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魔法が使えない魔法使い  作者: 浮島 藍
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エンリケ・カフカという少年

魔法その他諸々が出てくるファンタジー。エロなし、グロなし、ハーレムなし、恋愛はあるかも(多分)。それでもよければどうぞ。不定期更新ですが、なるべく早くアップするつもりです。文字数が多いので、ゆっくりお読みください。

一章、エンリケ・カフカという少年


 ここはアズブルク。都会ではなかったが、豊かな自然と、活気に溢れた人々の営みがある地である。緑の大地に点々と、モザイクのように小さな町がちりばめられており、その景色は観光地としても名高い。まずは、そのような地に住む主人公について語ることにしよう。


 エンリケ・カフカは特徴が無いことが特徴と言えるほど平凡な少年だった。家はアズブルク地方を治める領主貴族の分家であり、名士としても名高い。一族の何名かは巷で噂されるほど文に秀で武に秀でていたが、彼の場合……残念ながら一切その名がささやかれることは無い。

 エンリケ・カフカ、十一歳。好きなもの、読書。苦手なもの、従兄のフランク。育ちは良いので何事も無難にこなすが、その無難さがなによりも彼が「ああ、あのフランク坊ちゃんじゃないほうのナントカ坊ちゃん」と言われてしまう原因となっている。フランクも似たような暮らしをしてきているはずなのだが、いかんせん生まれつきの才能というものが違いすぎた。

 父、カールはそんな息子をどうしたものかと考えていた。別に名を立てて欲しいと考えているわけではない。ただ、あまりにも存在感に欠ける息子を心配してるだけなのだ。というのも、カールは婿養子。カフカ家にやって来てから家の名に恥じぬよう努力してきた真面目な人柄である。それだけに、エンリケのやや無気力な性格を頼りなく感じてしまうのだった。


「あなた、エンリケなら大丈夫ですよ」

そう言うのは母、ツルカだった。彼女は身体が弱かったが、この辺りでは名の通った魔法使いである。そう、カフカ家には何世代かごとに魔法使いが生まれるのだ。彼らは家の名を背負って、領民のために働く。そのぶん責任も大きかったので、ツルカはむしろエンリケが魔法使いでなく普通の子供だったことを喜んでいた。目立った才能が無くても、かわいい息子に違いない。


 そして、当のエンリケといえば。

 むくれていた。

 彼をふくれっ面にさせたのは、従兄弟のフランク・カフカである。前もって誤解の無いように言っておくが、フランクには何の非も無い。

 エンリケは領地にある森の中で、面白く無さそうに座っていた。投げ出した足の側に木剣が放り捨ててあるところを見ると、ついさっきまで剣術の稽古をしていたのだろう。

「カリスト、まだかなあ……」

エンリケは森に住む友人を待っていた。ここで待っていれば、いずれやって来るはずなのだ。木漏れ日がちらちらと踊っていた。

―――来た。若草色の長い髪をなびかせて、その少女はやってきた。足取りも軽く近づいてきた彼女からは、新芽の匂いがした。

カリストは遥か昔から森に住んでいる精霊だった。人間ほどの強い自我は持たないが、とても優しい性格なのだ。


 カリストは滅多にしゃべらない。それでもエンリケが一人でいるときはそっと隣に座ってくれる。今日のように。

「やあ、カリスト」

エンリケが声をかけると、カリストはふわりと微笑んだ。そして手のひらいっぱいの木苺をエンリケに見せた。

「わあ、すごいや、これ全部君が集めたのかい?」

木漏れ日が木苺に落ちてきらめく。まるで赤い宝石のようだ。エンリケはその一つをつまんで口に放り込む。するとカリストはちょっと不満そうな顔をした。宝物を隠された子供のようだった。エンリケはそんな彼女に構わず、木の根にごろりとよりかかる。口の中の苺がぷちっと小気味よく弾けた。

 隣でかさかさと音がしたので、エンリケは顔を横に向けた。カリストが草のつるにせっせと木苺を通していたのだ。

「……あ」

カリストの白い首を、木苺の輪が飾っていた。

「そっか、カリストは首飾りを作りたかったのか。まるで母様のルビーみたいだね」

エンリケが褒めるとカリストの機嫌が良くなった。


 その時、「おーい」という声が、森の外から聞こえてきた。

「エンリケ、いるんだろう?」

声の主は、カフカ家本家の子息であり、エンリケの従兄にあたるフランクである。エンリケはげんなりして頭を抱えた。見つからなければいいと思うのだが、小さな森である。フランクはすぐにエンリケを見つけ出した。ざくざくと腐葉土を踏んで近づいてくると、

「やっぱりな」

とカリストの方を見た。エンリケが森に来るのはカリストと遊びたいからだということを彼は知っていた。

「もう稽古の時間だ。師範がお待ちだぞ。ほら、行こう」

フランクはどんくさいエンリケの腕を引っ張って立たせた。すると落ちている木剣に気づき、

「なんだ、お前自分で練習してたのか?」

「うん、まあ……」

エンリケは木剣を拾いながらあいまいにうなずいた。練習はしてみたものの、まったくさっぱりなのですぐにやめてしまったことは言わない。フランクはそんなことは知らずにエンリケをぐいぐい引っ張って森を出た。


 カフカ家の庭では、よく日に焼けた背の高い男が待っていた。少年達の剣術の師範で、名前をガストンと言った。いつもは木剣を手に、すぐに修練を始めてしまうのだが、今日は違った。ガストンは大きく頑丈な箱をいくつか持ってきていた。

「ガストン先生、これらは……?」

フランクが尋ねると、ガストンは二人に座るように言った。二人が地面に腰を降ろすと、ガストンは一番近くにあった箱の金具を外し、ふたを持ち上げた。

「……っ」

そこには、きっちりと布に巻かれた刀が収まっていた。フランクはいかにも実用的なそれに目を奪われて、

「もしかして、この箱の中身は全部?」

「そうです、フランク坊ちゃま。私めがそろえられる限り、様々な刀を持ってきました。どれも形が違います。フランク坊ちゃまはもうすぐ十五の歳。一人前に剣を提げてもよい歳になります。ですから、そろそろ坊ちゃまにちょうど良い刀を選ぶ頃かと思いまして。」

「うわあ…っ。他の箱も開けていいですか?」

「どうぞ」

フランクは興奮を隠しきれずに次々箱を開けていった。刀身の長いもの短いもの、幅の広いもの細いもの。エンリケも横から覗き込み、ぴかぴかした刀たちを眺めた。どれもなかなかに良い品のようである。


 「うん、これがいい。」

フランクは刀身が長く、指三本と同じくらいの幅の刀を持ち上げた。ガストンはふーむとあごひげを撫で、立ち上がった。

「では、坊ちゃま、それで私と手合わせしてみましょう」

「は……はい」

フランクは初めて使う真剣の感触に緊張しているようだ。側で見ているエンリケもはらはらしてしまう。

 ガストンとフランクが向かい合った。エンリケは審判をすることになった。まあ、相手がガストンであれば必要もないだろうが。

「――はじめっ」

エンリケの合図で、先に動き出したのはフランクだった。鞘から刀を抜くと、ひゅんひゅうん、と振り回す。ガストンはそれを軽くいなすと、ひょいと剣先でフランクの刀をすくい上げ、地面に叩き落してしまった。

「あ、れ……。おかしいな。いつもはもっと……」

フランクはものの数秒で決着がついてしまったことに愕然とした。彼の落胆を表すように、刀は地面で鈍い光を放っていた。

「どうやらこの刀は、坊ちゃんには合わないようですな。おそらく、もう少し細身で短い方が良いでしょう」

ガストンはフランクの戦い方を振り返り、意見を述べた。フランクは少し方を落としたが、師範の言葉は正しいのだ。


 ガストンはふとエンリケを振り返った。

「エンリケ坊ちゃん、なぜフランク坊ちゃんが先ほどの刀を扱いにくいのか、お分かりになりますかな?」

ガストンとしては試しに聞いてみただけだったのだが、エンリケは刀とフランクを見比べ、口を開いた。

「フランクの剣術は、とても細かい動きが多いです。なので、刀が長くなり重くなると、操りにくいのではないですか?」

ガストンはほう、と声をあげた。――正解だ。フランクは相手と向かい合った時、有利に立ち回りたいがためにフェイントを多用するという癖がある。そのため、無駄な動きが多くなってしまうのだ。それでも同い年の少年たちと比べれば格段に巧いほうではあるが。

 ぴたりと言い当てたエンリケを、ガストンは目を細めて眺めた。エンリケの剣術は、良くも悪くも単純であった。真ん中を真っ直ぐ一刀両断する。この刀は、むしろエンリケ向きかもしれない。とはいえ、まだエンリケは十一歳。身体もまだ小さいし、何よりも剣術に対する熱意があまりない――少なくともフランクほどには。彼が十五歳になったときに刀をうまく扱えるかどうかは未知数であった。

 そのあとはいつも通り打ち合いをし、その日の修練は終わった。二人の少年はだらだら汗を流しながら師を見送った。



 夕方、沈みゆく太陽がエンリケの部屋にオレンジ色の光を投げかけていた。エンリケは寝台に無造作に倒れこむと、太陽が沈みきるまでじっと考えていた。

(剣も普通、勉強も普通。やりたいこともとくに無いし)

ちなみに容姿も普通だ。人ごみに紛れたら絶対に見つけられないだろう。それに比べてフランクは剣がうまい。頭の出来もよい。そして貴族的でやわらかな顔立ち。

「ちぇっ」

エンリケは面白くなかった。フランクが剣を持つようになったら、きっと噂されるに違いない。カフカ家の子息はやはり一味違う。さすがだと。―――別に自分もフランクのようになりたいとは思わないが、一つくらい人より出来る特技があってもいいのではないか。

 

 この日以来の稽古では、フランクはエンリケと打ち合いをする時は木剣で、ガストンとは真剣で稽古した。

「ははっ、エンリケ、お前は少しも上達しないな」

「う、うるさいな。フランクのほうが三つも年上なんだから、フランクのほうが上手くて当たり前だろ?」

カン、と木剣がぶつかり合う。いったん離れて、また間合いを詰める。フランクがエンリケの右肩を狙った。エンリケは避けようとして左に身体を傾けた。しかし。

「わわっと」

すかさず身体の向きを変えたフランクが、エンリケの木剣を突いて落とした。

「あ、……あぁ」

エンリケは空になった手を見つめ、しりもちをついた。

「甘いよ。なぜ手抜きをする?」

フランクは木剣を肩に担いでエンリケを見下ろした。エンリケはくっとうつむいた。何も言うことができない。自分はそんな人間なのだろうか?どうしてこんなにも劣等感が大きいのだろう?


 フランクがガストンと向かい合って話していた。この時エンリケはそれを黙って見ている。いつものことだ。

 今度はひゅひゅひゅ、とフランクとガストンの刀が交錯する。お互いに打ち、弾き合う。まるで白い雷撃を見ているようだ。フランクは真剣を手に入れたことでまた腕を上げたらしい。


 冷たい風が吹き抜けていった。エンリケは首筋に寒気を感じた。びっしょりとかいた汗が急に冷えて気持ち悪い。いやそれよりも。

(フランクの表情…。すごく真面目だ)

ガストンに何度もかわされ、いなされても、必死でついていく。表情は苦しげにゆがんでいても、エンリケにはとても生き生きとして見えた。瞳にぶれがない。

 今まで、何度もフランクと手合わせをした。それなのに、この従兄があんな目をしていたことなど、エンリケは知らなかった。数え切れないほど向かい合ってきたはずなのに、たった今、知ったのだ。

(僕は、一度もフランクのまなざしを正面から受け止めたことが無かった―――?)

 いや、本当は分かっていた。フランクが自分から目をそらしたことが一度も無かったことを。「貴族としてああしろこうしろ」とうるさく言うことは多かったが、それはエンリケが放棄していたからに他ならなかった。

 フランクはきっと自分のことを馬鹿にしているのだろうと思っていた。けれど。

(違う)

本当は……相手を馬鹿にして向き合おうとしなかったのは、自分のほうだったのだ――――。

 フランクは自分とは違う。自分より才能があり、あらゆる点で立ち勝っている。でもそれは、彼が努力を怠らなかったからなのだ。

 エンリケはそのことに衝撃をうけた。なぜ今まで理解できなかったのだろう。

 少年はがばっと立ち上がると、追われる動物のように駆けだした。冷たい空気が湿気を含み始めるなか、エンリケはざわついた心をもてあまし、無我夢中で走った。フランクとガストンが気がついたときには、エンリケの姿はどこにも無かった。


 前方に、カリストの森が見えていた。あと少し走れば、森に入ることが出来る。誰にも話せないこの思いを、カリストに聞いてもらおう。

 ぽつ、と雨が降り出した。それはすぐに強くなり、エンリケの頭や肩を濡らしていく。エンリケは泥をはね散らかし土砂降りの中を疾走した。


 不運は突然やってくる。

 足を止めた時にはひどい雨風になっており、少年は棒切れのように立ち尽くした。屋敷から森までは広い草地になっている。このみじめな少年が雨を凌げるようなものは無かったし、まして天から襲来する脅威を代わりに引き受けてくれるような、背の高い木も無かった。

 空気を切り裂いて、幾つもの白い稲妻が地面をえぐった。そして運の悪いことに、その一つの真下にはエンリケもいたのだ。

 少年は泥の中に倒れ伏していた。周りには焦げ痕があり、彼の身体も重症だった。エンリケの意識は無かった。


 長い裾が泥に汚れるのも構わず、髪を振り乱して走って来たのは、エンリケの母ツルカであった。彼女はひと目で息子が重傷であることを見て取ると、口元を引き結んで森の中に入っていった。

 程なくして戻ってきたツルカは、緑髪の少女を連れていた。


 身体が重い。きつく締め付けられているようで、動かすことができない。エンリケは深い闇の中にいた。どこまでもどこまでも続く闇。

 しかしどこか一点から、さわやかな樹木の匂いがしていた。ここに木なんてあるはずもないのにだ。けれどそれは不思議とエンリケの心を落ち着かせた。

「……。……はっ?」

 エンリケは、そこが自室であることに気がついた。後ろ頭に枕の感触があったからだ。まぶたをこじ開けると、見慣れた天井が目に入る。顔を傾けると、自分の手を握っているツルカと目が合った。

「気がつきましたね、エンリケ」

「母様……。うっ、ごほっ」

エンリケは咳き込んだ。そしてそのとき初めて、体中に包帯が巻かれていることに気がついた。どうりで動きにくかったはずである。

「無理をしてはいけません。覚えていますか?あなたは雷に打たれたのですよ。ああ、助かってよかった……」

ツルカはその白い顔に涙を浮かべた。エンリケはツルカの顔色が悪いことに気がついた。

「―――母様、もしかして魔法で僕を助けてくださったの?」

ツルカは息子の頭をなでながら、微笑んだ。

「ええ、あなたを死なせたりするものですか。でも、私だけではないのよ。森の精に頼んで―――」

「――な、なんですって?カリストを、どうしたんですか?」

声を張り上げたエンリケを見て、ツルカはあの精霊を息子が大層気に入っていたことを思い出した。

「エンリケ、落ち着いて―――」

「カリストをどうしたんです!まさか……っ」

エンリケは寝台から転がるように出ると、ツルカのドレスの裾を掴んだ。

 エンリケは以前、目にしたことがあった。優秀な魔法使いである母が、重病人や瀕死の人間を魔法で治療するのを。

 ―――精霊魔法。人間に力を提供しても良いと言う精霊に頼んで、その恩恵を受ける術である。精霊の属性によって与えられる力は異なるが、カリストの場合は森の精……つまり大地に属する。大地から得られる力とは生命力である。つまり、ツルカがその手法を用いたなら、エンリケはカリストから命をもらって助かったことになるのだ。エンリケのためならば、カリストは協力を拒んだりしなかっただろうから。

「聞きなさい。エンリケ、カリストは生きています。少し弱ってはいますが……時間がたてば元気になります。精霊はめったなことでは死にませんから、安心なさい」

ツルカの言葉を聞いて、エンリケは僅かに表情を緩めた。

「そ――そうなんですね。良かった……」

エンリケはへたへたと座り込んだ。安心して力が抜けたのだ。ツルカは息子をベッドに戻してやると、

「薬と、何か美味しいお菓子でも持ってきましょうね」

と部屋を出て行った。エンリケは体から漂ってくるカリストの香りに、思わずぽろりと涙をこぼした。


 傷も癒えて、エンリケは起き上がって動けるようになった。しかし、逆に母のツルカは体調を崩していた。もともと病弱なのだが、エンリケを癒すために少々無理したのが祟ったのだ。

「……私が寝込むのはいつものことなのだから、気にしないのよ」

ツルカは笑ってエンリケに言ったが、彼の表情は沈んでいた。


 幸いにも重体には陥らなかったが、しばらくは寝台から起き上がれなさそうだ。診察に来た医者はとにかく安静にと言って帰った。エンリケは医者の言葉通り、ツルカの身の回りの世話をした。勿論使用人がいるのだから、エンリケがする必要は無かったのだが、彼がそうしたがったのだ。ツルカもカールも、息子の変化に気づいていた。近頃は剣術にも精を出していると聞く。

「エンリケ、最近頑張っているようですね。ガストンが褒めていましたよ。父様も感心していましたし」

「父様が?」

エンリケは目を見開いた。ツルカは「あら」と眉を上げた。

「そうですよ。……まあ、カールったら言ってなかったのね」

「父様が……。そうなんですか!」

エンリケは目尻を下げて笑顔になった。ツルカは心底嬉しそうな息子の様子を見てくすっと笑った。――――と。

(……あら……?)

ツルカは二度ほど瞬いた。わずかに頭を枕から浮き上がらせる。

(なにかしら。なにかこう――これは)

「母様?どうかしたのですか?」

「―――いえ。……ああ、部屋が少し暗いようですね。明かりを持ってきてくれますか?向こうの棚に置いてある……そう、それです」

ツルカが示したのは、一見ただの燭台であったが、これは火をともす必要のない、いわば『魔法道具』の一種だった。組み込まれた魔石――魔力を有する結晶――の力で、部屋を照らしてくれる道具なのだ。―――普段ならば。

 エンリケが棚から下ろそうとして触れた途端、まばゆい閃光が部屋を満たし―――エンリケはばったりと倒れこんだ。


 「奥様!先ほどの強い光は一体―――?」

血相を変えて飛び込んできた使用人が見たものは、目を回して倒れているエンリケと、唖然として言葉も無いツルカの姿だった。使用人は急いでエンリケを抱え上げ、ツルカの側へ運んだ。

「エンリケ、しっかりなさい」

「……。うう。――母様」

エンリケはすぐに目を覚ました。彼は目をぱちくりさせると、

「ああ、びっくりした。また雷が落ちたのかと、思いました」

彼は自分で言っておきながらぶるりと震えた。あの一件依頼、雷が大の苦手になっていたのだ。気を失ってしまうほどに。

「母様、ごめんなさい。何が起ったのかさっぱり分からないんですけど、もしかして僕、あの道具を壊してしまったのでしょうか」

ツルカが目で合図をすると、使用人はさっと魔法道具を取ってきた。

「特に、変わりはないようですけどねえ」

使用人は首をかしげる。ためしに明かりをつけてみたが、優しい光の玉がぽっと浮かび上がるだけだった。先ほどの閃光とは似ても似つかない。

「――誤作動でも起こしたのでしょう。魔法道具とはいえ、たまにはそういうこともあります」

ツルカは、本当は確信が持てなかったがそう言った。

「そ、そうですか」

エンリケはほっと安堵して、ツルカの手を握る。すると。

「くっ!」

ツルカはそれこそ雷に打たれたようになった。横たわっていた寝台の布団を跳ねのけるようにして飛び起き、恐らく彼女の人生の中で最速と思われる動きで立ち上がった。

「えっ?」

「奥様?!」

「……はっ」

ツルカは我に返り、すとんと寝台に腰掛けた。エンリケも使用人も仰天して固まっている。ツルカにこんな素早い動きが出来るなど、思ってもみなかったからだ。

 ツルカはエンリケをまじまじと見つめた。母親ではない、魔法使いの目で。

「……エンリケ」

「は、はい」

「ひとまず、普段どおりに戻ったようです」

「はい?」

きょとんとしているエンリケに、ツルカは

「私の身体です。さあ、これから忙しくなります」

ツルカは何も分かっていないエンリケに断言すると、彼を連れてカールの部屋に向かって行った。


 エンリケは、父カールの目が点になった顔というものを初めて見た。

「なんです、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」

「あ、いや……お前、身体はもう良いのか?」

ツルカは「この通り」と腕を軽く広げてみせる。

「それで、あなたにお願いがありますの」

「なんだ?」

ツルカはエンリケの肩に手を置くと、力を込めて言った。

「この子に、魔法を教えてくれる先生を探していただきたいの。エンリケには、魔法の才能があります」


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