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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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三年後

年月が進んで、エンリケも少し逞しくなったようです。

十三章、三年後


 彼らがこの街にやって来てから、早くも三年が経った。

 千夜荘は相変わらず騒がしい。

「エンリケ!洗濯物は出しといてって言ったでしょう!」

「あ……ご、ごめん」

「はい、これお弁当。今日も行くんでしょ?」

どこの夫婦だ、という会話を繰り広げつつ、住人達に微笑ましく見守られているのはエンリケとマルジャである。

「じゃあ、行って来る!」

元気良く駆け出す少年の、その声はもうすっかり声変わりをしている。背も少し伸びてマルジャより頭一つは高いだろうか。

「行ってらっしゃい」

マルジャは少年の後ろ姿を見送った。


 エンリケが向かったのは街の広場である。そこには既に騎士が数人集まっていた。

「おはようございます!」

「ああ、おはよう」

「よう」

「じゃ、今日も行くか」

整然と隊列を組んで歩く騎士たちの後ろを、エンリケはてくてくついて行く。

 三年前、ちょうどシャマーラがエンリケにとり憑いた頃だ。エンリケはアイリンによって騎士団に放り込まれた。

『剣術を実戦で使う練習もしておきたい。剣は私の専門外だが、この街にはその道の者が多いからな』

そして、初めて木剣でなく真剣に触れることになった。まだ十五歳になってもいないのに良いのかと尋ねると、当然だと言われた。

『それは貴族の慣習だ。君はもうそれに従う必要はないのだよ』

たしかに実家から勘当されたような身の上なので、そうかもしれない。しかし、そう言われるとエンリケは少し落ち込んだ。

 とはいえ、初めて握る剣に興奮しなかったといえば嘘になる。騎士団の支給品なのでエンリケには少し大きすぎる気がしたが、この数年で身体も成長してきたので今は問題ない。

 騎士たちは数人の班に分かれて街の中や外を巡回している。エンリケの班は定期的に周囲を見回り、魔物がいれば討伐する役目を負っていた。魔物とはいえこのあたりには小さいものしかいないのでそれほど苦にはならない。それに見習いでも曲がりなりにも騎士団の構成員であるから、僅かながら給金がもらえる。それまで自分で稼いだことの無いエンリケは初めての給料に感動したものだ。

「おお、繁殖してるな」

先頭を歩いていた班長が示す先には魔物の巣らしき穴があり、蜂のような魔物がぶんぶん飛び回っていた。

「エンリケ、行ってみるか?」

「良いんですか?」

「おう」

班長は人の良い性格で、エンリケの実力をみて修行の場を与えてくれる。あの魔物なら見習い一人で倒せると踏んだのだろう。

 エンリケはゆっくり巣に近づき、まず巣穴は素通りした。周りを飛び交っている小物も無視だ。狙いは巣穴の奥にいる『女王』である。

地面につくられた巣穴は地下で枝分かれし、外敵から自分たちを守りながらその数を増やして行く。それほど強くは無いにしても増えれば厄介者なのだ。しかも大型の動物でさえしとめてしまうような毒をもっているときた。

 エンリケは耳を澄まし、『女王』の魔力を探った。地面の下から聞こえてくるいくつもの音。その中にひときわ大きく響く存在がある。

「ここかな」

エンリケは一見何もないように見える地面の上に立ち、勢い良く剣を突きたてた。ぐっと体重を乗せて、柄までのめりこむほど。

 すると、突然魔物が騒ぎ出した。ぶんぶんと慌てふためくように行ったりきたりする。エンリケは剣の下で『女王』が息絶えたのを感じた。巣穴の奥に鎮座していた『女王』を、彼は真っ直ぐ刺し貫いたのだ。

 女王を殺された魔物たちは、下手人を始末しようと一斉に襲い掛かる。エンリケは剣を引き抜くと、

「シルウィア、シャマーラ」

『はい』

『はーい』

精霊たちが返事をするのと同時に、剣がうすく炎を纏う。エンリケが一振りするごとに周囲の魔物を焼き払った。死角から襲ってくる魔物は、見えない空気の刃が切り裂いていく。精霊を外に出さずとも、彼は力を使えるようになっていた。

 ものの数分で片がつく。

「終わりました」

「おう。魔石拾っとけよ」

「はい」

エンリケは巣穴を一度焼き、かぶさっていた土をすべて取り除いた。すると複雑に入り組んだ巣穴の姿が明らかになる。

「ありの巣みたいだな」

魔物の死骸は燃えてなくなってしまったが、そのかわり魔石が大量に落ちている。小指の爪ほどの大きさがほとんどだが、『女王』の魔石はその三倍ほどあった。さっさと拾い集め、袋に詰めて回収する。

 いまやマドーラ・チサでこの若い見習いのことを知らぬ者はいない。魔物を誰よりもいち早く見つけ、討伐する。彼の『耳』は騎士団でも珍重されていた。

「隊長!北から小さな群れが来てます」

エンリケの『魔力掌握』は、師であるアイリンには及ばなくとも並の魔導師のそれとは比べ物にならない。騎士団に入って魔物の気配を感じることが多くなった為だろうか。『魔力掌握』だけはめきめき鍛えられた。

(まあ、これしか出来ないんだけどね)

 仕事を終えて千夜荘に戻った時、こちらも仕事から戻ったらしいモルヴァリッドと鉢合わせした。

「あらぁ、エンリケ君おかえりぃ。あのね、マルジャが頼みたいことがあるって言ってたわよぅ」

「あ、たぶんあれだ。ちょっと行ってきます」

エンリケは走り出す。向かったのは風見の塔だ。

「シェルさん、もう一ヶ月も帰ってないからなあ」

エンリケは塔の天辺にのぼり、砂漠のほうを向いた。夕日が砂漠をオレンジ色に照らしている。

「よし、行くぞ」

エンリケは塔から飛び降りる。しかし落ちるかと思えばそうではない。少年は風に乗ると風向きが変わる高度まで上昇した。

シャマーラと契約してから、最初に練習したのがこれだ。アイリンと一緒に飛ぶ度に顔色を悪くするのは申し訳ない気がして、なんとか自力で飛びたいと願っていたからだ。

他の建物とは離れており、なおかつ高台にあるこの塔は空中に飛び出すのにちょうど良い場所だった。

砂漠の上空を飛行しながら、エンリケはシェルの姿を探した。広い砂漠の中で、人を見つけるのは容易なことではない。しかもシェルは大抵『なぜそこに?!』というような――魔物の巣のど真ん中にいたり時には流砂に半ば飲まれかけて――場所にいるので、うっかり気づかずに通り過ぎてしまうこともある。

(あれで堅気なんだからなあ……)

実は、シェルはただの変人ではない。ギルドのマスターが魔石に詳しいのと同じように、シェルは魔物に詳しい。秘境の地であるマドーラ地方の山奥や砂漠に棲む魔物の生態系を解き明かすべく、日夜研究と観察を続け、ついでに死に掛ける変人なのである。今まで死んだことはないそうだから(当然だが)、魑魅魍魎の跋扈する土地でも生き抜く術を身につけているに違いないが、エンリケはよく頼まれてシェルの回収に向かうたびに、行き倒れているシェルを発見するのが常であった。

(魔物じゃなくて空腹と渇きでいつも死に掛けるって、逆にすごい気がする。……あ)

 魔物に『お持ち帰り』されているシェルを見つけたエンリケは、ひとまず魔物を撃退し、シェルと共にマドーラ・チサへの帰還を果たした。

 道中、

「シェルさん、研究のほうはどうでした?」

「うむ。少年よ、実に有意義な経験ができた。あの魔物は私を好いてしまったらしくてな、わが子を見せようと巣に招いてくれたのだ」

「……あー、うん。多分、手ごろな大きさだったんですよ(餌として)」

「む、そうか」

エンリケは、沈みゆく夕日に向かって溜め息をついた。


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