カテドラル Opus 4
一筋の風が、私の頬を撫でていった。渇いた冷たさを持ち、刺すような痛みを感じた。
ゲーテも褒めた眼下に見えるストラスブールの街は、幼い時に遊んだREGOを積み重ねた綺麗なパノラマの世界が広がる。
全ての西欧的なもの、重厚で、美しく、繊細でシックなものを併せ持っている。何世紀もかけて人間が作った街に感動しながら、渉から聞くサラエボと、平和を謳歌しているストラスブールという二つの街を比較してしまった。
プラット・フォームの上を移動し、カテドラルから市庁舎までの道を見た。三本の道が、並んでいる。五十年以上前に、ハンスもきっとここに登ったはずだ。
ライン川の向こうにある、自分の故郷のドイツや、旧市街にある奥さんの実家を見たのだろう。街全体が、世界遺産となっているストラスブールの旧市街だから、五十年前の街並は、今とそれほど変わらないはずだ。
《カテドラルに登れば、全ての綺麗なものも、汚いものも見える……。汚いものは俺だ》
これが、渉が、ハンスから聞いた言葉だ。ハンスは、なぜあんな言葉を言ったのだろう?
「汚くなんかない。カテドラルから見えるものは、全て綺麗だわ! もちろんハンスを含めて」
カイザースブルクに帰ったら、これだけは必ずハンスに話そうと私は決めた。
「渉、ここを降りたら、マリアさんの家を探そうね」
トンと肩を軽くたたいて、私は、何か取り憑かれたように考えている渉に、話し掛けた。
渉が時計をチラッと見た。
「もうすぐ、四時だね」
西の方角を見ると、太陽は落ちて来ている。高緯度地方だけあって、四時といっても、日が暮れ始めていた。
「今日は疲れているから、マリアさんの所は、明日にしよう」
渉が提案して来た。
カテドラルに登るまでは、疲れているとは思わなかったが、ワインを飲んだ身体には、三百二十八段の階段は堪えた。階段だけではなく、何よりも渉から聞いた戦争の話は、生きていくための重力を何倍にも増やした。
「うん、わかった。でも、マリアさんを早く見つけて、けりをつけないと、落ち着かないもんね」
「ああ、けりをつけないとね!」
私がわざと男っぽい口調で話すと、渉も私の言葉を繰り返してくれ、二人で一緒に笑った。




