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ラ・カンパネラ  作者: Opus
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菩提樹の家 Opus 4

 カフェで軽い食事を終えると外に出た。時間は午後一時三十分を回っている。

 マリー・ガニエールが、ハンスを知らないと主張したら、どうするか相談した。指輪を、カイザースブルクに持って帰っても、ハンスがなくなった今、誰にも渡せない。少々強引に思われても、マリーだと確認したら、渡して帰るしかないと、私と渉の意見は一致した。

 私たちは、薔薇のアーケードをくぐり、白い鉄格子の戸の前に来た。菩提樹の家から、ヴァイオリンの練習曲が響いているのにホッとした。きっと、マリーと一緒に住んでいる、あのユダヤ人のヴァイオリニストが、レッスンをしているのだ。

 ドアの横の呼び鈴を押し、ドアが開くと、先日とは違う、豊かなブロンドの女性が立っていた。

 耳には大きな貝のピアスをし、ブロンドの髪に加え、薔薇色に近い頬の女性は、誰が何と言っても、一目でハンスの娘だとわかった。背は百七十センチはあり、背筋がピンとしたところまで、ハンスに似ている。こんなに緊張していなかったら、ぎごちない笑顔ではなく、本当の笑顔が浮かんだと思う。

「こんにちは。こちらは、ガニエールさんのお宅でしょうか?」

 渉がフランス語で尋ねた。

「ええ、そうだけど、あなた方は?」

 怪訝な表情を見せたのは最初に私たちを見た一瞬だけだ。なぜか素っ気ない話し方で、必要最小限の言葉しか話さないと決めたような調子で話してくる。

「先日、お宅を訪れた者なんです。他の方に応対していただいたけど、実は、ストラスブールで法律家であったガニエールさんの孫娘の、マリー・ガニエールさんを捜しています」

「そう、例の二人というのはあなた方だったのね。マリー・ガニエールは、私です」

 渉が話し終えると、ツンと鼻に掛かった発音の予期せぬフランス語が返ってき、言葉は続いた。

「……二人連れの東洋人、確か日本人が、この界隈でガンダーの孫のマリアを捜していると聞いたわ。小さな街だから、あまりそうしたことを続けられてもと思い、あなた方を見つけてどうにかしなければと考えていたの」

 マリーの話し方は、刺々しいが、どこか気品があるものだ。

「申し訳ありませんでした。先日、伺った時に、こちらでお会いした方が『知らない』と言ったので、あちこち探したのです」

 マリーは、渉の答に、フッと笑った。

「それは、失礼しました。でも、見ず知らずの人がやってきて、確か《マリア・ガンダー》なんて名前で尋ねたのだから、誰でも『知っている』なんて言えないわ。私はレッスンの最中だったけど、私が会っていても『知らない』と言ったかも知れない。ところで、あちこち尋ね歩き、あなた方は、どうして見ず知らずのはずの私を捜しているのかしら?」

 私たちを足の爪先から頭の上まで、マリーは、ゆっくりと見た。マリーは態度も言葉づかいも丁寧だが、どこかに見下したものを感じる。渉が、話し辛そうにしているのが、わかった。

「私たちが探したために、ガニエールさんにご迷惑を掛けたなら許してください」

 渉に代わって、私が話し始めた。

「私たちはドイツに住む友人に頼まれ、マリア・ガンダーさんを捜しました。実は、あなたのフランス語名を知らないまま、この近辺を尋ね歩いていたのです。だから、そのことはお詫びします」

 発音に少し自信がない単語もあるが、日本を発って一週間になり、この程度のフランス語なら、どうにか話せるようになっていた。

「あなたのお話は、わかりました。ただ、私にはあなたの話すフランス語が聞き取り難いの……。あなた方の国の言葉はわからないけど、英語で話すことはできないかしら?」

 少し持ち始めたフランス語への自信が、マリー・ガニエールにあっさり否定され、呆気なく崩れた。

「御免なさい。私はあまりフランス語が話せないので……。私も彼も、英語なら大丈夫です」

 私は、小さく英語で詫びた。

「あなた方は、私を見つけてどうするつもりだったの? お二人の用件はいったい何なの?」

 早く、用事を済ませたい、いや帰って貰いたい感じだ。《ご用が済んだら、帰っていただける!》と、相手は違うが三日前に追い返されたのを思い出した。

「ガニエールさんに会って、渡して欲しいと頼まれたものを、私たちは預かってきました」

「私に? 誰から?」

 マリー・ガニエールは、驚いたようだ。私は、鞄の中から緑の革の小箱を取り出し、彼女の前に出した。

 マリーが、戸惑いながらも「この箱を、私に?」と首を捻りながら受け取った。

 私は、ハンスの名前を出すのは、宝石を渡してからにしようと考えていたので、上手く受け取ってくれたのに内心喜んだ。

「その箱は、ドイツにいるハンス・ベルンハルトさんが、マリー・ガニエールさんに渡して欲しいと、私たちに頼んだものです。『ハンスの祖母の前の代から、ベルンハルト家の女性が持っていたものだ』と、渡す時に必ず伝えて欲しいと言われました」

 マリーは、受け取った革の小箱をしげしげと見つめた。


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