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ラ・カンパネラ  作者: Opus
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もう一つの名前 Opus 1

 ド・シャルメの所から部屋に戻ると、俺たちはしばらく黙っていた。

 マルセル・ド・シャルメは八十六歳だが、記憶力が衰えているわけではなかった。

 先祖は、アウステルリッツで活躍して、ナポレオンから勲章を受けた。名前に《ド》が付くのは、爵位を得た元貴族なのだろう。シャルメは、フランスのどこかの土地の名前かもしれない。

 学生時代に史学を学び、第二次世界大戦中はレジスタンスの闘士でもあった。終戦の頃は三十四歳だから、ド・シャルメ以上に当時について良く知る人を見つけるのは、難しいだろう。

 知識は溢れんばかりで、短い時間に、実に多くの話を教えられた。

《カテドラルに登れば、全ての綺麗なものも、汚いものも見える》と、ハンスは話したのが、あれが第二次大戦中に流布されたものであったのにも、驚いた。

 ナチスの高官か、レジスタンスの闘士が語ったのかはわからないというが、ハンスが語ったのは、実はあれだけではなかった。

 ハンスは、汚いものをストラスブールやアルザスに喩えるのではなく、《汚いものは俺だ》と、理解できない言葉を残していたのだ。

 それと、話を聞いている間に、ド・シャルメが二度ほど変な笑いを見せたのが気になった。

 一度は、俺がドーデの『最後の授業』の話をした時で、もう一度は「カテドラルのそばには、法律家はいなかったのか?」と訊いた時だ。

 ドーデについては、小学生の時に学んだ物語が、アルザスの人々にとって不快なものだったので理解できるが……、法律家についてはどうしてなのだろう。

(何か、ド・シャルメは隠していないか?)

 まさか、ド・シャルメはマリア・ガンダーを知っていて、わざと隠しているなんてわけではないだろう。

 あれほどの誇り高き男が、知っているのに知らないなどと、嘘を語るとは思えない。

 カイザースブルクから、ストラスブールに来て、マリアを捜した。郵便局で得た情報以外は、全て否定的なものばかりだった。

 マリア・ガンダーが、今もストラスブールに住んでいるのは、きっと間違いない。それなのに、ド・シャルメも、街の人も知らない。どこかで、俺たちはボタンの掛け違いを起こしているのかもしれない。

 いったい、次に何をすればいいのだろう。何もしないで、ただこのままストラスブールにいても道は開けない。かといって、マリアを見つけないまま、どこかに物見遊山に出掛ける気にはなれない。

 カアーン、カアーン……

 十二時過ぎに鳴るカテドラルの鐘が、響き始めた。

 教会の鐘は、ヨーロッパにいれば、珍しいものではない。ちょとした街にいれば、よく聴こえてくる。

 だが、ストラスブールのカテドラルの鐘の音は、他の多くの鐘とは違い、俺にとっては特別なものだ。なぜかハンスの店のピアノで弾く、リストの『ラ・カンパネラ』をつい思い出してしまった。

 永遠に続くのではと感じた時に、カテドラルの鐘はいつも終わりを迎える。この音を、今、マリアもどこかで聴いていると考えると、どうにかして探さねばならない。 


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