研修生たち2
十五章(その3)、研修生たち2
「精霊憑き、とはな。なるほど、確かに君は特殊科で受け入れるべき人間のようだ」
ユーリは眼鏡の奥で瞳を光らせた。エンリケは前髪をかき混ぜて溜め息をつく。シルウィアが出てきてしまったのは、主の葛藤を感じ取ったせいだ。
「シルウィアだけずるい!私も出る!」
シャマーラまで姿を現してしまったので、エンリケは顔を引きつらせた。とにかくこの場を収めなければなるまい。
「二人とも、今すぐ戻れ。頼むから」
「……はい、坊ちゃん」
「ちぇー」
二体の精霊が消えても、気まずい沈黙が漂った。ユーリはあごの下に手を添えてなにやら思案しているし、ダニーとマノンにいたってはまだ目を見開いたまま突っ立っている。
「えっと、僕の精霊……なんだけど……こうなった以上たまに出てくるから、よろしく?」
エンリケが上目遣いに二人を見ると、彼らは顔を見合わせてほっと息を吐き出した。
「ああ、びっくりしたよ」
「精霊魔法……あがん技初めて見たばってん、面白かごた」
緊張を解いたダニーとマノンの様子に、エンリケは胸を撫で下ろした。
「つまり……エンリケは、自分の魔力を……精霊を介することで魔法にする……こげな理解で良かとか」
「ああうん、察しが良くて助かるよ……。人からはよく邪道だって言われるけど」
エンリケは苦笑してみせた。だが。
「……実に面白い。さすがあの『轟雷のアイリン』の弟子であるだけのことはある」
ユーリが眼鏡をきらめかせて放った一言は、更にその場の混乱を招く。
「今、何て言いました?」
「轟……雷……の、弟子……?おい、エンリケ」
ダニーの切れ長の目が釣りあがる。青と緑の瞳がめらめらと燃えるように光っていた。エンリケは気圧されてごくりと喉を鳴らす。
「そげなすごか魔導師の弟子が魔法ば使えんってアリなん?」
「そげなす……?ははは……ダニーが早口になってる……」
救いを求めて視線を彷徨わせると、元凶であるユーリの笑顔に行き着く。
「もう学園中に知れ渡ってるはずだ。戦士科の授業の時は覚悟したほうが良いと思うぞ……」
エンリケはこの先輩を張り倒したくなった。師匠の名前が大きすぎるから、できれば伏せておきたかったのに。
「もういいよ……いくらでも罵ってくれよ」
「すまん……エンリケ。少しおいも熱くなった」
しゅんとしてしまった少年達を見て、ユーリがぱんと手を叩く。
「諸君!今日はお楽しみがあるぞ。今日の夕食は宴だ!諸君らを歓迎する会を催す手筈を整えてある。なに、各学科から数人を集めたささやかなものだがね……。学院に馴染むために彼らの顔を覚えるといい。おっと、もうこんな時間か」
ユーリは手元の時計を見て眉をあげた。そして研修生達の顔を順繰りに見回すと、
「僕はもう行かなければならない。諸君の授業は明日からだから、今日は思い思いに過ごしてくれ。では、宴の席で会おう」
彼は時計をしまうと慌ただしく出て行った。あとにはぽかんとした三人が残される。
「宴……要するに歓迎会。場所はどこね?」
「ユーリ先輩、会場の場所を言う前に出て行っちゃったね」
「なんていい加減な人なんだ!」
エンリケの学院生活に、早くも暗雲が立ち込める。
「歓迎会の場所なら、多分分かると思う」
エンリケは教室の窓から首を出し、顔をあちこちに向けた。その後ろでマノンとダニーは「本当に?」と顔に期待を滲ませる。
「ユーリ先輩の持ってる魔力の音はさっき覚えた。この学院内にいるなら探し出せるよ、『魔力掌握』で」
「へー。耳良いんだね、エンリケ君」
「そげん単純な技だからこそ、極める奴もめずらしかばい……。どのくらいの範囲なら……聞き分けらるっと?」
ダニーの問いに、エンリケはうーむと唸った。
「魔法使いが密集してると難しくなるけど……大体半径1キロメートルくらいかな。師匠は多分この島全体を掌握してしまうだろうけど、僕はまだ未熟だから」
「未熟、ねえ」
マノンがやや顔を引きつらせるが、ダニーは真剣な表情でうなずいた。
「結構便利やん……。索敵できるなら敵より早いほうがよか」
索敵?目を点にしたエンリケとマノンに、ダニーは言う。
「知らんとか?こん学校……学科によらず迷宮で課外授業をすっとって……。教養科は入り口付近に棲む弱小魔物の駆除を学ぶ。戦士科は対魔物の戦闘訓練……薬学科は素材の調達。先生が言っとった」
「特殊科は……?」
恐る恐る尋ねるマノンを、ダニーの異色の瞳が見つめる。
「おいが薬学科寄りで、エンリケが戦士科寄り……。魔力が聞こえんマノンは、どうあってもエンリケと組まされるやろ。バランスを考えて、おい達は他の科に混ざらんで、三人で行くと思う……。三人の火力は……合計すれば戦士科の班とそう変わらんと思うし」
「つまり?」
「飽くまでもおいの予想たい……。結構深くまで行くっちゃなかと?」
ひっ、とマノンが喉の奥で小さく悲鳴をあげた。エンリケは横目でマノンを見ながら、「迷宮か……」と考えた。
迷宮。つまり魔物の生息地であり、同時にここペルロッド島のように何処の国にも属さない地のことである。大きな洞窟であったり、広大な草原であったりと気候や地形は様々だが、地上に点々と存在している。ちなみにマドーラ地方のビアンナ砂漠は、魔物は多いが一応『ロシャン公国』の領土となっている。
非領土地区であるペルロッドのカンドゥール学院が、生徒に魔物の相手をさせるならば、他国の領土で行うにはリスクがある。生徒が負傷した場合、または魔物から出てきた魔石を持ち帰ってしまった場合など、面倒な問題が起りやすいのだ。
その点、『迷宮』ならば誰も文句は言わない。むしろ魔物の巣窟を有効に活用し、なおかつ駆除もしてくれるのだから周辺諸国も万々歳である。
ということをダニーに教えてもらった。彼は新種の魔物に薬効があるかどうか確かめるために、彼の師であるニコラスに従って迷宮に赴いたことがあるという。
「あん時は……沼地やった。ヒルにかまれた傷、まだ消えとらんし」
そう言うダニーの目が遠くなっていく。
「後で知ったことやけど、先生はおいば餌にそのヒル型魔物を集めるつもりやったとばい……。噛まれても害にはならんしむしろ薬にもなるとけど……あがん恐怖はもうごめんたい」
エンリケとマノンはひいっと震え上がる。高名なニコラス教授の実態が、そんなものだったとは。
「ね、ねえ。まだ時間があるし、学院の中を少し散策しない?あちこち見てみたいし……」
マノンの提案に、エンリケは一も二も無く賛成した。ダニーものっそりとうなずく。
「じゃあ行こうか。んっ、うん?あれ?」
元気よくドアを開けようとしたマノンが戸惑ったような声をあげた。
「どうしたの?」
「ドアが……開かない。押しても引いてもだめ」
特殊科の教室は古い。ドアもたてつけが悪いのかも知れない。だが、ドアに近寄ったエンリケは、ドアの外側に複数の人間がいることがわかった。漏れ聞こえる魔力の音からすれば、四人。
「外側からドアを押さえつけてるみたいだね。魔法で開かなくしたんじゃないみたいだけど」
声をかけても良いが、それでは逃げられてしまう。なぜ自分たちを閉じ込めているのか問いただしたい。
「どうしようかな……ドアを壊さないようにするには」
エンリケは手帳をぺらぺらとめくった。こういう時は―――。
「よし、これを試してみよう。『有を無に、無を有に、立ちはだかりし扉を預かりたまえ。存在の主、無貌の精、我が力を糧として、来たり降りん』」
エンリケの詠唱と共に手帳から透明なもやが流れ出た。それはエンリケの魔力を吸い取って、ぎゅっと凝縮していき、やがて表情を持たない精霊が現われる。ぐにゃりと空気を捻じ曲げるようにして、精霊の姿はまるで陽炎のように揺らめいていた。
精霊がゆっくりとドアに手を伸ばす。そしてその指先が触れたとたん、ドアは“消失”した。
どどど、と教室に転がり込んできたのは、いずれもこの学院の生徒らしかった。突然ドアが消え、彼らはドアに耳を押し付けた体勢のまま倒れこむしかなかったのだ。
「盗み聞き、してたみたいだね」
マノンはその生徒達を睨みつつあとずさった。あとずさりすぎて後ろにいたダニーにぶつかる。
「誰だい?君達は」
ドアをもとに戻しながら、エンリケは四人に問うた。




