ストラスブール Opus 4
さっきのクレベール広場の前まで戻り、レストランを探した。
「ガイドブックに《ビア・ステューバン》や、《ヴァン・ステューバン》と呼ばれる、この地方特有のビストロがあるって……」と渉が連れて来た。
広場に面した店は、ビールを出す《ビア・ステューバン》や、ワインを出す《ヴァン・ステューバン》が並んでいた。
どの店構えも美味しそうに見え、どこに入ろうかと迷い歩いているうちに、カテドラルの前までまた戻って来てしまった。すると、ワインの底を並べたような不思議なガラスの窓の店に、人が出入りするのが目に付いた。
《メゾン・カメルゼル》という、渉の持つものにも、国境のインフォメーションでもらったガイドブックにも載っている、一六世紀に建てられた木造の建物だ。五階くらいはあり、二階以上の外壁には、木彫りの装飾が施されている。
私たちは《メゾン・カメルゼル》に惹かれて入った。店の中のメートルは女性ばかりで、忙しそうに働いている。
運良くちょうど席が空き、通された。店は、おしゃれな感じで、壁はオレンジと肌色を合わせた漆喰で、葡萄と帆船に女神の絵が描かれている。
注文を聞きに来た黒人のメートルに「アルザス料理の中で何かお薦めは?」と私はドイツ語で尋ねた。さっき彼女が、他の客にドイツ語で話しているのが聞こえたからだ。
「前菜にはタルトオニオンと少し高いがフォアグラのテリーヌを、メインにはBackeoffe(ベッカオッファ=ベッコフ)」と薦めてきた。
ドイツ語を日本語に訳して渉に伝えると、「今の料理に、シュークルートもお願いします!」と渉がフランス語で注文した。シュークルートは、ドイツのザワークラウトをアルザス風にアレンジした料理だ。
「ワインは、どうしますか?」
メートルはドイツ語でまず私に話し、次にフランス語で渉に訊いた。二人とも英語ができると伝えると、ニコッと笑って、英語で説明し始めた。
「少し高いが、アルザス産のトケイ・ピノ・グリの一九八八年がちょうど飲み頃」と薦めるので、私が頼んだ。
運ばれてきた料理は、ストラスブールがリヨンと並ぶ食の都だとわかるものだ。タルトオニオンは、スペイン風オムレツの玉葱版で、フォアグラのテリーヌは、「ストラスブールの料理人が考えたものだ」とメートルが説明してくれた。
二人でハーフのワインを三分の二ほど空けると、私はアルコールが回ったのか、陽気な気分になった。
「陽子、さっき、街を歩いていた時に、ピアノの音がしたのは聴こえた?」
店の音楽ではなく、生のピアノが確かに響いていた。
「聴こえた。チェルニーよね」
「かなり腕のいいピアノだった!」
「エッ? 大人のピアノ。じゃあ、レッスンしている人のピアノなの? 渉には、そんな風に聴こえたの?」
私には、大人が弾いているようには、聴こえなかった。
「ああ。俺が幼い時に習った先生の音に似ていた。あの先生が年をとったら、あんな弾き方をするかもしれないと考えた」
「その先生は、いくつだったの?」
「俺が、四つの頃だから、たぶん二十代の真中くらいだったんじゃないかな」
「綺麗な人だった?」
「うん、すごく綺麗な人だった。まあ、子供の頃は、若くて化粧している女性は、みんな綺麗に見えるから。でも、先生が綺麗だったから、ピアノを習い続けたのかもしれない」
「ええ、四歳で? それって渉、かなりマセていたんじゃない?」
私の声が大きく弾んだから、隣のテーブルの女性が睨んだ。
「じゃあ、渉にとっては、それが初恋なのね」
私は小声で「渉の初恋に乾杯!」と、グラスを重ねた。
「ねえ、陽子は、学生時代に、俺が陽子を好きなのは、わかっていた?」
「えっ? どうしたの急に……」
あわてて、返事をしてしまった。
「渉こそ、私の気持はわかってくれていた?」
「陽子の気持? たぶん、好きでいてくれていると考えたけど、自信はなかった。俺はね、自分の名前が渉なのに、入学した頃から陽子が『渉』と呼ぶから、大学ではショウと呼ばれるようになった。だから、ずっと陽子は気になる存在だったんだ。パスポートを取る時だって、陽子がSHOUとローマ字で書けっていうから、そうしたら、外国でもショウになってしまった」
海外旅行の経験がない渉が、ウィーンに行くために、パスポートを申請した時の話だ。「《SHOU》にしよう」と私が言った冗談に載せられて出してしまったら、戸籍や住民票にはフリガナがないから、本当に《SHOU》になったと、パスポートを見せて話したのを思い出した。
「つまり、ご両親だけではなく、私も渉の名付け親だったのね」
私が笑うと、渉も笑った。
「私も、渉はずっと特別な人だった。そうじゃなきゃ、ここまで来たりしないのだから」
神妙な顔で、渉が聞いてくれていた。
私たちの皿が空くと、直方体の土鍋に入ったベッコフを、メートルは持ってきた。
羊と牛、豚の肉をワインに漬け込み、玉葱、ジャガイモを重ねてオーブンに掛け、蒸し煮にしたものが、パイ生地で覆った土鍋の中には入っていた。
「ベッコフとはパン屋の窯の意味で、昔、アルザスでは庶民が洗濯ができる日が決まっていて、洗濯日の月曜日の朝に、準備した鍋をパン屋に預け、洗濯が終わる昼頃には出来上がった食べ物」と説明してくれた。
「うまい!」
一口スープを口に入れただけで、渉は満足な顔になった。
私も、スープを飲んでみた。確かに、美味しい。さっきまでの優れなかった体調が、どこかに飛んでいく。
「うん、どれもすごくうまいや。やっぱりドイツとは違うわ。見た目はドイツぽいけど、味はフランス料理で洗練されている」
渉の感想ならぬ解説を聞き、肉の一切れをナイフで切り取り、私は口に入れ噛みしめた。




