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ラ・カンパネラ  作者: Opus
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菩提樹の家 Opus 2

 私たちは、再び歩き始めた。戻ることなく、何が待っているのかわからない前を向きながら。

 ホテルの近くの道は、もうほぼ覚えていた。観光客がたくさん歩く道を避け、狭い通りに入った。

 途中の道路で工事をしていた。石畳を、一枚一枚、順繰りに剥がす作業がとても大変そうだ。

 時計は、十二時半を回っていた。お昼休みの休憩時間のはずだが、大きな体をした人が、重機を動かしている。フランスでは、アルザス人=働き者だそうだが、休まずにお昼も働いているのか。それとも、区切りのいいところまでをやっているのかなど、と考えた。

 この一週間、何か、見るもの全てを、今までより一つ深く眺めて、考えるようになった気がする。

 ダッダッダッダッ、ダッダッダッダー……

 石畳を砕く機械の音が響くと、隣にいる渉が、身を引き、頭を下げ、手で私の頭を抑えた。

「どうしたの?」

 何故か、渉がもの凄く驚いた顔をしているのだ。

「えっ、あー、うん!」

 回りをキョロキョロと見渡して、やっと安心した様子だ。

「今の音、サラエボで聞いた自動小銃の音を思い出したんだ」

深い呼吸をしながら渉が言った。

 掘削機の音は間断なく、今もしている。あの音に、渉は、実弾の音を、サラエボでの記憶が蘇ったのだ。

「サラエボに着いた時に、直ぐに通りを渡る時は、どうすればいいのか、教わったんだ」

「えっ?」

 渉が何を言っているのかが、わからない。

「銃弾がいつ飛んでくるかもしれない、危険な通りがあるんだ。通称スナイパー通り。そこを何人かで横切る時は、何番目がいいと思う?」

「きっと、二番目じゃないの?」

「俺も、なんとなく二番目だと思った。そしたら『危険な路地を横切る時は、二番目に横切ったりするな。三番目もだ。ライフルで狙っているスナイパーは、一人目は撃ち漏らしても、二人目は必ず撃ち殺す。三人目は、なおさらだ……』って、例の藪木さんが教えてくれた」

 藪木は、渉をサラエボに誘ったテレビ・カメラマンだ。しかし、サラエボのスナイパーは、何のために無差別に人を狙い撃っていたのだろうか。敵か味方かわからないはずなのに。

 戦争が人を狂わせるのはよくわかった。それは決して五〇年前の、第二次世界大戦だけではない。今も現実に、地球上にはあるんだ。

「俺は、藪木さんの言葉のおかげで、こうして生きているのかもしれない。俺の次に通りを渡って死んだ人を見た。足を引きづり、渡りきった時には、次の弾が当たって死んでいた。今こうして改めて思い出せば、とても現実にあったとは思えない事実ばかりだ」

 忘れたいがためなのか、自分の話ではないかのように、渉はサラエボでの出来事を振り返り、淡々と話していた。

読んでくださって、ありがとうございます。


次の掲載は、1月8日(日)となります。

良いお正月を、お迎えください。

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