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ラ・カンパネラ  作者: Opus
74/96

ド・シャルメ Opus 5

「ド・シャルメ。私たちの友人は、この新聞を見せ、カテドラルから市庁舎に向かって二分くらい歩いた所に住んでいた女性を捜して欲しいといいました」

 渉はハンスが渡してくれた新聞を見せた。ド・シャルメは、また一段とくたびれ、折り目が破れそうになった新聞を手にした。

「『ストラスブール新報(シュトラースブルガー・ノイエステ・ナッハリヒテン)』……」と叫んだ後、「ハア」とも「アア」とも言いがたい呻きを発した。ド・シャルメは黙って、いくつかの記事を追い始めた。

「あなた方の友人は、よくもまあ、こんな新聞を、持っていましたね。いまいましいナチスのプロパガンダ紙を……。一九四〇年六月十九日、アルザスはナチスによってドイツに併合されました。ナチスの旗がカテドラルに翻り、ストラスブールはドイツ領となりました。たった一枚の紙が、このホテルにもたらされ、先祖代々のこのホテルがナチスの幹部の宿舎となったのでした。それから私は地下に潜り、レジスタンスに走りました」

 目を塞ぎ、じっと黙ってしまった。ギュッと瞑ったまぶたが何度も揺れている。私たちは、再びド・シャルメが話し始めるのを待った。

 肩を揺らし、スゥッと息を吐くと、

「しかし、遠くから今日は、とても珍しいお客様が来たものです。『ストラスブール新報』を持ち、《カテドラルに登れば、すべての綺麗なものも汚いものも見える》と、このストラスブールでも覚えている者も少なくなった言葉を知る人が来たのですから」

 渉が話した言葉は、ハンスから聞いたものだが、ド・シャルメも知っていた。

「『カテドラルに登れば……』は、かなり知られた言葉なんですか?」

 渉が、ド・シャルメに尋ねた。

 ド・シャルメは「うん?」と怪訝な顔をする。渉が言葉の由来を知らないで使ったのが、気に入らないのだろうか?

「先程の言葉がどのようにして生まれたのかは、ご存じではありません?」

「ええ……」

 言葉以上に態度で、渉は知らないで口にした申し訳なさがにじみ出た。

「すると、あなた方の、そのご友人が覚えていたのですね」

渉は深く頷いた。

「あなたの友人が教えた先程の言葉は、第二次大戦の頃にアルザスを併合したナチスの幹部が語ったと言われています。ヒットラーが言ったとも、その腹心が語ったとも言われています。アルザスとロレーヌを自分たちのものにしたナチスは、全てを得たはずなのに、アルザス人の心までは、自分たちのものにはできませんでした。ナチスはアルザス語を《俚語》と呼び、彼らが使う《真のドイツ語》を話すように、アルザス人に強制しました」

語り辛いのだろうか。また、ド・シャルメの言葉は途切れてしまった。

「他にもいろいろと、ナチスが望んだ愚かなものはあります。私たちが被る縁のない帽子。あの帽子を被るからか、アルザス人を、『風変わりな帽子を被る人々』と、フランスの内地やドイツでも言うように、私たちはバスクベレーと世間では呼ばれる淵なし帽子を愛用しています。ナチスは、バスクベレーを《頭を悪くする帽子》と呼び、幾度も禁止令を出しました。不思議なことに、縁のない帽子は、アルザスとバスクというフランスの東と西の国境の民が好んで被る帽子であり、ナチスにとってはスペイン内戦で絨毯爆撃をしたバスクの街であるゲルニカを思い出すのでしょう。ベレー帽を被ることが反ナチスを意味すると思ってか、禁止したというわけです。アルザス語やバスクベレーの禁止も、なかなか彼らの思うとおりにはなりませんでした。なぜかといえば、あれが、フランス本国からも見放された我々アルザス人ができる、あの頃の精一杯のレジスタンスだったのです」

 ド・シャルメの熱い思いは、十二分に伝わった。

「……こんなアルザス人が、ナチスは嫌でした。従順に見えても同化しないアルザス人やアルザスの地を汚いものとし、カテドラルに登ると見える彼らの本国を綺麗なものとして、先ほどの言葉を語ったと言われています。でも、この話は、戦争の中でのことです。アルザスに住む者に、ナチスに対する敵意を失わせないように、レジスタンスの活動家が、巧みに流布した説も、戦時中からありました」

 全ては戦争の闇の中といった手振りをド・シャルメは示した。

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