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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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学院島ペルロッド

十五章、学院島ペルロッド



 翡翠色の海に取り囲まれたその島は、名をペルロッドと言った。帆を広げた船が大きな港に出入りし、そこが決して隔絶された地域でないことを示している。

 階段状に連なる町並みは、白い大理石による古い意匠だ。古代の先人達から続く長い歴史。今でこそ学院島として知られるが、かつては貿易の中継地として栄えた島なのだ。

 市長のティモスは街の中心にある執務室で、今期島に入るカンドゥール研修生の名簿を眺めていた。名を連ねているのはたった三名。しかもそのうちの一名は、ここの卒業生の教え子だという。

 市長はカンドゥール学院の校長も務めている。しかし、ティモス自身は魔導師という訳ではなく、教室で教鞭をとることは無い。それゆえにその“卒業生”の名前を聞いてもぴんと来なかったのだが、周囲は色めきたった。

『あのアイリンの教え子……ですかっ』

副校長がわなわなと震えていたのを思い出す。彼女は実際にその生徒を教えたこともあるらしく、その天才ぶりは鮮烈だったらしい。

(そろそろ船が着くころだ。研修生たちを迎えにいかねばな)

ティモスは立ち上がった。


 エンリケは船から荷物を降ろし、きょろきょろと周囲を見渡していた。マドーラ・チサから旅立って五日、ようやくたどり着いたこの島は、見る物全てが珍しい。明るい海の色、真っ白な建物。街角にはペルロッドの紋章とカンドゥールの紋章が刻まれており、ここが紛れも無く非領土地域で学院島であると主張しているかのようだ。

 「君は研修生かね?」

声を掛けられ、エンリケはそちらを振り返った。上質な衣服に身を包んだ紳士が、にこやかにエンリケを見つめている。貯えたひげになんともいえない愛嬌を滲ませた、壮年の男だった。

 エンリケはぴしりと背筋を伸ばした。

「はいっ、今期から半年間お世話になります、エンリケ・カフカです。……あの、学院の方でしょうか?」

エンリケが尋ねると、紳士はくすっと笑ってうなずいた。

「ティモス・メルクーリだ。この島の市長と、学院の長をしているただのおじさんだよ。そう畏まらなくていい。周りも私のことを気軽にティモスと呼ぶのでね。……君の他にあと二人研修生がいるはずなのだが、見なかったかね?」

エンリケは首を振った。ティモスはひげをなでながら「そうか……」とつぶやくと、港に出入りする船のほうを眺めた。

「まあ、待っていればいずれ到着するだろう。それまで話でもしようではないか」

ティモスはにこりと笑うと、港近くの小店に入った。客の多くは水夫だったが、旅人もここで休憩するようだ。ティモスが入ると、店の中の何人かがお辞儀した。ティモスは軽く手を振ってそれに応える。

「ここに座ろう。港の様子がよく見える。ああ、荷物はここに置いて構わないよ。何か飲むかね?私のおごりだから好きなものを頼みなさい」

「……ありがとうございます」

エンリケはやや圧倒されながら、そっと品書きを広げた。手には汗が滲んでいる。島に着いた途端に市長兼校長に対面するとは思ってなかったのだ。

 頼んだ飲み物が運ばれてきた時、急に辺りが騒がしくなった。道を歩いていた人々は立ち止まり、ある者は小さく叫び、ある者はぽかんと口を開けて空を見上げている。

「何だ?」

ティモスは身を乗り出して外の様子を窺った。エンリケの座っている位置からは外が見えない。しかし、彼のうなじはちりちりと産毛が逆立っていた。人々のどよめきが大きくなるにつれ、彼の耳も一つの音を捉えはじめる。

「……やりすぎだ!」

エンリケは短く叫んで立ち上がると、席の間を縫うように店の外に走り出た。

 同時に、嵐のような風が空から吹き降ろした。雲を散らし逆巻いて、波を荒立てる。人々はわっと叫んで頭を低くした。それでも見上げ続ける者の目には、風の中で回転する小さな人影がうつる。

 エンリケはローブのポケットから分厚い手帳を取り出した。ぱらぱらと目当てのページを開き、早口で呪文を唱える。

「『実持たぬ虚像の主よ、虚を以って実を掴み、暴虐の風を調伏せよ!その大きなる両手を顕現せん』」

エンリケが唱え終わると同時に、開いたページから光が漏れ出す。すると何処からとも無く巨大かつ透明な手が現われ、暴風の中心に向かって伸びていくではないか。

 不思議なことに、荒れ狂う風はその手に吸い込まれて小さくまとまっていく。やがて空気が穏やかになった時、大きな手は一人の人間を抱えて下りてきた。

 ゆっくりと地面に下ろされる少女。彼女も魔法使いなのだろう、灰色の質素なローブを着ていた。しかし今は、すっかり意識を無くしている。

 エンリケはその少女の傍に膝をつき、額の汗を拭った。思わず口にだしてしまう言葉は、やや情けない。

「あー、これ使う機会ないだろーなと思って練習してなかったんだけど、成功して良かった……」

手帳を確認すると、たった今使用した魔法陣は消えずに残っていた。……師匠の発明品は素晴しい。

 周囲はこの少年が何をしたのか分からず困惑の表情を浮かべていた。物珍しそうに彼を眺める者もいれば、危険が去ったと知って足早に通り過ぎる者もいる。

「エンリケ君、大丈夫かね?」

ティモスが人ごみを掻き分けて走り寄ってくる。そして少年の傍に横たわっている少女を見ると目を丸くした。

「この子は…・・・」

エンリケは立ち上がると、ローブについた埃を払った。そして少女に目を向けて言った。

「この女の子、どういうわけか風魔法でこの島に来ようとしたみたいです。誰もいない荒野ならともかく、街中であんな魔法使ったら―――」

下手すれば人も建物も吹き飛ばされただろう。

「――して、君はさきほど不思議な魔法を使ったようだが。あれは一体何だね?」

ティモスはすでに消えてしまった巨大な手を探すように視線を彷徨わせた。エンリケは簡単に説明する。

「……巨人の精霊を召喚する魔法です。魔力の消費を抑える為に手しか出しませんでしたが――。相手の魔力を吸収して初めて実体化できる、変わった精霊で……」

「ほお」

ティモスは感心したように少年を見た。そして再び気絶している少女に視線を戻す。

「おや……もしやこの子はうちに来る研修生じゃないのかね」

「え?」

ティモスは少女のローブの端を指差す。するとそこには彼女の名前が刺繍されていた。

「マノン・ベルナール。間違いない。この子が三人のうちの一人だ。やれやれ、残るはあと一人だな」

ティモスは溜め息と共に首を振ると、少女を抱き上げた。


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