魔法陣
十四章(その2)、魔法陣
『心配ですね、坊ちゃん。もう七日が経ちますか』
『あの人なら大丈夫だよー』
シルウィアとシャマーラが口々に言い合う中、エンリケは自室で魔道書を読んでいた。精霊魔法の魔法陣集である。人間が行うことの出来ない魔法を、精霊を呼び出すことで発動する手法、それが精霊魔法だ。今までにエンリケが目にしたのは、大地の精霊の治癒魔法と、ジーノがやっていた防壁魔法と破魔の魔法の三つ。魔力さえあれば精霊の力で魔法が使えるため、エンリケ向きと言える。
ただ一つ問題があるとすれば、精霊魔法はいわば特殊魔法を行う為のもの。つまり、一般的な魔法使いが出来るような、初歩的な魔法の魔法陣が存在しないということだ。水を出すとか、物を動かすとか、そんなことに精霊を呼び出そうと考える者はいない。エンリケは頬を掻いた。
「うーん。だとすると、マスターの言う“邪道”な方法しかないわけだ」
『坊ちゃん、それはおいおい考えるとして、今は魔法陣を覚えることにしたらどうですか?覚えて損はありませんよ、きっと』
「そうだね、師匠もその為に僕にくれたんだろうし。でも、この魔法陣、複雑すぎて正しく書けるか自身が無いなぁ。おまけに効率も良くないし。覚える人が少ないわけだよ」
『エンリケ、不器用』
『シャマーラはおだまり』
エンリケは立ち上がり、魔法陣を描ける場所が無いか探した。失敗した時の為に、出来るだけ広い場所が良い。
『外に出ましょう。街の外なら、いくらでも練習できますよ』
「そうしようか。シャマーラ、頼む」
エンリケは窓辺に足をかけると、屋根の上に登った。そして助走をつけて空中に飛び出すと、シャマーラの風がエンリケを持ち上げた。
「地上で使えないのがな残念だな。シャマーラの魔法じゃ、多分風除けの魔法道具があっても防ぎきれないだろうし」
『つむじ風ですもんね』
『つむじ風!つむじ風!ぴゅー』
シャマーラが調子に乗って、エンリケをぐるんと一回転させる。エンリケは「おっと」と体勢を立て直した。
彼らは街のすぐ外にある、ごつごつした岩山の上に降り立った。ここなら広いし、魔物が近づいてきてもすぐに気づくことが出来る。
「えーっと、最初は…・・・手始めに大地の精霊にしておくか。何度か見てるし、騎士団の訓練で擦りむいた傷でも治してみよう」
エンリケは小石で地面に線を描き始めた。あちこちで折れ曲がり、複雑極まりない。
「坊ちゃん、魔道書のこの部分……」
シルウィアがすっとエンリケの身体から出てきて、魔法陣の見本が書かれているページを指差した。
「多分お師匠さんのメモでしょう。こことここ、ここの線は省略して、この線を描き加えても同じ効果が出ると書いてあります」
「えっ?」
エンリケはまじまじとそのページに目を凝らした。たしかにシルウィアの言う通り、小さい文字でそう書いてある。
(確かに、これなら少し簡単だ……)
かくして、地面につたない魔法陣が描かれた。あとは召喚の言葉を唱えるだけだ。
「……ち、地脈に眠りし大地の霊よ。腐土に命を……宿し、我が呼びかけに応えて、白き腕の癒し手をあた、じゃない、貸し与えたまえ……。これでいいのか?」
シャマーラも出てきて、三人はごくりと生唾を飲み込んで見守った。
すると、魔法陣がうっすらと光り出す。おおっと身を乗り出した三人は、魔法陣の光が増していくのを見て、目を輝かせた。
しかし、唐突に光は消滅してしまった。魔法陣も消え去り、後には三人が空しく取り残される。
「……あれっ?」
「もう終わりなのー?」
「失敗のようですね。何がいけなかったんでしょうか……」
エンリケは頭を抱えた。
「うーん、ちゃんと魔力も込めたんだけどなあ」
「足りなかったのでは?少し多めに魔力を流してみましょう。私達は中に戻りますから」
「うん、ありがとう」
精霊達はエンリケの中に戻る。
『まだ見てたいーッ』
シャマールが駄々をこねたが、シルウィアの『魔力は節約!』という言葉に大人しくなった。
『……ちぇッ、いいもん』
エンリケは苦笑しながら、再び魔法陣を描き直し、召喚をやり直した。
『あっ、坊ちゃん。これは』
魔法陣が先程よりも強い光を放つ。今にも膨れ上がりそうだ。
光の中から、ゆっくりと白いもやが身を起こした。もやはだんだんと精霊の形になり、三人は召喚が成功したのだと知る。
エンリケが腕の擦り傷を差し出すと、白い精霊は身をかがめ、その傷に触れた。暖かい光が、エンリケを包み込む。
「おお……っ、治っていく!」
エンリケは目を見開いて、精霊を見つめていた。
(これが、精霊魔法……か)
白い精霊は傷を癒すと、再び白いもやに戻って消えた。エンリケはしばらく呆然とし、己が初めて成功させた魔法に感動していた。




