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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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宴の時間

九章、宴の時間


 カフカ本家には、多くの人間が集まっていた。屋敷の中の大広間では招かれた楽士達が華やかな音楽を奏でていたし、外では旅芸人たちが弾むような踊りを披露していた。そしてなによりも、周辺に住んでいる領民達もこぞって見物に来ているから、祭りのような騒ぎである。

 エンリケは人ごみを縫うようにして、とにかく人気の無いところへ行こうとしていた。というのも、

『坊ちゃん、坊ちゃん、どうしてこんなに人が多いのですか?あれは何ですか?……あっ、これが料理というものですか?』

「ちょっと……少しの間で良いから、静かにしてくれないかな」

エンリケの身体の中から少女の声がする。エンリケは他の招待客に気取られないよう、小声で返事をしなければならない。

 シルウィア―――つい先日、エンリケに取り憑き、契約を交わした炎熱の精霊である。精霊は滅多に喋らない(カリストを思い出して欲しい)はずなのだが、シルウィアはここ数日で主であるエンリケが驚くくらい言葉が達者になった。

 やっとのことで屋敷の裏手にたどり着き、ほっと息をつく。

「シルウィア、出てきて良いよ」

「はい」

エンリケからすうっと出てきたシルウィアは、エンリケより幾分背の高い少女の姿をしている。精霊は女性の姿をとることが多いといわれるが、彼女もその例にもれずといったところだ。

「シルウィア、今日はフランクの誕生日で、大事な日なんだ。あまりはしゃがないで欲しいんだけどなあ」

エンリケが言うと、シルウィアは口を尖らせる。

「坊ちゃんがそう言うなら。……確かに、うるさくしすぎたかもしれません。わたし、職人が黙々と働くような鍛冶場生まれですから、こんなに人が多いのは慣れてなくて、つい舞い上がってしまって」

「頼むからね。……それと、随分言葉が上手くなったね……」

「人の間で暮らし始めると、どんどん人間くさくなるものです」

ふーん、そうなの、とエンリケは初めて聞く精霊事情に納得してしまう。

「とりあえず今日一日は静かにしていてよ」

シルウィアは頷いて、エンリケの中に戻った。

『……』

「よし」

 再び人の群れの中に戻る。すると、ワイングラスを傾けながら佇んでいるアイリンを見つけた。エンリケはそちらへ歩き出す。

 正装用のローブをまとったアイリンは実に恰好が良い。その場には魔法使いが何人かいたが、「あれが……」「『轟雷』……」と畏れるような憧れるような目で見ている。

「師匠」

「やあ」

アイリンは酒のせいか少々陽気になっているようだ。

「もう贈り物は渡してきたか?」

「いえ、これからです」

エンリケは脇に抱えた箱を持ち上げて見せた。アイリンはふふ、と愉快そうに笑う。

「魔法使いが贈る品としては、なかなか面白いものを選んだと思う。早く渡してあげなさい」

「はい、そうします」

ガストンの剣や、その他大勢の人から贈られる品と比べれば質素だけれど、エルマンの街でエンリケの目にとまった腕輪。

「フランクはどこかな……」

彼は招待客に挨拶をして回っているはずだ。広い敷地を歩き回って探さねばならないだろう。

 「エンリケ様!」

うろうろしている少年を見つけて、声をかけてくる者がいた。以前ギルドの受付に立っていた女性である。こちらもぱりっとした正装姿だった。

「タビサンザシの件以来ですね。今もアイリンさんのもとで魔法の勉強を?」

「はい」

エンリケは答えて、じっと彼女を注視した。彼女はギルドの代表なのだろうか?けれど、たしか招待されていたのは―――

「あの、お礼状、ありがとうございました」

「あら」

彼女はくすっと微笑むと、

「当ギルドは、労働の対価はきっちりとお支払いします。どうかご贔屓に。ああそうだ、名刺を渡しておきましょうね」

彼女は八角形の洒落た名刺を渡した。そこには―――

「ジーノ・チェチェーレさん――ギッ、ギルドマスター……?」

「あれ、言ってませんでした?これは失礼をしてしまいましたね」

正直ただの受付嬢だとばかり思い込んでいたエンリケは、自分の認識を恥じた。

「いえ、僕こそ……。またお世話になるときがあると思いますので、その時はよろしくお願いします。―――あの、ところでフランクを見ませんでしたか?」

「フランク様ですか?ええ、見ましたよ。大広間の手前の廊下で」

「ありがとうございます!」

駆け出す少年の後ろ姿に、ジーノは頬に手をあてて微笑んだ。

「……かわいい魔法使いさんねえ」


 エンリケは、ひと通り挨拶を終えて休憩しているフランクを見つけた。

「フランク!」

「……エンリケか」

フランクは従弟の姿を見てにやりと笑う。

「ちょうどいい時に来たな。ちょっと顔貸せよ」

「え?」

フランクはエンリケの腕を掴むと、走り出した。

「えっ、君、どこに行くのさ」

「いいから」

二人は屋敷の外に出て、裏口からまた入った。誰もいない廊下をこそこそと走りぬけてやがて一つの壁の前にたどりつく。タペストリーと、小さな肖像画が掛けられているだけで、エンリケには何の変哲も無いように思われた。

「エンリケ、タペストリーを持ち上げてくれよ」

「え、うん」

言われたとおりにすると、フランクがその下にもぐりこんだ。何をしているのかとエンリケは覗き込む。フランクが「誰にも言うなよ」と念を押して、壁に右手を押し当てた。

 すると肖像画の人物が動き、背中で隠していた扉の絵を二人に見せた。

がっこん

壁の一部が向こう側にへこみ、くるりと回転した。隠し扉になっていたのだ。

「す、すごい」

「だろ。魔法で子供だけ入れるようになってる。何代か前の当主が作ったらしいんだけど」

少年達は目を輝かせながら扉をくぐった。その先は急な登り階段になっている。

「あれ、でもフランクはもう十五歳でしょ?」

「僕が生まれたのは真夜中だ。だからまだセーフさ」

階段を登りきったところには小さな部屋があった。

「ここはちょうど大広間の真上なんだ。床板の隙間から下が見えるだろう」

「本当?」

試しに床にはいつくばって白く光る線に目を押し当てると、たしかに大広間で談笑している人々や山積みにされた贈り物なんかが見える。

「すごいな。こんな部屋があったなんて」

「最近知ったんだけどね。でもじきに僕は入れなくなってしまうから、お前に教えておこうと思ってさ」

エンリケは思わず感動してしまった。が、あるものを思い出す。

「そうだ。君に渡すものがあるんだ」

エンリケはくだんの箱を出すと、フランクに渡した。

「魔法道具なんだ。そのうち役に立つと思うけど……」

フランクは箱を開けた。

「腕輪、だな。アクセサリーか?」

エンリケはふるふると首を振った。

「それは……そうだね、『虫の腕輪』とでも言っておこうかな」

フランクは目を点にする。まったく訳が分からないようだ。

「あれか?虫よけの腕輪とかなのか?」

「違うよ。まあとにかく、王都に行く旅に持っていってくれたら嬉しいな」

「……分かった。お前がそう言うなら」

秘密部屋には、今まで忍び込んできた子供達の落書きや、置き忘れられた玩具や本などが散らかっている。

「何人ここに来たんだろう」

「さあ……」

 時計の鐘がゴーン、ゴーン、ゴーン……と鳴り響いた。

「そろそろ戻らないとな」

二人は再び急な階段を降り、ざわざわした人ごみの中に戻った。


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