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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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教師、到着

三章、教師、到着


 「お初にお目にかかります、旦那様、奥様。それにご子息様」

エンリケに魔法を教えるために招かれたのは、物腰の柔らかな中年の魔法使いだった。アズブルク地方に住んでいる魔法使いで、「アッシュ・マイヤーと申します」と名乗った。


「さっそく、始めましょうか。ご子息様」

「あの、エンリケで結構です」

「では、エンリケさん。まずは、魔力の状態を見ましょう」

マイヤーはエンリケを座らせると、自身もその正面に腰掛け、半眼になって少年を観察した。エンリケは思わず緊張して居住まいを正す。

「……」

「なるほど、だいたいは分かりました。すぐに訓練を始めた方が良さそうです。――ああ、旦那様、奥様、ご子息様はしっかり私が指導させていただきますので、どうぞご公務にお戻りください」

マイヤーが笑顔で言うと、カールとツルカは顔を見合わせ、うなずいた。

「……そうしましょう。お願いしますわ、マイヤーさん。エンリケ、しっかり励みなさい」

「はい」


 マイヤーは用意された部屋を教室に定め、持参した幾つもの魔法道具を広げてみせた。エンリケが思わず興味をそそられて覗き込んでいると、マイヤーはその一つ一つを説明してくれる。

「今から使うのはこれです」

マイヤーは小さな杖を取り出した。短い柄の先に小さな宝石がついている。いかにもこれは。

「魔法使いの杖……!」

エンリケは目を見張った。魔法使いといえば杖、というのは小さな子供でも知っている。

「エンリケさんに差し上げましょう。これがあればひとまず安心です」

マイヤーが差し出すそれを受け取りながら、エンリケは首をかしげた。

「マイヤー先生、杖ってこんな簡単に持てるものなのですか?」

「そうですとも。ささ、少し試してみましょうか」

マイヤーはせっせと動き回り、やがて水の入った桶を一つと、空の桶を準備した。そして水を移し替えてみろと言う。

「ええっ?」

エンリケは仰天した。なにも知らないのに、そんなことが出来るわけない。

「できますとも。まあ、杖を桶に向けてごらんなさい」

マイヤーは自身たっぷりに言う。エンリケはこわごわ杖を握り締め、桶にそっと向けた。すると。

「えっ。水が……」

エンリケが杖を向けた途端、桶の中の水が波打ちだし、ふわふわと空中に浮き上がり始めたではないか。

「素晴しい。お母上から受け継いだ才能でしょうな」

マイヤーが拍手してエンリケを褒める。エンリケは、実はマイヤーがこの水を動かしているのではと思って、ちらりと横目で見てみたが、彼の手に杖は握られていない。それではやはり、これはエンリケの魔法なのだ。


 水は無事に隣の桶に移った。マイヤーは上機嫌で「では次は……」と蝋燭を取り出して、「火をつけてみまししょうか」と言った。

「火をつけるんですね」

エンリケの杖が動くか動かないかといううちに、蝋燭にはぽっと火が灯る。

「おお!」

マイヤーは笑顔になる。


 エンリケは余りにも順調な魔法の授業に戸惑いを隠せないでいた。今まで剣が爆発したり草原を火事にしたりしていたのに、杖を持った途端、全てが上手くいき始めたのだ。

「おや、どうしましたか」

「いえ……その」エンリケは慎重に言葉を考えた。

「あまり慣れていないので。剣術も学問も、今まで従兄のフランクには遠く及びませんでしたから。僕に、魔法が使えるなんて」

「おや」エンリケの言葉を聞いて、マイヤーは顔を曇らせた。

「それでは、これまで随分肩身の狭い思いをされたことでしょう。……そうですね、エンリケさんには私の本当の思いをお伝えしてもいいかもしれません」

本当の思い?エンリケはマイヤーを見つめた。

「……はっきり申し上げましょう。私は、カフカ家で本当に才能に恵まれていらっしゃるのは、フランク様でなく、あなただと思っていたのですよ。何せ、あなたのお母様は素晴しい才能をお持ちだ。それがあなたに受け継がれないはずは無い。必ず、魔法の力がいつか解放されるだろうと」

マイヤーは熱のこもった声音で続けた。

「ですから、不遇なエンリケさんを救って差し上げたいと、こうしてやってきたのです。だってそうでしょう、あなたはいつも従兄のフランク様と比べられてばっかりだ。本当はあなたの方が勝っているのに」

マイヤーにまっすぐに見つめられて、エンリケは照れくさくなった。

「そんなことはありません。フランクは本当にすごい奴です」

けれど、心の中では、初めて自分を見てくれる人間がいたことに興奮せざるを得なかった。そして、自分に才能があると言ってくれる。

 その後の授業も順調だった。エンリケにとって初めて沢山褒められた授業だった。


 その夜、エンリケが眠りについた後、マイヤーはツルカに呼び出された。しずしずと部屋に入り、マイヤーは驚いた。まるで何百匹もの蛍を放したかのような明かり。高級な魔法道具に照らされたツルカの部屋は華やかだ。マイヤーはこれが高名なカフカ一族の持ちえる財力なのかと感心した。魔法道具は物にもよるが大抵高額なものだ。


 書きものの途中だったツルカは手を止めて、マイヤーを迎えた。

「マイヤーさん。エンリケはどうです」

マイヤーは姿勢を正すと、厳かに答えた。

「まだ魔力が落ち着いていませんので、今日は魔法に触れずに、ご自分で魔力を抑える方法を覚えていただきました。これからは事故も無くなるでしょう」

「そうですか。それならば安心です」

ツルカはほっとしたように微笑んだ。

「私の身体が丈夫でないので、代わりの先生に来ていただいて助かりました。明日からもよろしくお願いいたしますね」

「はい、お任せください」

マイヤーは丁寧に頭を下げた。


 ツルカの部屋から退出したマイヤーは、そっと屋敷の外に出た。庭をぶらつくような素振りをして、一つの窓が見える前で立ち止まる。

「ふっ、なんとまあ、無用心にも程がある。カフカの名を持つ自分を狙う者などいないと思っている、傲慢な女よ。お前の息子に魔法の力など無い。だが、せいぜい利用させてもらおう」

マイヤーはにやりと笑うと、その窓に手のひらを向けた。

 エンリケは安らかな寝息を立てて眠っていた。月明かりが差し込む薄暗闇の中、彼の規則正しい呼吸だけが聞こえている。

 かちゃり、と小さな金属がぶつかるような音がした。しかし、深い眠りの中にある少年は気づくことが無い。静かに窓が開くと、ぬっと室内に濃い影が落ちた。

 マイヤーはあどけない少年の寝顔を冷たく見下ろした。

「まさか、こんなど田舎に、ねえ」

マイヤーは心底おかしそうに笑った。笑みを浮かべたまま、その手をエンリケの額に当てる。

「誰にも汚されていない、無垢な力。母親が無理でもこちらを持ち帰れば、あとはどうにでも料理できる」

マイヤーの手のひらから薄い光が零れた時。

「っ―――!」

マイヤーの身体が、高く放り投げられるように宙を舞った。

「なっ、なに!この力は……」

「なんだ?!」と言う前に、マイヤーはぐしゃっと床に落ちた。

「アッシュ・マイヤー!」

部屋の扉が勢いよく開くと、飛び込んできたツルカが床に転がったマイヤーを見据えた。

「使用人から聞いた話と、あなたからの報告の内容が合わないので、おかしいと思っていました」

ここでやっとエンリケが騒ぎに目を覚ました。ツルカは素早くエンリケの側に寄り、息子を背に庇った。

「あれ……母様?それに、先生も。一体どうされたのですか?」

エンリケはただならぬ様子に困惑した。目の前には杖を構えたツルカの姿があり、床にはマイヤーが転がっている。


「ふ、ふふふ……くっくっく」

マイヤーは愉悦を迸らせながら立ち上がる。その表情は、エンリケに魔法を教えていた時とは全く違い、欲望に歪んでいるかのようだった。

「さすがだ……御見それした、アズブルク一の魔法使い。その評判とやらは本当だったようだ」

「マ、マイヤー先生?」

エンリケはマイヤーの豹変にショックを受けた。マイヤーはこれまでの柔らかな印象をかなぐり捨て、凶暴な男に成り果てていた。

「ふ、小僧、この際だから教えてやろう。お前に魔法の才能などありはしない。魔力を持つだけの役立たずさ。授業で起きた奇跡は全て私が細工したものだよ……。―――だが、楽しかっただろう?どうだね、自分は魔法が使えると錯覚した気分は?」

「よくも―――」

ツルカはぎっとマイヤーを睨みつけ、杖を目にも留まらぬ速さで振った。

「ぐっ?」

マイヤーが顔を歪め、身を縮めてうずくまった。ツルカが傲然と言い放つ。

「カフカの者を愚弄し、かつ害をなそうとした、その罪を知りなさい。その身で 贖えるような軽さではありませんよ」

マイヤーは逃れようともがくが、身体を拘束している凄まじい魔法に身動きすらままならない。このまま捕えられ、罰を与えられる―――はずだった。

「ふん」

マイヤーは何かを思い出したように目に光を取り戻すと、口の中で何かをぶつぶつとつぶやいた。ツルカはすっと眉をひそめる。

「……ふふふ、アズブルクの――カフカの魔法使いよ。その驕り昂ぶった心はいつか報いを受けることになるだろう」

マイヤーは一体どうやったのか、ツルカの戒めを解き放つと、まるで歌のように滑らかな発音である一節を口にした。


「『死して生き続ける主の名の下に、彼の魂を―――』」


「いけない!」

ツルカはさっとエンリケに覆いかぶさり、その耳をふさいだ。


「『――冥府に送り奉らん!』」


その夜は満月だったはずなのだが、やけに暗かった。


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