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ラ・カンパネラ  作者: Opus
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ド・シャルメ Opus 3

 昨夜も支配人がド・シャルメと電話で話している時に気が付いたのだが、二人の会話は、フランス語とは違っていた。渉からも訊かれたが、ドイツ語とも少し違う方言のようだ。

「ド・シャルメ、今、お二人が話された言葉は?」

 渉は、昨晩からの疑問を解こうとして尋ねた。

「息子と話したのは、私たちが普段、話しているこの土地の言葉です」

 渉が言語を話題にしたからか、心地よさそうに老人は微笑んでいる。

「アルザスの人は、フランス語を話すのではなかったのでしょうか。ストラスブールに来てからも、ずっとフランス語が通じるし、以前ドーデの作品でも学んだのですが」

 渉と同じように、私も小学生の頃、国語の教科書で習っていた。

「あなたはきっと、アルフォンス・ドーデの『月曜物語』を話していらっしゃるのでしょう。最後に、Vive le Francais!(フランス万歳!) と黒板に書いた滑稽な話を……」

 ド・シャルメはシニカルに笑う。それに対し渉は、

「ええ、同じ話です。でも、ドーデの作品は滑稽でしょうか。日本では『最後の授業』といって、とても心を打つ物語として有名です」

 そう、『最後の授業』だ!

 ストラスブールが国境の街であり、戦争の度に国が変わる哀しいイメージも『最後の授業』によってできていた。

『最後の授業』の作者は、アルフォンス・ドーデだ。ドーデは知らなくても、多少音楽に心得がある人ならビゼーの『アルルの女』なら知っているだろう。『アルルの女』は、ドーデの戯曲に付けた音楽なのだ。

 ドーデという著名な戯曲家の、日本の教科書にも載っている涙を誘う作品を、ストラスブールの住人であるド・シャルメが滑稽と貶すのが意外だった。

「ドーデの頃、つまり一八七〇年から七一年のフランス・プロイセン間の戦争の頃も、アルザスではフランス語は話されてはいますが、あの頃も我々アルザス人の日常会話は、フランス語ではありません。もちろん、ドイツ語でもなく、我々の言葉であるアルザス語なのです。アルザス語は、言語学的にはドイツ語の方言だともいいますが、アルザスに住む我々にとっては、どの言葉に由来していようと関係はありません」

 ド・シャルメは、目を細め、またさっきと同じシニカルな笑いを浮かべた。

「……日本でドーデの作品を読んだ人は、あなただけではないようですね。うちのホテルを良く利用する日本人のビジネスマンも、以前あなたと同じ話をしていました。彼にも説明しましたが、アルザスの日常語は、決してフランス語ではないのです。この事実は記憶に留めておいてください。確かにフランス語を話す者は増え、またアルザス語が話せないアルザス人も最近はいますが、今でも、アルザスでは多くの人々がアルザス語を話します。アルザスで生まれた者が、生まれた時から聞き慣れた言葉、母が我が子に乳を与える時に語った言葉が、アルザス語――つまり母語なのです。だから私は土地の者と話す時は、母語であるアルザス語で話し、アルザス語がわからない人や、あなたたちと同じように他の国の人には、母国語であるフランス語やまた英語・ドイツ語など他の国の言葉で話します」

 この頃から私は、ド・シャルメの言葉がどんなに長くても、一言も聞き漏らすまいと私はしていた。

 アルザスの人にとって、アルザス語こそが『母語』であったのだ。つまり、自国語を圧しつけた、フランスもドイツもアルザスにとっては侵略者でしかなかった。

 小学生の私が感動した『フランス万歳』と黒板に書いた美しい物語は、フランスという侵略者が語る手前勝手な悲話にしか過ぎなかったのだ。

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