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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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ピットエットにて

十四章(その3)、ピットエットにて


 湿地帯の中に、それは建っていた。木造だが人目で堅牢と分かる造り。それでいて重々しくはない。周囲を木道で囲い、珍しい植物と伏流水によって作り出される自然を守る為、その建物は高床になっていた。

 そこがどういう場所なのか、この地に暮らす誰もが知っている。湿原の谷ピットエットの魔導師ギルドである。

 ギルドの最上階の窓は開いていた。窓枠に腰掛けてティーカップを傾けるのは、このギルドの長である、ラウロ・ギウス“マスター代行”であった。

 彼は窓から湿原を眺めながら、木道を歩いてやってくる一人の魔導師の姿を認める。

「……来たか」

ラウロはカップの残りを飲み干すと、客人を出迎えに下に降りた。


 アイリンはギルドの入り口までやってくると、その扉の前で待ち受ける男を見た。

男は灰色がかった茶髪に白髪が混じり、歳の頃は四十過ぎといった風情だった。アイリンは彼の前に立ち、こめかみの刺青を示しながら言った。

「久しぶりですね、ラウロ殿。以前お会いしたのは十年も前でしたか。私のことを覚えておいでか?」

ラウロは厳しい顔つきをふっと緩め、かすかに微笑んで答えた。

「覚えているとも。あの頃まだ君は傭兵団のエースだったな。引退した後の活躍も聞いているよ。……さて、四名の“銀板の魔導師”のうち、来ているのは君を含めて三人。あと一人もじきに来るだろう。中で待つといい」

二人は握手を交わし、ギルドの中に入って行った。


 「ロンメル派の魔導師の中で、諸君ほどの精鋭が存在していたことを、まずは喜ぶべきだろう。魔道界はとんだ逸材を生み出していたものだ」

ラウロは手ずから紅茶を淹れながら話した。

 テーブルについている魔導師は三人だ。アイリンは他の二人を見た。一人は紫の仮面で目元を隠した金髪の魔導師。もう一人は白衣に身を包んだ壮年の魔導師。仮面の方は女で白衣は男だ。

「お世辞はいいわ。あと一人はまだかしら」

仮面の女が言う。

「早いとこ全員集合して、わざわざ呼び出してまで顔合わせをする理由を教えてほしいものね」

「もうじき到着するから、お茶でも飲んで待っていてくれるかね、エリザベス君。せっかくだから自己紹介でもしたらどうかと思うのだが」

ラウロの提案に、白衣の男もうなずく。

「それがいい。我々は同じ任務を受けた者同士。互いを知ることは大切だ。……では私からいこう。名前はニコラス・バーナム。組織には医者として潜入する予定だ」

「あら」エリザベスが声をあげる。

「あのニコラス教授って、あなたのことだったの。胃薬から毒薬まで、調合できないものは無いとか……。私はエリザベス。エリザベス・ジェラード。『呪いのベス』の方が通りが良いかも知れないわね。でも勘違いしないで。私は呪いを掛けるんじゃなくて、解く専門だから。ちなみに私は既に修道女として潜入済みよ」

彼女は口の端を持ち上げて妖艶に笑うと、紅茶を一口すすって、

「残るはあなたね。黒髪さん」

アイリンはすっと脚を組むと、淡々とした声で話した。

「アイリン・ロットナーだ。今は流れの魔導師。組織の者に何度か襲撃を受けたことがある。個人的な事情で、この任務を引き受けた。以上だ」

アイリンの自己紹介は簡潔極まりなかったが、エリザベスもニコラスもぎょっとした表情になった。猛獣を前にしたかのように身体を強張らせる。

「噂には聞いていたけれど」

エリザベスが口を開く。

「――『轟雷』のアイリン。戦場に出れば負け知らず、敵の陣を雷の嵐で焦土にし、戦を数分で終わらせる嘘のような強さを誇る最凶の魔導師……まさかお会いすることになるとは思わなかったわ」

アイリンは苦笑した。

「その噂はいささか大げさに過ぎるようだ。私には、お二人ほど高名な魔導師が私と同じ任務を受けてここにいることのほうが、信じられない気がする」

アイリンは言いながら、部屋の外に耳を澄ました。すると数秒後、

「―――遅れて申し訳ない」

四人目の魔導師が到着した。


今回は少し短めです。次話も同じサブタイトルでいこうと思います。

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