レクイエム Opus 2
翌朝も、ホテルの部屋からハンスに電話をした。が、やはり出ない。
昨日と同じように、ホテルで朝食を食べた。渉は心配事があるほど食欲が増すのか、また私の分まで食べていた。
九時を回って、もう一度、部屋から電話をした。でも、やはりハンスは出なかった。
「渉、ミッターマイヤーさんが入院させたのかもしれないわ」
翌朝も、ホテルの部屋からハンスに電話をした。が、やはり出ない。
昨日と同じように、ホテルで朝食を食べた。渉は心配事があるほど食欲が増すのか、また私の分まで食べていた。
九時を回って、もう一度、部屋から電話をした。でも、やはりハンスは出なかった。
「渉、ミッターマイヤーさんが入院させたのかもしれないわ」
一昨日の朝、ミッターマイヤーさんが、ハンスに入院を勧めていた。「うるさい!」と煩わしそうな顔を見せていたけど、ハンスは断り切れずに、入院したのかもしれない。
「それならいいけど。ハンスがずっとあそこに倒れていたらと気になって」
「えっ、本当に? 渉はそんな心配をしていたの。その割にはパクパク食べていたわね! 『何処にそんな繊細な神経があるんかいなと、驚いてしまうわ』」
本番前に「緊張している」と言いながら、二人前のお寿司を平らげた私に、「その割にはパクパク食べていたわね! 何処にそんな繊細な神経があるんかいなと驚いてしまうわ」と、レコード会社の担当者が話したのを真似てみた。普段は標準語なのだが、冗談を言い始めると地が出て、関西系の漫才師のような口調で話す人なのだ。
「陽子、大丈夫?」
「もちろん、今のは冗談よ。なんかずっと、気分が沈んでいるように見えたから、ちょっと知り合いの真似をしただけ。ハンスは、大丈夫よ。だってミッターマイヤーさんは、毎日、見に行っている様子だったじゃない」
心配しないように話したら、渉の顔からすっと不安の色が消え、何か頭に浮かんだようだ。
「陽子、これから郵便局へ行かない?」
「郵便局って?」
まさか、電話で連絡が付かないから、ハンス宛に手紙を出すわけではないだろう。
「ハンスからの郵便物が届いているのなら、郵便局に行って尋ねればいいと、思うんだ」
「そうか。そんな方法もあるわね」
郵便物も転送されている可能性はあるが、これから郵便局に行こうとしている渉には黙った。
すると、今日も観光はお預けだ。乗りかかった舟というか、私たちは必ず届けると、ハンスに約束したのだ。とにかく、考えられる限りのアイデアで、マリアの居場所を見つける他ない。
「出掛ける前に、ホテルの人に郵便局の場所を訊いてから行こう」
一階のレセプシオンで鍵を預ける時に、郵便局の場所を尋ねた。一番近い所なら、カテドラルの直ぐそばにあると教えてくれた。
「何か、お困りではないですね?」
支配人が、英語で慇懃に訊いてきたのは、きっと、昨晩、俺たちが何度も電話をしているのを見たからだろう。
「ええ、大丈夫です!」
心配しないように、精一杯にこっと微笑んだ。
ホテル・アルゲントラムを出て、カテドラルに向かって歩き始めた。
赤いヤッケを着て、ビオラを持つ女の子と、大きなチェロを背中に担ぐ青のジャンパーを着た男の子が目に付く。身長はまだそれほど高くはなく、手には楽譜が入っているのか、色違いの四角い同じ鞄を持っている。
よく見ると楽器を持つのは二人だけではなく、前にも後ろにも、何がしかの弦楽器を持った子供達が歩いていた。
リセの生徒で作るオーケストラだろうか。それとも授業の一環なのか。
ストラスブールには、一八五五年設立という歴史あるストラスブール・フィルハーモニー管弦楽団があり、クラシックやオペラが盛んな土地だ。近代化した街には、ジャズやフュージョンといった音楽が似合うが、古くからあるGrand-Ileの街並には、やはりクラシックが一番だ。




