ド・シャルメ Opus 6
「さあ、いいでしょう! 先ほど中断した話の続きを伺いましょう」
横道にそれたのを修正するように、再びド・シャルメは話を続けるように促したが、私はまだ聞き足りない、思いがした。
「私たちは、第二次世界大戦の頃に、カテドラルの近くに住んでいた、法律家の孫娘のマリア・ガンダーさんを捜しています」
渉の言葉に、ド・シャルメは、何かを思い出したように、肯いた。
「捜しているのは、マリア・ガンダーですね?」
しっかり確認するように、ド・シャルメは尋ねてきた。
「ええ、マリア・ガンダーです。カテドラルから市庁舎に向かって歩いた所にあった、法律家のガンダーさんの孫娘です」
ド・シャルメが口をスッとすぼめ、頬を引きつらせた。全く知らないわけではないのだろう。
「お二人が捜しているのが、ガンダーというなら、あの辺りには、ガンダー姓の者は、過去においても住んでいなかったでしょう。ガンダーというドイツ語の名前は、ストラスブールでもけっして珍しくはないのですが、カテドラルのそばでは、私の知る限り、記憶はありません」
希望の糸が、音を立てて、切れたような気がした。バッグの中に入っている指輪が、行き先がなく宙に浮いてしまいそうだ。
「そうですか。それでは、ガンダーさんはいなくても、法律家は住んではいなかったのでしょうか」
渉は、何か糸口を見つけようと必死だ。
「法律家なら、住んでいました。但し、一人ではありませんが……、ただ先ほど話したように、ガンダーというドイツ語の名前ではなかったはずです」
ちょっと意地悪な感じがする、ド・シャルメの話し方だ。さっき、ドーデの作品について話した時のような、シニカルな笑みが浮かんでいた。
渉は、何か考えている。
「昨日行ったカテドラルのそばの郵便局では、マリア・ガンダーさん宛の局留郵便物を取りに来る人がいると伺ったのです」
「それは、実に興味深い話ですね。郵便局が、ですか? でも、私は知りませんな。他には、何か確かな情報はないのでしょうか?」
「いいえ、それだけです」
マリアの耳の疵の話は、あまりにも幼いために止めた。
「誠に申し訳ないのですが、今、伺った話では、お二人の役に、立てないようです」
最後はいつもレセプシオンに立つ支配人と同じように、元ホテルマンらしい慇懃な態度で、力になれないのを恐縮していた。
「いいえ、とんでもありません。貴重なお話を教えていただき、ありがとうございました」
とにかく、住んでいないとはっきりしただけでも、良かった。二日間に亘って探し歩いたが、見つからなかったのは、誰かが隠したり、どこかで尋ねる家を漏らしていたわけではなかったのだ。
しかも、今日ここで聞いたド・シャルメの話は、知らない話ばかりだった。ストラスブールという私たちがいる綺麗な街が持つ、深い歴史を教わった。
「お二人への忠告は、是非、あなた方の依頼者に、もう一度、詳しい住所や名前について尋ねられてはいかがでしょうか? それと、その新聞は、非常に貴重なものだから、大切にしてください」
ド・シャルメは、ハンスに尋ねるように勧めた。だが、ハンスが死んでしまった今は、もうどうにもならないのだ。
「もし何か新しい事がわかりましたら、また、ご相談ください。私は、毎日午後二時には、この部屋でお茶を飲む習慣にしています。年寄りは、新しいことはできませんが、昨日と同じことを繰り返すのは、苦痛にはならないのです」
「ええ、わかりました。何かわかったら、もう一度、相談に来ます」
気を取り直したように、渉が答えた。
私たちは、礼を言い部屋を出た。
レセプシオンにいた支配人が、「いかがでしたか?」と訊いてきたので、「ありがとうございました」と感謝の言葉を伝えて、部屋に戻った。
ド・シャルメと話した結果は、法律家は住んでいたが、ガンダーさんではなかった。それと、もしかしたら古い昔のことなので、ハンスが、場所を間違えてしまったのかもしれない。
ただ、何れにしろ、Grand-Ileの郵便局に郵便物を取りに来ているのだから、マリアさんはストラスブールにいて、昔はGrand-Ileにも住んでいたはずなのだ。




