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ラ・カンパネラ  作者: Opus
8/96

月光 Opus 2

『月光』を待つ人々の拍手は、相変わらず途切れない。舞台の袖に消えても、何度も何度も、アンコールを求めてきた。

 結局、この夜の私も、我慢比べに負けてしまった。

 ショー・ビジネスで生きるには、このような妥協も必要なのだろうか。いや、力がないから、いつも同じ曲ばかり弾くことになるのだと、敗北感が支配する。

 誰よりも上手になればこんなことはないのに、と切実な要求がもたげてきた。きっと完璧なピアノが弾けないから、いつまでもこんな繰り返しが続くのだ。

 ステージの中央にあるピアノに寄り、椅子を整え、座った。弾きたくない気持ちを、僅かでも抱きながらピアノに向かうのは、苦痛でしかない。私の思いなど関係なく、さっきまでアンコールを要求していた拍手が消え、ホールはシーンと静まりかえった。

 弾き慣れた『月光』の第一楽章を、演奏し始めた。静かな暗闇の中、スポットライトを浴びて、一音一音、キラキラとした音がピアノから離れていく。

 まるで月夜のルチェルン湖で、小舟が月光を浴びて岸を離れていくように、ピアノを弾く私は、六分間の旅に出る。スタンウェイは、私が叩いたハンマーを、より大きな音に変えて正確に返してくる。荒れる気持ちを抑え、もう少し、いやもっと優しく弾きたいというもどかしさを感じながら。

 月光ソナタのアダージョが、ぎりぎりの静けさでホールに響き始めた。音が聴く人と私の心の隙間に入り、共に満たしていく。雲の隙間から指し始めた月の光が、闇夜の街を照らしはじめるように………。

 弾くのを躊躇ったが、この曲は、決して嫌いではない。いや、大好きな曲だが、もっと練習を積んで、今までと違う音を聴いて貰いたい。

 ほんのしばらくでいいから『月光』に伴う喧噪と、離れたかった。ここは、東京。でも私は、ドイツの、見知らぬ街に跳ぼうとしている。

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