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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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アイリンの思案

七章、アイリンの思案



 「……まだ、実感がありません」

エンリケは向かいに座っているアイリンに打ち明けた。ある日の授業のことである。

 確かにあれから魔力の暴走は収まった気がする。この数日、屋敷の者は例の「どかーん!」だの「ばーん!」だのを聞いていない。カフカ家に平和が訪れた。

「……ふむ。だが、魔力の音は聞こえるようになっただろう?」

「えっと、はい」

エンリケが耳を澄ませば、身体の内側から手足の先にいたるまで、あらゆるところを巡っている魔力の音を聞くことができる。まるで川のせせらぎのようだ。この身を満たしている力の源。時に雨だれのように静かになったり、バケツをひっくり返すように激しくなったりするが、今や集中すれば元の穏やかな音に安定させられた。

「魔力を掌握したからと言って、劇的に変化が訪れるわけではない。そんなものだ」

アイリンは実に淡白だ。

「そう、ですか……。でも、これから皆に迷惑を掛ける事が無いので、安心かな……」

エンリケは教科書代わりの魔道書に視線を戻した。これはアイリンの私物で、所々難しい文章もあったが、なかなかに面白い。

 魔力をコントロールできるようになったからと言って、授業が終わるわけではない。エンリケは魔法を使えないけれど、使い方やその他の知識は知っておいた方がいいと、アイリンやカールが判断したからだ。エンリケはそれが少し嬉しい。

(……『使えない』んだけどね)

実際に試してみたけれど、彼の魔力はうんともすんとも言わず、ただ『ある』だけで何も起らなかった。分かってはいたけれど、やはりエンリケは少々残念に思う。ただ一つ救いだったのは、魔法道具なら魔石がなくても使えることであった。以前ツルカの照明器具が誤作動を起こしたのは、エンリケから膨大な魔力が流れ込んだせいなのだ。エンリケ自身が魔石のようなものなのだろう。

 しかしアイリンはエンリケと違って喜ばしいとは思っていなかった。むしろ、

(それも少し考えものだが――……)

と感じていた。エンリケの魔力の特殊性を世間に知られるのは、あまり良いことではない。再びマイヤーのような―――マイヤーに成りすましていたあの男のような人間を惹きつけるに違いない。

(汎用性は非常に高い。一級品の魔石を世界中からかき集めたのと同じくらい、か)

魔石は魔力を使い果たすとただの石になってしまうが、エンリケは何もしなくても勝手に魔力が溜まっていく。尽きることの無い―――無限の力。

(この子が普通に魔法を使えるのだったら、話は別だった。けれど、このままではまた欲をかいた人間を引き寄せてしまうかも知れない)

アイリンが一番悩んでいるのはそこだ。魔力を、魔法道具に頼らずに自分で消費できるようにしてやりたい。

(研究のし甲斐はあるんだけどね。とても難しい問題だが)

思案は果てしなく広がっていく。

 「あの、師匠」

エンリケはアイリンを「師匠」と呼ぶようにしていた。「先生」だとガストンと被ってしまうと気がついたのだ。

「この辺りの文章が分かりません。『転送魔法』って何ですか?」

アイリンは思案の海原から戻り、エンリケが示す箇所を見た。

「ん、ああそれか。そうだな―――……」

アイリンは少し考え、ややあって口を開く。

「よし、今日は少し遠出をしてみようか」


 「え、馬で行くのですか?」

厩に向かった師匠を見てエンリケは意外に思った。これまでに何度か飛行している彼女を見ているからだ。彼女ならもっと早く、しかもエンリケを連れて行くぐらいは簡単だろう。

(そういえば、あれってどうやるんだろう……)

アイリンは、

「私の魔法で移動するのもいいが、雷魔法を使うぞ。君は平気なのか?」

「あっ……」エンリケは青ざめてぶんぶんと首を振った。

アイリンは馬にエンリケを乗せて、自分も跨った。

「風景を見ながら行くのも悪くない。それに、君は領地の外に出たことがほとんどないだろう。せっかくだから別の領まで足を伸ばそう」

 馬はかぽっかぽっと暢気に歩き出す。こんなにゆっくりで、本当にアズブルクの外まで行けるのだろうか。エンリケはふと不安になったが、アイリンが察してにやっと笑う。

「この馬で行くのはアズブルクの魔導師ギルドまでだよ。そこで面白いものを使う」

「面白いものって、何ですか?」

「自分で考えてみなさい」

 考えながら、エンリケはこの地の風光明媚な景色を眺めた。もっとも、彼は領外に出たことがないから、この地域がどれほど美しいのか他と比べる術が無かったのだけれど。

 街に着いた。エンリケはびくっと身をすくませる。

(すごい、音の洪水だ)

魔法使いが大勢この通りを歩いているのだろう。彼らの魔力の音が、流れ出、反射し、エンリケの耳にも届いた。

(うわあ、聞いてられないや)

あまりの大音量にエンリケは集中を切った。

 馬から下りて、石畳の道を歩く。道行く人は、カフカ家の子息が歩いていることを見て取り、頭を下げる――――ことは無く、普段どおりだ。

(うん、地味な顔で良かった)

エンリケは心底そう思った。これが領主である伯父や、母ツルカや、フランクだったりしたら、道行く人がざっと引き潮のように脇に避け、彼らに道を譲ったことだろう。エンリケはそういうのは好きではない。負け惜しみなんかじゃない、本当だ。

「さあ、着いたぞ」

二人の目の前には、街の中でも大きく目立つ建物があった。アズブルクの魔導師ギルドである。ギルドらしく堅牢な造りだが、その門は大きく開かれている。かなり栄えているギルドな為か、人の出入りが多い。掲げられている黒い(普段は紺青だが、今はツルカの喪中である)旗が儀仗兵のように整然と並んでいた。その間に見慣れたマークがある。設立当時はカフカ家が資金を提供したため、壁にカフカ家の紋章が彫られているのだ。

 二人が中に入って行くと、”アイリンに”気がついて会釈をする者、声をかけてくる者などがいる。ほとんどが魔導師だ。

 エンリケは興味津々できょろきょろとギルドの中を見渡した。いろいろな魔導師がいる……。大量の書物を手にいかにも学者然とした者、かっちりとした防具を身につけた荒事専門といった風体の者―――いかにも駆け出しというような歳若い魔導師が、老齢の魔導師になにやら相談していたり。

 二人は番人が立っている扉の前まで来た。アイリンが何も言わずに紙幣を番人に渡す。

(えっ、媚薬?)

エンリケは一瞬ぎょっとしたが、番人が帳簿をだして印を付け出したので、ほっとした。どうやら中に入るだけで料金が発生するらしい。

「見学ですか?利用ですか?」と番人。

「利用で」

アイリンが答えると彼は身分証明書を出せと言ってきた。アイリンは前髪をかき上げて、こめかみに刻まれた小さな刺青を見せる。『三本の矢をつがえた弓』―――……。それを見た番人ははっとして姿勢を正し

「『轟雷のアイリン』様でしたか!失礼いたしました!……あの、そちらの子は?」

エンリケが答える前に、アイリンが言った。

「私の弟子だ。この子の証明もいるのか?」

「いいえ、結構です。では、お通り下さい」

番人が扉を引いて二人を通す。彼らは中に足を踏み入れた―――。


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