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ラ・カンパネラ  作者: Opus
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菩提樹の家 Opus 1

 ド・シャルメに礼と、お別れの挨拶をして、渉と私は部屋を出た。

「今日、もう一泊されるなら、連絡をください」とホテルを発つ時に、支配人が親切に声を掛けてくれた。

 欧州議会が始まったため、月曜日の今日は、Grand-Ileのホテルは、どこもいっぱいのはずだ。きっと、昨日話していたエキストラ・ルームを、私たちに使わせてくれるのだろう。

 ストラスブールに来た時と同じように、渉は大きなボストン・バッグを持った。私はショルダーバッグに入っているハンスから預かった宝石を確かめ、菩提樹の家へと向かった。

 ド・シャルメから聞いた話は、しばらくの間、私たちから言葉を奪った。

「陽子、マリー・ガニエールに指輪を渡して、早くストラスブールを出よう」

 渉が私の手を、そっと握った。私も、少しでも早く、ストラスブールを出て行きたかった。決してストラスブールが嫌なわけではないが、今はこれ以上ぐずぐず長く滞在したいとは思わない。

「ド・シャルメから、話を聞いて良かった?」

「わからない。渉は?」

 わからないと答えたが、聞かないよりは、聞いて良かったと思う。ただ、今は、甘いと思った柿が、渋柿であったような後味の悪さが残っている。

「俺も、同じだ。頭の中が整理できない。ド・シャルメが『地図と改名リストの載った新聞を、お二人に頼んだ人がずっと持っていたのは、いつか誰かに託そうとしていたから……』って話していたね」

「うん」

 私は、渉がこれから話す内容に見当がついた。

「ハンスに、申し訳ないな。ハンスは俺たちに、ガンダーという名と場所を教えてくれた。預かった新聞を良く読めば、ガンダーさんが、ガニエールと呼ばれていたのはわかったはずだし、ストラスブールに最初に来た日に通りまでピアノの音が聴こえていたんだから、あの時、マリー・ガニエールは菩提樹の家にいたはずだ。直ぐにあの家を訪ね、宝石を渡してハンスに電話をしていれば、きっと生きているうちに、渡せたと伝えられたのに」

 渉は、宝石を渡すことができると考えているようだが、どうだろうか。この前、菩提樹の家に行った時に、応対したのはマリーではなかったが、マリー・ガニエールが、簡単に受け取るとは思えない。

 渉が、ジャンパーのポケットをごそごそっとして、ホテル・アルゲントラムの領収書を出した。

「さっき受け取ったこの裏に、何か書いてあるんだ。たぶん、アルザス語だと思うけど、わかるかな」

 そう言って立ち止まり、私に領収書を渡しながら訊いてきた。

「きっとアルザス語ね。それも詩だから、上手く訳せるかどうか」

 私は、立ち止まって、渉から渡された領収書に書かれた詩を黙読した。ちょっとカテドラルの尖塔を見て、日本語で訳した。


    アルザスよ  汝は  アルザスなり

    汝は独りにして  独りにあらず

    汝はアルザスなり


 短い詩だが、奥深い意味がある。

「独りにして、独りにあらずか。それがまさしくアルザスだ。この街のの人たちは、未だにそんな教訓を忘れずに生きているんだ。なんだか言葉が重くって、沈んでしまいそうだ」

 渉は、私から領収書を受け取ると、読めないはずの詩を眺めて話す。渉の言うとおり、いやサラエボで民族や宗教や宗派の違いによるのドロ沼の闘いを見てきた渉は、きっと私よりも深く感じているのだろう。

「重いわ……。ド・シャルメのさっきの話を聞いた後は、一つ一つの言葉も、ストラスブールの建物も、みんな重く感じる」

私は、渉に寄りかかるように、首を彼の方にもたらせながら言った。

「ああ、確かに重い。でも、ストラスブールのこの重さは、大切にしたい重さだ」

そんな言葉を聞くと、街が、また一つ魅力を増したように感じる。


時々、2時間ほどかけ一気にこの小説を読んでくださる方がいます。

また、半分ほど読んで、翌日次の話から最後まで読み切ってくれる律儀な人もいらっしゃいます。


その昔、プロの編集者に、話の展開が遅すぎるから、これでは読者がついてこない。

性的な面での女性の描き方が、女性の読者に嫌悪感を抱かれるとも言われたことを思い出しました。

確かに、爆発的にヒットするネット小説がある中、数少ない読者しかいないのは、力のなさかも知れない。


あの頃、Windows95の時代は紙媒体が中心で、人に読んでもらうにはメジャーデビューするしかないような時代であったけど、ネットが発達しこうして多くの方に読んでいただける機会が今はある。


次の掲載は、12月25日(日)のクリスマスになります。読んでくださってありがとうございます。

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