ガニエール氏 Opus 4
「ド・シャルメ。先ほどの菩提樹の家を、彼女と私は訪ねました。一人の女性に会いましたが、私たちに頼んだ方の娘には見えない人でした」
昨日とは違い、渉は慌てず、ゆっくりと話している。ただ、さっきぼかしたマリーの存在を、英語のためか、彼の娘とはっきり言っていた。
「ガニエール氏の家を訪ねたのですか?」
私たちが、未だ訪れていないと考えていたのだろう。少し、驚いたように見える。
「確かSanglier通りの、薔薇のアーケードの向こうに、大きな菩提樹がある家ですね。少し色の黒い肌の女性が出てきましたが、あの人が、マリー・ガニエールとは思えないのです。」
渉も、私も、菩提樹の家で会った女性を、マリー・ガニエールだとは思っていない。
「お二人が会った女性は、金髪、それとも黒髪の女性だったでしょうか」
「彼女と同じように、黒い髪でした」
渉も、私も髪は黒だ。ただ、渉はどちらかというと、茶色いほうで、私は真っ黒だ。
「その女性は大柄でしたか?」
「かなり大柄で、男の私より高いくらいで、たぶん一八〇センチ近くはある人です」
渉は一七七センチのはずだが、確かにあの女性は、渉より背が高い人だった。
「そうですか。じゃあ、あの二人は、今も一緒に住んでいるのでしょう」
と思わせぶりな言葉が返ってきた。
「たぶん、ガニエール氏の孫娘は、お二人が見た女性ではないでしょう。あなた方が会ったのは、第二次世界大戦の前に、この辺りに住む多くのアルザス人が世話になったユダヤ人医師の娘です」
ガニエール邸で会ったのは、ユダヤ人の女性だったのだ。私たちは、ド・シャルメの次の言葉を待った。
だが、それきりド・シャルメは黙った。それが何故なのかわからず、ただ沈黙が続いた。先ほどまでは聞こえなかった街の物音が、微かに響いてくる。
カーン、カーン、カーン!
カテドラルではなく、他の教会の鐘が三つ鳴り、また同じように静寂が訪れた。ド・シャルメは長い沈黙を破るように、再び口を開けた。




