姉弟 Opus 3
外の喧騒が耳に入るようになり、ワインと今までの話で心が熱くなっていたのに気がついた。
「渉、こんな話をしてもいい。聞いてくれる? 私の友達の話だけど」
陽子の優しい目が輝いた。どんな話かと思ったら、どうやら幼なじみの話だという。
「この友達は、小学校から中学まで一緒だった人で、カオリって言うの。今も親しくしているけど、東京に住んでいる。女優さんといっても通じるほど、綺麗な人。カオリは子供の頃から、回りの友達に、いつも『先生に、ひいきされている』と変な目で見られていた。実際、性格も良く、とても可愛くって、誰もがカオリを特別に扱ってしまう。私も子供の頃、つい、『カオリちゃんばかり、ズルイ』って話していた。カオリもそんな風に感じることがあって、学校に行くのが憂鬱になり、ときどき仮病を使って休んだりしたそうなの」
話し続けていいのか確かめるように、陽子は言葉を切って俺を見た。俺は「うん」と短く首を縦に動かした。
「カオリには、五歳下の妹がいて、この妹にも『お姉ちゃんばかり、いつもズルイ』と羨ましがられていた。カオリはそんな妹に『私は何もしていないでしょ?』というと、『それがズルイ!』と非難するそうなの」
俺はなんとなく似た環境に、その陽子の友人がいるのがわかった。ここまで言うと、陽子は次の言葉が出なくなった。
「ごめんね。私のほうから話し始めたのに。渉とは違うけど、良く似た話なの。私もカオリの妹には、何度も会っているけど、ぜんぜんと言ってもいいほど、二人は似ていない。綺麗なお母さんにそっくりのカオリと、お父さん似の妹。カオリの言葉だけど『妹のコンプレックスは、半端なものじゃなかった』そうなの」
ときどき、昔を思い出そうとするのか、つかえながら陽子は話し続けた。
「カオリの妹が中学生の時に、妹の同級生が遊びに来た。遊びに来た人の中に、妹の意中の男の子がいると聞いていたから、カオリもどんな男の子か興味があって、お茶を出した。友達が帰った後、妹が、カオリの部屋に泣きながら怒鳴り込んで来たの」
また陽子は話すのを止めた。
「カオリの妹は、『どうして私の部屋に入ってきたの! みんなに笑われたよ! お姉ちゃんは、私と、ぜんぜん似てないね、って! ○○くんは、お姉ちゃんのことばかり聞いてくるし、お姉ちゃんは無神経だよ! 大嫌い! ずっと大嫌いだった!』と泣きながら抗議したの。それ以来、カオリは妹の『ずっと大嫌いだった』が、頭から離れないそうなの。『妹を大事にしていたけど、妹のそんな気持は感じたことがなく、申し訳ない』と、しんみりと話していた。カオリは、妹が理由で、大学を卒業すると直ぐに家を出て、一人暮らしを始めたの」
同じような出来事があって、俺は旅に出て、陽子の友人は家を出た。自分だけが特別だと思っていただけに、陽子の話になぜか心が和らいだ。




