尋ね人 Opus 2
「アルザスの人も、やっぱりフランス人ね」
何をやっても、努力ならいとわないといった我慢強い陽子も泣き言を呟く。
「フランス人って……?、何が?」
俺は、陽子の《フランス人》が気になって、訊いてみた。
「だって、日本人だったら、もっと親切に聞いてくれるんじゃない?」
確かに、日本人は世界中で信じられないくらい、無類のお人好しかも知れない。だが、それも時と場合によりけりだ。
「そうかな? 日本だって、五十年前に、この辺りに住んでいた、久木田さんのおうちを探していますと外国人が尋ねて来たら、きっと変な顔をするよ」
二十代の東洋人のカップルが、はっきりした理由も話さずに、第二次世界大戦前の情報を元に、人を捜しているのは、やはり疑わしいだろう。
少し早い昼食代わりのサンドイッチを食べ、カフェラテを飲み終えた。朝、あれだけ食べたのに、動き回ったためか、俺は無性に食欲はあった。
チェックを頼んだ。お金を、取りに来た二十代にも、十代にも見えるスーパーモデルのように痩せたギャルソンヌに、さっきまでと同じようにガンダー家について尋ねてみた。
それほど期待をしていなかったのに、「少し待って!」と、そのギャルソンヌは、陽子が言うフランス人らしくないのか、何か知っているようで、奥に行った。
黒のスラックスに、白のシャツ、同じように白のV字のセーターを着た男性が出てきた。髪の毛は黒に近い赤毛で、このカフェの主人だという。
なんとなく親切そうで、人の良さがにじみ出ている。六十歳は越えているから、第二次大戦の頃は生きていたはずだ。その頃から、この辺りに住んでいたなら、ガンダー家のことも……。
俺は、さっきよりも丁寧にもう一度フランス語で尋ね始めた。期待が膨らみ過ぎたわけではないが、適当な単語が出てこない。やはり、フランス語は英語ほどには、細かなニュアンスを伝えきれない。
すると、店主のほうが気を回してくれ、英語で話し掛けてきた。
この店主も、他の人と同様に「どうして、五十年以上も前に法律家だった家を探しているのか?」と訊いてくる。
「友人に、頼まれたからです」
ハンスの話をする気はないが、俺は、鞄のなかにある、ハンスから預かった『ストラスブール新報』を取り出した。
何を取り出すのかと怪訝そうに見ていた店主が、新聞を広げた瞬間、さっと緊張が走った。
新聞を手にした店主は、聞き取れない言葉を洩らし、物珍しそうに、最初から目を通し始めた。
「古い、あの頃の新聞だ。戦時中のドイツのプロパガンダ紙を見るのは、何十年ぶりだな」
ドイツのプロパガンダ紙と呼んだが、嫌なものを見るような感じではなかった。
「私たちは、この新聞の地図に印がある辺りに住んでいた、先ほど話したガンダーさんの家を探しているのです」
店主に、印がある頁を開けて見せた。
「申し訳ないが、私は三十年前までは、このストラスブールの南にあるコルマールに住んでいた。だから、当時の事情については、わからない。ただ、あなた方が捜しているガンダーという法律家は、私がここに来てからは、残念ながら一度も聞いた記憶がない」
店主は、俺たちの力になれないのを、残念そうにしてくれた。




