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ラ・カンパネラ  作者: Opus
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尋ね人 Opus 4

 荘厳なカテドラルの鐘を聴き終え、サングリア通りをさっき休憩したカフェのあたりまで戻るために歩き出した。

 三〇年来ずっとここに住んでいるカフェの主人にガンダーの名は記憶ないと断言されたのだから、サングリア通りは誰に尋ねても駄目な気がする。

 どうやら音を上げているのは俺だけで、ハンスから『誠実』と『熱情』を感じると表された陽子は、まだ元気があるようだ。

 尋ね歩くのを避けなければいけないお昼時だが、商店ばっかりだから、気にならない。「ボンジュール!」と声を掛け、俺たちは再び探し始めた。

 どの店も、最初は、俺たちをアジアから来た旅行客だと思って、接してくる。なかには「こんにちは」と声を掛けてくる人もいるくらいだ。俺と陽子は、人を捜していると伝え、ハンスに預かった古い新聞を見せて説明する。

 すると、直ぐに、「ノン。セパ(知らない)」か「どうして、捜しているのか?」と訊いてくるだけだ。

 同じように断られるのが重なると、どの店に入ったのかも忘れてしまいそうだ。

「ねえ、ここ!」

 店舗の隙間に、人が通れるような薔薇のアーケードがあり、その先には白い鉄格子の戸があった。奥にある大きな菩提樹が目につく。

「奥の家は、他とは違って、民家みたいだね」

 どうやら商店ではなく、個人の家のようだ。ブザーはなく、鉄格子の戸を押すと、鍵は掛かっていないため、そのまま中に入れた。

 中を見渡すと、菩提樹の奥にも庭があり、よく手入れされていた。建物は、やはり前世紀に作られたものなのだろう。木組みに、白い漆喰が塗られた二階建てだ。中から、子供が弾くピアノが聴こえる。

 アンティークなドアのそばの呼び鈴を押すと、ピアノの音が消えた。しばらくすると、背が高く、鼻筋が通った六〇歳に近い女性が出てきた。

 髪の毛がブロンドなら、マリアか? と思わないわけでもない。だが、髪の毛は東洋人のように黒く、浅黒い肌は、ドイツやフランスではなく、地中海沿岸を思い出させる女性だ。

 その容姿を見ていると、ハンスとストラスブールの女性の間に生まれたとは、とてもではないが、思えない。

「昔、この辺りにあったガンダーさんを捜している」と出てきた女性に尋ねた。

「ガンダーって、何ガンダーを捜しているのか?」とファーストネームを訊いて来る。

 今まで、名前まで具体的に訊いてきた人がいなかっただけに、知っているのでは? と期待した。

「マリア・ガンダーという、五十六歳の女性です」と、ちょっと期待感に浮き浮きしながら、年齢まで付け加えた。

 奥から聴こえるピアノは、バイエル(練習曲)だ。きっと、生徒が弾いているのだろう。目の前の女性をよく見ると、左顎に、しっかりとした赤い痕がある。

「どうして、その女性を捜しているの? それに、あなたたちは、どこから来たの?」

 興味本位で訊いているわけではなさそうだ。この女性には、それまでの人とは違うものを感じる。

 ここにずっと住んでいたのなら、歳も近いから、マリアの所在を知っているのでは? と期待した。

「俺たち二人は日本人で、ドイツに住む知人に頼まれて、ガンター家のマリアさんを捜している」と答えた。

 俺をじっと見ると、まだ訊きたいことがあるようで、何かいい足りなさそうにしている。

「残念だけど、ガンダーという家は、この辺りにはないわ。マリア・ガンダーといったけど、その人も知らないわ」

 ちょっと間を空けて返ってきた答は、今までさんざん聞いたものと同じだった。

「ご用が済んだのなら、帰っていただける!」

 それどころか、知りたい内容を訊くだけ聞いたら好奇心が満たされたのか、他の誰よりも冷たく感じる言葉が返ってきた。

「あの、昨日の午後、チェルニーの練習曲を弾いていませんでした?」

 奥からピアノの音が響いているので、外に出る前に俺は尋ねた。

《ウイ》でも《ノン》でもなく、「あなたもピアノを弾くの?」と、言葉が返ってきた。

 このときの凄く嫌そうに、顔を歪めたのが印象的で、しばらく頭から離れなかった。俺たちは、追い出されるように外に出た。

「ねえ、渉。どうしてさっきの人は、自分もピアノを弾くのに、渉がピアノを弾くのかって訊いたら、あんな顔をしたのかしら?」

 通りに出ると、陽子が怪訝な様子をした。俺も、あの態度は腑に落ちず、気になった。

「あの人、ピアノとヴァイオリンを教えているのよね?」

 陽子も、さっきの女性の左顎の痣に気がついたのだ。左肩と左顎でヴァイオリンを押さえるため、ヴァイオリニストの左顎には、必ず痣がある。

 俺は、昨日さっきの女性の弾くピアノが流れているのを聴いた時に、かつて習った先生の音に似ていると思ったのが意外だった。


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