尋ね人 Opus 6
サングリア通りを探し終え、切りのよい所で休憩しようと、カフェに入った。出てくるのは、溜息ばかりだ。
カフェを出ると、三時を回っていた。明るいうちに探すなら、日が落ちる四時過ぎまでで、後一時間もない。取り敢えず、昨日チーズを買ったドーム通り(rue du dome)を探し始めた。
ドーム通りは、時計や貴金属、食料品に衣料品のブティックが並ぶヨーロッパの見本市のような通りだ。俺たちが店に入ると、最初はどの店も客だと思って親切に応対してくれるが、人を捜していると語ると、訝しげな視線を示す。
英語が通じるため、英語で尋ねるのだが、「Why……?」とマリアを捜している理由を、今度は必ず訊いて来る。ほとんどの店は応対するのは若い店員で、戦前まで知っている人は全然いなかった。
少し歩くと、太陽が急に落ち、完全な夜の世界になった。ドーム通りだけでも、まだ半分以上が残っている。商店ばかりだから、暗くなっても気にする必要はないが、陽子が頭が痛いというので、ホテルに戻った。
「さっきの通りも、残りの通りを調べても同じかな」
一日てくてくと歩いたが、三十年来この地に住んでいるカフェの主人の情報以外は、何一つ具体的なものはなかった。
何よりも、人を捜していると話した途端に、冷たい視線にさらされるのに慣れず、丸一日歩くと気疲れする。
「ガンダー家もマリアも知らない。戦前については皆目わからない。ガンダーという法律家は住んでいない……か」
捜すのが嫌になった俺は、半分眠っているような陽子に話した。
「いったい三本あるうちの、どの通りなのか。しっかりした住所だけでもわかれば、どうにかなるのに……」
俺は少しくたびれた、ハンスが渡してくれた新聞を出しながら、ぼやいた。陽子は、俺が話すと目を開けて、目頭を赤く腫らし、ボーっとした顔で俺を見る。
「陽子、熱があるんじゃないのか?」
俺は陽子のおでこに自分の手を持っていった。少し温かい気がするが、それほどでもない。
「一昨日ヨーロッパに来たのだから、時差呆けもあるし、疲れたのだろう。もう少し、カイザースブルクでゆっくりしてから来れば、良かったかな」
「大丈夫よ。私、こう見えても、体だけは丈夫だから。ちょっと眠れば、頭痛は取れるから」
しばらくすると、陽子は寝息を立て始めた。
陽子の寝顔を見た。綺麗な真っ黒い髪が、ルームランプの光を受け、三日月の輪を描き輝いている。
早くマリアの家を探し、ハンスの指輪を届けたい。
指輪をマリアに渡したら、ストラスブールを出て、直ぐにカイザースブルクに戻ろう。ハンスに会ってマリアに渡したことを伝え、ホテルに預けた荷物を受け取り、電車でフランクフルトかパリに行き、日本に帰る。
日本に帰ったら、まず学生時代の指導教授を訪ねよう。大学に入ったときから、ずっと俺のことを、目にかけてくれた先生だ。七年前に、突然大学を辞めたことを詫び、もう一度ピアノをやりたいとお願いしよう。
とにかく、日本に帰ったら再出発するんだと、すやすやと眠っている陽子を見て誓った。




