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ラ・カンパネラ  作者: Opus
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突然の訪問者 Opus 1

 俺と陽子は、ハンスの娘、マリー・ガニエールの家を去った。出る時に「あなた方には、私の気持がわかるはずない」と追い出すようにマリーは叫んでいた。

 ガチャとドアを閉める音が冷たく響き、その音が興奮した体を一気に冷やした。

 白い鉄格子の扉を閉めると、陽子が手にしている革の小箱を見て、溜息と共に愚痴が俺の口を突いて出た。

「さぁー、どうする?」

 ガニエール邸からは、来た時と同じように、ヴァイオリンの練習曲が流れていた。

「とにかく、頭を切り換えるために、カフェにでも入ろう」

 Sanglier通りに出て歩き始めた途端、三日前に会った林田が、俺たちを見て微笑んだ。

 やはり今日は、娘のピアノのレッスンのようだ。手を引かれて隣にいる娘が、俺たちがガニエール邸から出て来たため、目を丸くしていた。

「久木田先生、また会いましたね。こんにちはー」と弾んだ声で林田は挨拶して、陽子に寄って来た。 

 林田親娘は、母親はダウンのコートを着て、完全に真冬並の服装だ。娘は、日本のアニメのアップリケが入ったジャンパーだが、ピンクがきついためか、その姿はかなり目立った。

 陽子は、今までのマリーとの気まずい話など嘘のように、笑顔で林田と話し始めた。

 俺と林田の娘は、二人に置いてきぼりにされた状態だ。林田の娘は、夢中になって陽子と話す母の会話を、大人のように時々肯いて聞いている。

 それでも、じっと黙っているのが、耐えられなくなったのか、二人の会話に入ってきた。

「ねえ、ママー。久木田先生も、まあちゃんとおんなじで、ガニエール先生に習ってんの?」

 どうやら陽子も、マリー・ガニエールのレッスンを受けていると思ったのか、ニコニコしている。

 プロのコンサート・ピアニストの陽子が、林田の娘にも教えているようなレッスンプロであるマリー・ガニエールに習うなど、大人は想像しない。が、俺もそうだったが、林田の娘にとって、世界中で一番上手いピアニストは、きっと自分が習っているマリーさんなのだろう。

「レッスンじゃないの。ちょっと用事があって来ただけなのよー」

 陽子は笑って優しく答えた。だが林田は、一瞬ちらっと陽子が困った顔を見せたのに気がついたのか、「まあちゃん、先生はお友達じゃないのだから、そんなことを訊くもんじゃありません」と娘を軽く叱った。

「久木田先生は、しばらくはストラスブールに、いらっしゃるんですか?」

「いえ、今日この足で帰る予定にしていたんですが……」

 宝石が入った革の小箱を考えると、このままでは帰れないと俺は考えているが、どうやら陽子も同じようだ。

「ストラスブールは、どちらに、お泊まりなんですか?」

 娘にプライベートな質問はしないように釘を刺す一方で、陽子の宿泊先を訊く林田に、思わず笑った。

「ホテル・アルゲントラムでした」

 大きなボストン・バッグを俺が持っているから、チェック・アウトを済ませているのは、想像できるだろう。

「アルゲントラムって、プチ・フランスのほうにある、朝食が素敵な、落ち着いたホテルでしょう?」

「そう、やっぱり。アルゲントラムの朝食は、すごいですよね」

 数日前に知り合った者同士とは思えない会話を、陽子と林田がまた始める。二人は波長が合うのか、それとも、林田が日本語の会話に飢えているのか、話すのが楽しそうだ。

 横にいる林田の娘が、待ちくたびれているのはすっかり忘れて、アルゲントラムの朝食から、陽子が好きなストラスブールのグルメ情報に話が弾んでいる。

「まあちゃんも、アルゲントゥラムは、知っているよ!」

 ただ肯いて聞くのに飽きたのか、林田の娘が俺に話し掛けてきた。《アルゲントゥラム》と口を尖らせて、大人よりも正確な発音で娘は言った。

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