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ラ・カンパネラ  作者: Opus
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尋ね人 Opus 5

 また二軒ほど尋ねて通りに出ると、目のくりっとした五歳くらいの利発そうな東洋系の女の子を連れた、女性が歩いて来た。

 肩まである髪で、皮のコートを着た三十歳くらいの女の子の親は、立ち居振る舞いが、なんとなく日本人のようだ。ずっと俺たちというか、陽子を見つめている。

 陽子と目が合うと、会釈をして、以前から知っているように微笑みながら、寄ってきた。

「あのう? ピアニストの久木田陽子さんですよね?」

 驚きと共に、喜びに溢れた目をした。『月光』がヒットした陽子は、日本ではかなり名の知れたピアニストなのだ。

「ええ、こんにちは!」

 プライベートだからと嫌がるわけではなく、ごく普通に答えた。周囲が変化しても、陽子が今まで通りなのに安心した。

「わあー、こんな所で会えるなんて、ねえ、まあちゃん、ピアノの久木田先生よ」

 目をきらきらと光らせた娘は、「先生の『月光』、まあちゃん大好き!」と、母親が言わなくても『月光』を口に出す。

 林田と自己紹介したファンの女性は、陽子と会ったのが余程嬉しいのか、一人で興奮したように話し始めた。

 林田の夫は、日本の宇宙開発機関の研究者で、夫がストラスブール近郊にあるISU(国際宇宙大学)に留学したため、半年前からストラスブールに一家で住んでいるという。

 ストラスブールは、航空宇宙産業が盛んな街で、フランスの誇るコンコルドやエアバスは、この街で生まれた。国際機関であるISUが、ヨーロッパの他の都市やアメリカではなくここにある理由の一つだろう。

「うちは、みんな音楽が好きで、娘もピアノを習っているんです。特に、久木田先生のピアノの大ファンで、今年の夏に、紀尾井ホールのコンサートにも行ったんですよ。ねえ、まあちゃん?」

「うん。まあちゃんも、パパとママと一緒に、『月光』聴いたよー」

 あどけない口調で話すと、娘は笑顔でこっちを見る。

 屈託のない少女の笑顔は、半日ストラスブールの街を、足を棒にして歩いた疲れが取れるような気がした。

「親バカって言うんでしょうか。娘を久木田先生のようなピアニストに育てたくって……。やっぱり、普段も、クラシックを聴かせたほうがいいのでしょうか?」

 二十年前の俺のお袋もこの母親のように、レッスンが終わった後、先生にいろいろと尋ねていた。陽子は、「音楽だけではなく、いろんな経験をさせてあげてください」と如才なく答えた。

「ストラスブールは、観光ですか?」

 一通り話し終えると、俺たちに関心を持ったのか、俺と陽子を交互に見て訊いてきた。

 女優やタレントと比べれば、ピアニストは地味な世界のはずだが、陽子くらいになれば、海外を男と一緒にいれば、芸能マスコミの話題になるクラスなのか?

「ええ、ちょっと」

 説明する必要はないと思っているのだろう。それとも、ファンとこうやって話すのが慣れているのか、笑顔を絶やさずにうまくあしらい、詳しくは話さない。

「娘が、そこのガニエール先生にピアノを習っていて、月曜日と金曜日の週二回レッスンに通っているのです。じゃあ、先生のご活躍を応援していますから、頑張ってくださいね」

 俺たちと別れると、林田親子は、さっきの薔薇のアーケードをくぐって行った。

 まあちゃんと呼ばれた娘は、菩提樹のある家の女性に教わっているのだ。「ご用が済んだら、帰っていただける」と、さっき追い出されたのを思い出す。

 この後も、サングリア通りを歩いたが、午前中と同じだ。結局、ガンダー家はこの通りにはなく、戦前まで代々法律家としてやっていた家があったかは、わからなかった。

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