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ラ・カンパネラ  作者: Opus
73/96

ド・シャルメ Opus 4

「その額の言葉も、アルザス語ですか?」

 渉は、マントルピースの上に飾られた額を指した。

「そうです。読んでみましょう!」

 ド・シャルメは、額を見て微笑み、詩を読み始めた。

 渉は、理解できるのだろうか。ただ黙って聞いている。

「とても、素晴らしかったです。教えてくださって、ありがとうございます」

 語り終えたド・シャルメに、私は思わず礼を言った。私には、わかり辛い単語が僅かにあるだけで、それも、ほぼ理解できた。

「あなたは、今の詩がわかるのですか?」

 今までフランス語で話していたド・シャルメが、ドイツ語、いや違う、たぶんアルザス語で訊いてきた。

「少し……、ドイツ語と似ていたので、理解できました」と私は、恐る恐るドイツ語で答えた。

 ド・シャルメが渉のために、さっきの詩をフランス語に訳して読んだ。


   アルザス人であることは

   風がよく入るように

   窓を大きくあけ放つことだ

   東の風も西の風も入るように


   アルザス人であることは

   民族から民族へと

   掛けられた橋を守ることだ


 民族から民族へは、何を意味するのだろう。フランスとドイツの間の橋を、このアルザスの地がしているという意味だろうか。いや、もっと違った意味が、アルザスの歴史の中にはあるのかも知れない。

 渉は、どう思っているのだろう。アルザス語は理解できなくても、ド・シャルメの読んだ詩の真の意味を、渉なら、誰よりもわかるような気がする。渉がいたサラエボやユーゴースラビアも、ある意味アルザスとよく似た複雑な土地だった。

 セルビア人、クロアチア人、ムスリム、マケドニア人に、その他の民族。それも、一つや二つではない。多くの民族が集まった国にいたのだから、この詩から受ける感銘は私の比ではないのは、容易に想像がつく。

「ド・シャルメ、ありがとうございます」

 聴き終えた渉も、私と同じような感謝の言葉を、口にしていた。

「あの……」と、渉が話し掛けて、ふっと口をつぐんだ。

 どうしたのかと私は首を傾けた。話し掛けて止めたのは、サラエボに住んでいた過去を、ド・シャルメに話したくなったのかもしれないが、話さずに終えてしまったのは、きっと、さっきハンスから聞いた言葉を思わず口に出し、睨まれたからだろう。

「ド・シャルメ、先程はドイツ語で話してしまい、申し訳ありませんでした。私はフランス語が苦手で、ドイツ語のほうが話しやすく、つい口にしてしまったのです」

 渉が話すのを止めたので、さっき、ドイツ語で話したのをどうにか話すことが出来る程度のフランス語で私は謝った。ドイツ語で話したため、ド・シャルメが気を悪くしたのではないかと思ってのことだ。

「お二人は、英語は話せますか?」と、ド・シャルメは英語で訊いてきた。

「ええ、二人とも大丈夫です」と私が答えた。

「先程から話していますと、そちらの若者はとても綺麗なフランス語を操りますが、ドイツ語が苦手な様子ですね。それでまた、マドモアゼルはフランス語が苦手だと言います。普段あなた方が話す言葉を私が話せればいいのですが、『こんにちは』や『ありがとう』といった挨拶と感謝の言葉しか知りません。言葉は、意思を伝える手段のはずですが、カエサルがこの地に来てラテン語を用いて以来、このアルザスでは統治の手段でもありました。ときには、アイデンティティやナショナリズムの一端を示し、言葉が武器になることもあります。でも今の話は、政治の問題です。平和な現在を生きる私たちは、相互理解に必要なら、お互いが理解しやすい言葉を用いればいい、とも考えているのですが、賛同はしていただけますか?」

 渉も私も、もちろん肯いた。

「……先程、マドモアゼルは、ドイツ語を話したのを気にしていましたが、私はどの言葉も、ましてどの国の人も嫌いません。確かにヒットラーと彼の部下は、このストラスブールとアルザス人に対し、ビスマルクもやらなかった行いをしたため、一時期ドイツやドイツ人を憎みました。でも、全て時間が解決してくれました。さっ、お二人の話を伺いましょう」

 エリック・ド・シャルメ---知性を纏った聡明な老人だ。私と同じように渉も、心酔した表情をしている。


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