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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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雷矢

十四章(その8)、雷矢


 ギルドの裏手に広い敷地があったとは、この時初めて知った。今でこそギルドに詰めている魔導師はマスター一人だが、以前はもっと沢山の魔導師がいたのだろう。彼らが修練するためのスペースだったのだという。そこは手入れもされず荒れ放題だったが、エンリケとアイリンが模擬戦をするというので、マスターが珍しく乗り気になった。雑草や砂利を取り除き、完璧に整備してくれたのだ。エンリケの訝しむ顔に、マスターはにたりと笑う。エンリケは嫌な予感がした。

 けれど、記憶の奥に追いやっていた偽マイヤーのことを思い出したことで、エンリケは胸の中で燻っている思いを何かにぶつけたかった。もしかしたら、アイリンはそんなエンリケの気持ちを汲んで、こんなことを言い出したのかも知れない。

「さて、私と君とが対戦したことは無かった。私は敢えて攻撃の魔法を教えなかったし、君は兵士じゃないのだからね。だが、私が傍を離れる以上君は自分の身は自分で守らねばならない。たとえ『組織』の者に襲撃を受けたとしても。だから、今回は最初で最後の、魔法使い同士の戦いの練習だ」

アイリンはそう言うと、腰から杖を引き抜いた。エンリケは剣に炎を纏わせて対峙しているが、その胸はどきどきと大きく鼓動している。

 エンリケの強みの一つ。彼には死角が存在しない。なぜなら少年の身体に宿る二体の精霊が、彼の視界の及ばない部分を見張っているからだ。主に害をなす凶器が近づいてきても、精霊が主を守る。エンリケも精霊もその魔法自体は未熟であれ、訓練次第ではやすやすと破られない魔法使いになるだろう。

「エンリケ、十分以上戦い続けることが出来れば、及第点としよう」

「……分かりました」

エンリケが剣を構える。

 アイリンは手始めに風魔法を放った。周囲を吹く風を服従させ、エンリケの方向に向かわせたのである。エンリケは竜巻に巻き込まれたかのような衝撃を受けた。少年は飛ばされぬよう足に力を入れた。

「風なら……。シャマーラ、相殺だ!」

『そうさーい』

シャマーラは砂漠の砂嵐の中で生まれた。主であるエンリケの周りを、強力な逆向きの風で覆うのは容易い。

 エンリケが安心するのも束の間、自分を取り巻く風に水が混じり始めていることに気がついた。見ると、アイリンの杖先から膨大な水が放たれている。このままでは水の檻に閉じ込められるだろう。エンリケは水の切れ目から脱出し、真っ直ぐアイリンに向かって駆け出した。間合いを詰め、剣を振りかぶって下ろすも手ごたえは無い。アイリンは素早くエンリケの背後に回りこみ、足元をすくい上げると弟子を放り投げた。エンリケが飛ばされると同時に、彼の身体からシルウィアが抜け出し、アイリンに向かって炎を繰り出す。

「!」

アイリンはシャマーラのさっと水を引き寄せると炎を防ぐ。

(さすが師匠、低燃費な戦い方だなあ)

エンリケは思わず感嘆してしまう。と、離れた距離にいたアイリンが、気がつけばすぐ傍にいた。エンリケは間一髪でその拳を受け流すと、地面を転がって体勢を立て直す。しかし、アイリンの拳から流れ込んだらしいわずかな電気が、一瞬彼の思考を奪った。

(か、雷魔法!)

「どうした、エンリケ。相手が敵なら、君が雷が苦手だと知れば遠慮なくそこを突いて来るぞ」

「うっ……」

アイリンの身体から青白い電気が放電しているのを見て、エンリケは己の血圧が下がっていくのを感じた。しかし、それと同時にぐっと踏みとどまろううとする自分がいることに気がつく。

(大丈夫……やれる)

エンリケは剣を握りなおした。

 (ふ、攻めにくいのは私も同じか)

アイリンは心の中で思っていた。アイリンが本気を出せば数秒で決着はついてしまうが、この戦いはそんなことが目的ではない。エンリケに、魔法使いと向き合って戦うことがいかなるものか知ってもらう。そこに存在する恐怖心を含めて。

 だが、死角の無いエンリケをほどほどに打ちのめすは難しい。

 その時、エンリケが「シルウィア!」と叫んだ。すると、彼の足元の地面が黒く焦げてゆくではないか。いや、ただ焦げているだけではない。それは黒い線を描き、一つの図形を作り出す。

(あれは魔法陣。しかし、呪文を詠唱する余裕はあるかな)

アイリンが魔法を放ちながら眺めていると、あることに気がついた。

 エンリケは一向に呪文を唱え出す気配を見せない。足元の魔法陣に魔力を送り込んでいても、それだけでは精霊を呼び出すことは出来ないのだが。

(やはり、戦いながら召喚するのは難しいか……―――いや)

アイリンは思わずにやっとした。

 エンリケはアイリンの魔法を受け流すことと、魔力を流し込むことに専念する。そして、詠唱は。

「『星よ、大地よ、大気よ。今ひとときの守りを請わん。か弱き者を、その翼の陰に庇護したまえ』……エンリケ、これでいい?」

シャマーラが、唱えていた。エンリケがうなずくと同時に、足元から結界の精霊が立ち上がり、翼を広げてエンリケを隠す。アイリンの放った魔法は跳ね返された。

アイリンの笑みが深くなる。

(精霊と主は一心同体。なるほど……)

うまくすれば、精霊魔法を同時に三つ発動させることも可能だということだ。

(よくやった)

アイリンは杖を持つ手に力を込めた。


 マスターの「十分経ったぞ」という合図で、エンリケは地面に倒れこんだ。もう指の先ですら動かせない。

 最後は、アイリンがエンリケの結界を粉砕して終わった。しかし、それでもエンリケは十分を耐え切ったのだ。

 アイリンがエンリケの傍に立った。彼女は杖をしまうと、エンリケに言う。

「精霊との連携が見事だった。精霊に詠唱させるとは、私も少し驚いたよ……」

エンリケは首を動かして、師匠の顔を見た。そして瞠目する。

「師匠……?」

「ああすまん」

アイリンはすっと目元を拭うと、エンリケを立たせた。

「エンリケ、私の授業はこれでおしまいだ。あとは分かるな?自分で学んでいきなさい。君にはそれがもう出来る。それに私は十分に理解した。君は私などより、素晴しい魔法使いになれるとね」

エンリケは驚いて、慌てふためいた。自分にそういわれるほどのものがあるとは思えなかったからだ。

「そんな。僕は全然強くないし……」

アイリンは首を振る。

「強い魔法使いが優れた魔法使いなのか?私は逆に、強くなればなるほど、優れた魔法使いから遠ざかる気さえする。私は身を以って経験しているからね」

 アイリンは元軍人だ。カンドゥール魔法学院に入学した時にはすでに軍に籍を置いていた。軍属魔導師は強くなければならない。アイリンは以って生まれた才能を、戦いに特化させて伸ばしていった。学院でツルカと出会い、一緒に過ごすようになってようやく、学生らしい青春というものを知った。というのも、病弱なツルカの替わりにノートを取ったり、町で評判のお菓子を買って来たり。あれは貴重な経験だった。学業では、アイリンはもとより天才だったが、ツルカも優秀だった。アイリンはツルカから、強さ以外の大切なことを学んだに等しい。

 学院を卒業して、アイリンはすぐに戦場に立った。自分の前に立つのは倒すべき敵のみ。それはとてもシンプルで分かりやすいが、同時に何かを生み出す喜びは無い。破壊する、それだけだ。

 だから、エンリケが魔力を持ちながら魔法の才能を持たなかったのは、アイリンにとっては救いでもあった。そうでなければ彼女は教えてしまっていた。誰よりも強くあれる魔法を。敵を容赦なく叩き潰すだけの力を。それはアイリンが周囲に期待されるままに伸ばしてきた能力だったからだ。

 自らの放った魔法で、敵の兵士が何十人と一度に倒れるのは気分の良いものではない。敵方の魔導師がいくら防御の魔法を使っても、アイリンにとっては紙の壁のようなもの。彼女の得意な雷魔法の殺傷力は凄まじかった。故に、彼女は『轟雷』として名を知られることになる。……だからアイリンは軍人であることを辞めた。

 そんな魔導師の唯一の弟子は、このエンリケだ。恐らくアイリンは、もう二度と弟子を取ることは無いだろう。

「さあ、エンリケ。私との授業もここまでだ。名残惜しいが、私達の道はここで分かれる。君には君の、私には私の行く先があるからな」

アイリンはエンリケの肩に手を置き、その顔を覗き込んだ。エンリケは何かを言いたそうに口を開きかけるが、結局言葉にならない。アイリンはぽんと叩いてその肩から手を放し、背を向けた。本当に行ってしまうのだ。エンリケは必死に言葉を探す。

 しかし、溢れる思いをまとめることが出来なかった。だからせめて、これだけは言う。

「僕は、もう自分に魔法の才能があったらなんて言いません。師匠が教えてくれたことは、そんなものじゃないって、今、分かりました。だから……僕は自分の道を作ります。それと……師匠はずっと僕の師匠でいてくださいね!いつか周囲に自慢したくなるような弟子になってみせますから!」

アイリンは瞬きした。自分には勿体無い言葉なのではないか――しかしなんと嬉しいことを言ってくれる。アイリンはさっとエンリケを振り返り、鮮やかに笑ってみせた。

「ああ、期待しているよエンリケ。今のところ私の人生で最も意味があったとすれば、君のような弟子に出会えたことだ……精進したまえ」

その言葉と共に、アイリンの身体から火花が散る―――そして次の一瞬には、彼女の姿は上空の遥か高みにあった。引き絞られた矢弓のように、真っ直ぐ飛んで行く。

 『轟雷』の魔導師は去った。マドーラ・チサの風は今日も強い。



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