研修生達
十五章(その2)、研修生達
マノンは身体の節々が痛むことに気がついた。そしてもっと重要なこと――自分は今、どうやら地上にいる。
「……はッ!」
マノンは目を開け、まるで跳ね上がるように身体を起こした。途端、視界がぐにゃりと歪んで頭を抱えてしまう。
「……まだじっとしてたほうが良いと思うよ。長時間空中でこねくりまわされて、三半規管がおかしくなってるはずだ」
憮然とした声が聞こえてきたのでそちらを見ると、濃紺のローブに身を包んだ少年が本を読みながら枕元に座っていた。
「ここ、は?」
強張った舌で恐る恐る尋ねると、少年は「ペルロッド港近くの救護室だよ」と応える。
「そう、無事に着いたのね、私……」
肩の力を抜いたマノンは、ぐらぐらする頭を庇いながら再び横になった。すると少年が尋ねる。
「なぜ君は空を飛んで来るなんていう無茶をしたんだい?一歩間違えれば街が大変なことになっていたよ」
彼は怒るというより呆れているようだ。マノンはばつの悪い顔をしながら、
「船の時間に遅れて……」
と打ち明けた。
「あの、あなたは?あなたも魔法使いよね?もしかしてカンドゥールの学生さんなの?」
マノンは決まりの悪さを取り繕おうと、目の前の少年に尋ねた。彼は本をぱちんと閉じ、まっすぐにマノンを見た。その瞳は柔らかな琥珀色だ。
「僕はエンリケ。エンリケ・カフカさ。君と同じ研修生だよ、マノン・ベルナールさん」
マノンは目を丸くした。
「私の名前を……」
「ローブに名前の縫い取りがあったから。それと、学院の校長先生がもう一人を連れてくるまで、僕らはこの部屋で待機なんだ」
「そうなの……。もしかして私のせい?」
マノンが目を泳がせながら聞くと、エンリケはやや躊躇いながらもしっかりとうなずいた。
「校長先生も君の暴走した魔法を見ちゃったからね。今は大人しく待っててくれってさ」
「あああ……。こんなはずじゃなかったのに……」
顔を両手で覆うマノンに、エンリケは苦笑いするほか無かった
こう言う様子は至って普通の少女である。しかし、他の人間を巻き込みかねない嵐に乗って島に来ようとし、あまつさえ風の中でバランスが取れずに気を失うというのは、全く以って暴挙に他ならない。
その時、がちゃりと扉が開き、ティモスが戻ってきた。
「お待たせしたね。やあ、マノン君も起きたかい。それは重畳。……さあ、君、入りたまえ」
ティモスの後ろから、長身の少年がのっそりと現われる。切れ長の目は片方が緑で片方は青という変わった容姿だ。
「ども……おいの名は……ダニー・ハースっちゅうんやけど……よろしく。あと、おいの訛り……気にせんで……。せからしか思ったら、直すけん、出来るだけ……」
エンリケもマノンもぱちぱちと瞬きしたまま固まった。ただひとりティモスだけがにこやかに立っている。
わりとすぐに硬直を解いたのはエンリケだった。目の前の風変わりな少年に右手を差し出し、
「ダニーっていうんだね。僕はエンリケ・カフカ。よろしく」
ダニーはエンリケの右手をしっかり掴むと、はにかんだ。
「あ、あのっ、マノン・ベルナールです……。私も、よろしく」
ベッドの上で慌てて自己紹介したマノンに、ダニーはぺこりと頭を下げた。
かくして、三人の研修生が集合したわけである。
カンドゥール魔法学院は、市長の執務室と隣り合うように建てられている。ティモスは研修生を入り口まで導くと、
「ここからは君たちの先輩が案内してくれる。学院生活を楽しむんだよ」
と言って去って行った。
「先輩って……どこにもおらんやん……」
ダニーがティモスの後ろ姿を睨みながら言った。マノンとエンリケは顔を見合わせ、「たしかに」とうなずく。
「いやあ、諸君。遅れて申し訳ない」
その声が響いたのは、彼らがティモスと別れて五分が経過した時だった。三人が声のほうを振り返ると、こちらに向かって走ってくる青年がいる。明るい金髪を振り乱し、眼鏡が鼻の上で飛び跳ねている。
「ぜえぜえ……。研修生諸君、えー、ダニー君にエンリケ君にマノン君だったね。君たちの案内を仰せつかっている」
肩で息をしている青年に、ダニーは問うた。
「あの、先輩は……誰ですか?」
「おお、すまない」
青年は深呼吸して息を整えると、にこやかに名乗った。
「僕はユーリ・マリオット。ここの最高学年だ。君たちの学院生活をサポートするので、以後よろしく」
転入生が学院生の注目を浴びるのと同じように、たった三人の研修生も好奇の的であった。ユーリの後に従って学院中を歩き回っていると、いやでも生徒達の視線が追いかけてくる。特に彼らの興味を引いたのは、ダニーの左右で色の違う瞳だった。
「ダニー君の目、変わってるからみんな気になるみたいだね」
マノンが言うと、ダニーはちらりと周囲に目をやった。
「別に……こいは大したもんじゃなか……ちょっとした実験の失敗で……こうなった」
「何の実験?」
ダニーは肩をすくめる。
「おいの先生が……人の外見を一時的に変える薬を作ったけん……面白か思って試しに勝手に飲んでみたら……目の色だけ戻らんかった……。先生には、死ぬほどはらかかれた……」
「はら……?……えーっと、ダニー君は薬学科だっけ?」
すると、ダニーは首を振った。
「最初はおいもそう思っとったとけど……先生が勝手に特殊科においを入れたとばい……何でか知らん」
「へえー。エンリケ君は?」
エンリケは「僕も特殊科だよ」と答える。
「僕は……ううん、あとで話すよ。ベルナールさんは」
マノンもにっこりして
「私も特殊科よ。……あと、マノンでいいよ。それにしても、全員特殊科なんだねー」
「マノンはどうして特殊科に?」
「うーん……」
マノンは目を下に向け、やや沈んだ表情になる。
「普通の学科じゃ勉強できないことを、学びにきたから、かな」
「ふーん?」
マノンはその後ずっとうつむいたままだった。
カンドゥールには、五つの学科がある。『教養科』『薬学科』『戦士科』『技巧科』そして『特殊科』。
特殊科の生徒は多くない。というか、たった今到着したこの研修生三名以外、特殊科に所属している生徒はいなかった。
「特殊科って、人気無いみたいだね」
マノンがこっそり耳打ちする。
ユーリに連れられてやってきた特殊科の教室は、とても広い。三人しかいないのだから当然だ。
「椅子も……机すら無い……。どういうことか分からん」
困惑する三人に、ユーリは胸を張る。
「当たり前だ。諸君は各々の時間割にそって、それぞれの科の授業に混じって学ぶのだから。この教室はただの休憩場所と思って欲しい。そうだ、時間割を渡さねば。はは、忘れるところだったよ。……どこいった……」
ローブのポケットをまさぐるユーリを、三人は胡乱な目で眺めた。
「こん先輩……大丈夫とかね?」
「しっ、聞こえちゃうよダニー君……」
「あったぞ!」ユーリが紙切れを取り出す。
エンリケは渡された時間割に目を通した。やはりというか、精霊魔法の授業が多く入っている。あとは戦士科の実習が二番目に多いくらいで、これといって目立つものは無い。
「諸君の時間割は、前もって諸君を送り出した先生方の希望で決められているそうだ」
ユーリの言葉に、エンリケは心の中で納得した。
(たしかに、師匠ならこういう授業をしそうだもんな……)
ちらりとほか二人の時間割を盗み見ると、ダニーは薬学科の授業が多く、マノンは……―――。
(?)
彼女の時間割には、見慣れない授業の名が連なっていた。思わず凝視していると、気がついたマノンに見咎められる。
「エンリケ君……」
「あっ、ごめん」
「エンリケ君は精霊魔法使えるんだね。その時間割変わってる。私のもう見ちゃったでしょ。見ていいよ、はい」
「おいも……二人の時間割、気になっとった……」
「諸君、仲がいいのだね」
ユーリが感心するのを無視し、三人は互いの時間割を確認する。
「マノンのこれ……ほとんど呪い関係の授業だね」
「実は私……魔法使いなのに、魔力の音が聞こえないんだ。呪いなんだって。だからエリザベス先生のところで呪いの勉強をずっとしてきたの……」
「『呪いのベス』……か?」ダニーがぴくりと反応する。
マノンはこくりとうなずいた。
「あの、あのね、この呪いは人には感染らないから!だから、安心して、ね?」
「マノンは……今まで苦労した……のか?その呪いのせいで……。例えば、自分で魔力の制御をするのが……難しい……とか。おいに考えきるんはそれくらいけど……」
「だいたい合ってるよ」
マノンは苦笑した。
「ダニー君はやっぱり薬学が得意なの?ほとんど薬学の授業で埋まってるみたいだし。ちょっと戦士科も入ってるけど」
ダニーはうなずく。
「おいの先生は……いわゆる薬学おたく。ここは実験道具が揃ってるから……ここに来た。ところで、おいはエンリケの精霊魔法が気になる。あと、なんで杖を持ってないのか……ずっと気になっとった」
「無くても困らないけど、普通は持ってるものよね」
ダニーとマノンに見つめられ、エンリケは頬を掻いた。
「うん、僕はね、魔法が使えないからさ」
あっけらかんとして答えたエンリケに、二人は呆気に取られる。予想だにしなかった言葉を、二人が飲み込むまでには数秒かかった。
「魔法が使えないって?」
「エンリケには魔力がある……。魔法使いなのは間違いなか。分かるように説明しろし」
疑うようなダニーの視線に、エンリケは腕を組んだ。どうやって説明したらよいものか。
「つまり、僕は魔力を持ってるだけで、その魔力を魔法にすることが出来ないんだ。生まれつきだから仕方ないけど」
ダニーとマノンは顔を見合わせる。二人の表情を見れば戸惑っているのは一目瞭然だ。
『ああもう、まどろっこしいですね!』
どこからか少女の声がすると、その場の全員が飛び上がった。エンリケはその声の主を知っていたので、狼狽する。
「シルウィア!」
「坊ちゃん、口で言うより目で見てもらったほうが早いのです。坊ちゃんもそう思っていたでしょう?」
突然現れた精霊に、ダニーもマノンも硬直し、ユーリは
「魔物か!」
と杖を構えた。
「ああ、ややこしいことになった……」
エンリケは頭を抱えた。




