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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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炎熱のシルウィア

八章(その4)、炎熱のシルウィア


 エルマンの街が遠ざかって行く。二人は再び上空にいた。

「エンリケ」

アイリンが振り向かずに言った。

「私に隠していることがあるね」

エンリケはぎくりと凍りついた。

「その、僕は、何も……」

誤魔化しても白々しくなるだけだ。エンリケはうつむいた。

「―――黙り込むか」

アイリンが溜め息をつく。杖を振ると風を止めた。

「さっき、触ってはいけない物に触ったな。許可した覚えは無いよ。腕を出しなさい」

エンリケは大人しく腕を出した。アイリンが杖で軽く叩くと小さな文様が浮き上がる。

「これが何だか分かっているのか?」

エンリケは首をふった。アイリンが険しい顔で続ける。

「これはね、魔性の者を身に宿した時に現われる文様だ。鍛冶場で君が好奇心のままに触れたものが、もし悪鬼や呪いの類だったら、君はもう死んでいる」

アイリンの鋭い視線はエンリケに注がれていた。

「そうならなかったのはね、『それ』が悪意を持たない存在だったからだ。けれど、これからそうならないとは限らない」

だから、とアイリンは続ける。

「エンリケ、君は『それ』を“完璧に”支配下に置かなければならない。悪意に染まらないように、君の味方をするように。でないと、君は自分の身を滅ぼす羽目になる」

 アイリンはそれだけ言うと、再び風を動かした。


 屋敷に戻ってくると、アイリンは黙ってすたすたと歩き去った。エンリケは一人取り残される。

「……」

アイリンの言葉が胸に突き刺さっている。魔性の者――――。

「エンリケ」

アイリンが戻ってきた。一冊の本を抱えている。

「来なさい。授業の続きをしよう」

二人は屋敷の外の草原へ出た。

「君にも精霊魔法を教える頃合だ。もっとも、正攻法とは言えないが」

アイリンはわずかに落ち込んでいるような声色だった。

「さっきは厳しく言ったが、そうしなければいけない理由があってね。―――エンリケ、ツルカが死んだ晩、どうして君が狙われたんだと思う?」

エンリケは瞬いた。

「……分かりません。でも、あの男は、カフカが嫌いみたいでした。それが理由でしょうか」

アイリンは首を振る。

「私の推測に過ぎないが、恐らく正しかろうと思う。あの男は、君の魔力に目を付けたのさ。君が内包している魔力の多さにね。今まで敢えて言わないできたけれど、君の魔力の量は、普通の魔法使いの数十倍はあると思っていい。さすがはツルカの息子というか」

アイリンは苦笑すると、本を開いた。

「だが、大きすぎる魔力は羨望や、妬み、利用してやろうという悪意を引き寄せる。今日の精霊魔法を見て、私が精霊にたくさんの魔力を注ぎ込んでいたのが分かっただろう。魔力はね、何かを召喚するのに必要不可欠で、召喚する『存在』が上位になればなるほど必要な量が多くなる。魔法使いは善人ばかりじゃない。悪しき強い存在を手に入れようとする魔法使いもいる。君の魔力はこのままだと恰好の標的だ。『存在』のほうもね、常に自分の腹を満たせる魔力を欲しがっているし」

アイリンは本とエンリケの腕に刻まれた文様を見比べ、「やはり炎の属性か」とつぶやいた。続けて、

「君の身体に棲みついてしまった『存在』は、君が完全に支配下に置くことが出来れば、心強い味方になってくれる。けれど、出来なければじわじわと君を殺していくだろう。私は師匠として、それだけはさせないつもりだ」

「師匠……」

「さあ、今なら呼べば出てくる。呼びたまえ」

 エンリケはごくりと唾をのみこんだ。自分の中にいる『何か』―――に向かって、呼びかける。

「……出てきて」



 目の前に現われた、真っ赤な光と熱。一呼吸ごとに火の粉を散らし、『それ』は現われた。形は持たない。けれど、エンリケが見つめるうち、徐々にはっきりとした輪郭を持ち始める。

 精霊が生まれる瞬間を、エンリケは初めて見た。


 すとん、とその精霊が降り立った時には、まばゆい光と熱は消えていた。

「えっと……」

エンリケはまごまごしてしまった。

(本当に出て来た……)

「き、君なの?外に出たい、って言ってたのは」

こくん、とうなずく精霊。エンリケは焦る。

「ああ、そう……師匠っ、この後はっ、どっどうすれば良いんですか?」

「名前があるはずだ。聞いてみろ。それと、落ち着きたまえ」

 まったく……とアイリンは苦笑する他無い。

エンリケは精霊に向き直る。

「きっ、君の名前は、何て言うの?」

「……シルウィア……」

(肉声だ……)

エンリケは驚いた。

 アイリンは精霊の名前を耳にするや否や、弟子に命じた。

「よし、シルウィア、だな。エンリケ、その精霊と契約を結びなさい。ひとまずそれで君の支配下に置かれるだろう。君を絶対的主と認めさせるんだ」

エンリケはうなずくと、汗ばんだ手を握り締めた。

「シルウィア」

「……」

「シルウィアは、僕の友人であり、家族であり、家来になるんだ。分かった?」

「……はい。したがい、ます。わたしの力は、あなたのものです」

シルウィアはたどたどしい言葉で誓った。

(うーん、なんだか無理やり言わせたようで気が引けるけど……いやいや)

エンリケはぶんぶんと頭を振った。―――隣で師匠が見ている。へましたら雷が落ちるに違いない。

「よし。じゃあシルウィア、僕の言うことはちゃんと聞くんだよ」

シルウィアはうなずくと、赤い霞になってエンリケの中に戻った。


 「―――は、はあ」

エンリケはどさっと座り込んだ。

(き、緊張した)

ちらりと師匠を盗み見ると、こちらも気を張っていたのかやや疲れたような顔をしていた。


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