで最も甲機開発に貢献し、その後の甲機の兵器としての在り方を決定づけた人物がいた。

秋山信之(あきやまのぶゆき)陸軍中尉その人である。

弱冠25歳の彼がメインテストパイロットとして、甲機の改良を主導していく。

一番の主題は甲機の機動性の向上であった。

鈍重と言われる主因となった装甲の排除及び軽量化、武装の既存兵器の流用を無くし、甲機が使用することを念頭においた兵器の開発。

全高10mの機体を全高5mへ縮小し、機体のコンパクト化を図った。

その他、細かく挙げれば切りがないが、大まかに言えばこの三点を改善するだけで他の問題点も自ずと改善されていった。

甲機開発から5年で改良と改善がなされた甲機は現代の甲機のスタンダード規格に至った。

そして、折しも隣国中華連邦共和国との第二次極東戦争により実戦投入された甲機の活躍によって巨大人型兵器の有用性が証明されたことにより世界の兵器開発は大きな転換期を迎えた。

即ち、巨大人型兵器の軍事運用化の促進という名の世界軍事改革と呼ばれる時代の始まりであった。

その改革は人々の生活も一変させた。


甲機の操縦システム『ツクヨミ』の一般化と普及である。


月城重工は政府と軍に対し、甲機パイロットの早期確保と操縦レベルの底上げのために民間や教育機関への操縦システムの貸借を求めた。

中華連邦共和国との戦争により隣国の脅威論が過熱し、政府や軍も甲機の安定運用は急務であると理解していたため甲機法案の制定は速やかに進められた。

問題は世論の反応であったが、中華連邦との戦争により、対馬及び九州北部の人的・物的被害が甚大であったこともあり、甲機法案の早期の施行を叫ぶ声が多かった。

甲機法案は速やかに制定・可決され、甲機操縦システム『ツクヨミ』は月城重工及び軍が管理・運営し、民間や教育機関へ貸し与えられることになった。

現在は教育機関はもちろん、ゲームセンターにも設置され、一般市民に馴染み深いものになった。

その成果は、現在の10~20代の若者の約6割が甲機の実機を問題なく操縦できるようになるまでになった。

また、甲機が軍事面だけでなく多様な方面で使用され始めたことも普及に一役かった。

先でも述べた重機としての使い道からスポーツ競技でも使用され始め、社会的な需要が大きく増した。

甲機が開発されて30年足らずの内に甲機は市民生活に深く根差し、甲機を巧みに操縦できる者が社会的に高い評価を受けるようになった。

甲機は世界的に大きな変化をもたらした、と後の歴史家が記すのは規定であろう。

その大きく変化した世界で人々は時に翻弄されながらもその発展を享受していた。





スタジアム屋外の緑地エリアという名の林の中で隆信は、待ちぼうけをしていた。

学園の昼休みが終わるまで幾ばくも時間がない。

隆信としては次の授業の準備をしつつ、ゆっくりとコーヒーブレイクと洒落こみたいところだが、待ち合わせの約束という名の強制命令を受けている身としてはそんなささやかな願いも叶えられない。



「篠川君!」


淑やかでいて快活な声が響く。

振り返れば艶やかな黒髪をなびかせた美少女が駆けてくる。

身長は隆信の頭一つ分低く、髪は肩まで伸ばしている。

待ち人来たると喜ぶべきか、悩みの種が舞い降りたと嘆くべきか。

隆信の葛藤を知る由もなく、その美少女は不敵にニヤリと笑う。

まるで世紀の大博打に勝ったかのような不敵さだ。


「タイムは?」


「…1分30秒。」


「良かった。タイムを誤魔化されたらどうしようかと思ってたから。」


その言葉に隆信は口角を歪める。

そんなことをすれば痛いしっぺ返しを食らうのは自分であろう。

この少女は、それを予め想定して理論武装を整えているだろうことは百も承知している。

ぐうの音も出ない隆信を見て少女は勝ち誇った笑みを絶やさない。

この美少女の名前は佐崎美波(ささき みなみ)隆信のクラスメイトであり、中等部二年からの腐れ縁だ。

中等部時代から何かと隆信に世話を焼いていた彼女だが高等部に上がってからはそれがより顕著になってきている。

今回の甲機の模擬戦での賭けもその世話という名のお節介がそもそもの発端である。


『甲機模擬戦ランキング学年2位の相手に2分以内で勝利すること』


それが美波が隆信に提案した賭けの内容だ。

何故学年1位が相手ではないかと言えば美波こそ

が学年1位であり、学園内総合1位であるからだ。

隆信にしても分の悪い賭けだとは思ったのだが、美波があまりにしつこい…もとい熱心だったことから渋々賭けを受けた形だ。

隆信としては6:4くらいで美波が時間内に勝つと予想していただけになかなかに悔しく思っていた。

賭けの報酬は隆信の『甲機機動部』への加入である。

美波が負ければ隆信の言うことを何でも一つ聞く、但し美波が嫌と言ったら無効。

なんじゃそりゃ、と思わず隆信が取り乱したのを誰も咎める者はいないだろう。

甲機機動部とはその名の通り甲機の実機を用いて実戦さながらの模擬戦を行う部活動である。

高等部の全国大会もあり、そこで上位入賞すれば軍やプロリーグからお呼びがかかる場合が多く、将来甲機に関わる職種を望む者にとっては絶好のアピールの場になる。

美波は中等部時代に甲機機動部の全国大会で近距離戦闘部門個人の部で2位の実力の持ち主で昨年の全国大会でも1年生ながらベスト8に入賞している。

霜月学園の甲機機動部は強豪というわけではない。

どちらかと言えば弱小校で、全国大会には美波以外の者は誰も行っていない。


「俺が入部しても仕方ないだろ。佐崎も俺のスコアは知っているだろ?」


校内シュミレーターランキングにおいて隆信は下位にいる。

甲機の実機が10体に満たない霜月学園において甲機の実技試験は甲機シュミレーターで行われている。

実機の使用優先順位はこのシュミレーターランキングで上位の者が優先される。

それは甲機機動部においても例外ではない。

シュミレーターランキング上位でなければ甲機機動部員であっても実機に乗ることはできない。

というよりシュミレーターランキング上位者が甲機機動部に入部しており、実質ランキング上位者でなければ入部できないというのが不文律となっている。


「スコアがどうあれ甲機に乗れることだけが甲機機動部に入れる条件ではないというのが私の持論よ。あなたには甲機に対する知識があるじゃない。」


確かに隆信は実技の成績は悪いが、甲機機動学の筆記科目は上位である。


「筆記が上位でもやれることは限られる。甲機は座学より実戦、というのが常識であり俺もそれが正しいと思っている。」


「パイロットじゃなくてオペレーターとして貢献している人もいるでしょ?篠川君はオペレーターとして機動部に貢献できると私は確信してるわ。」


自信満々な様子の美波に隆信は面倒くさいことになったと顔をしかめる。

何時だったか、美波が自分の適性に一番合う甲機は何かと聞いてきたことがあった。

美波にとっては隆信との会話の話題として聞いたつもりだったのだろうが、その問いに隆信は真面目に答えてしまった。

それ以来美波は隆信を甲機機動部に入部させようと躍起になりだした。

正に口は災いのもとを身をもって実感したのだった。


「自信満々に言ってもらってなんだが、何故そこまで俺に構う?自分で言うのもなんだが俺ほど面白味のない人間もいないと思うんだが。」


「そんなの私が…うぅん、なんでもない。」


隆信の問いに美波の声はしりすぼみに小さくなる。

隆信も鈍感ではないから美波が自分に好意を持っていることは理解していた。

だが、美波が自分のどこに好意を抱いているのかは分からない。

中等部からこの関係は変わらないが、別段特別な何かが二人の間であったかと言われれば隆信に思いあたることはない。


黙った美波に隆信は軽く微笑み、頭にポンと手を置く。


「昼休みも終わりそうだ。そろそろ行かないと授業に遅れるぞ。」


そう言うとゆっくりと歩み始める。


「〜〜〜〜〜〜!」


後ろで小さく何かを呟く声が聞こえた。

ハッキリとは聞き取れないが、その声音には喜色の色が浮かんでいたように隆信には思えた。


駆け出す音がしたかと思ったら、隆信の背中が軽く小突かれる。


「ホントズルい人!」


その言葉とは裏腹に美波の表情は喜色に満ちていた。

隆信も思わず表情が綻ぶのを感じた。

我ながら何とも簡単な性分だなと自嘲するが、それもたまには良いかなと思う。




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