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ラ・カンパネラ  作者: Opus
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ストラスブール Opus 2

 小さな橋を渡り、ストラスブールの旧市街であるGrand-Ileに入った。Grand-Ileは建物が密集している。良く似た建物が多く、自分たちがどこを歩いているのかわからなくなり、私たちはまた道に迷ってしまっていた。

 渉が、ホテルへの道を尋ねるために、あそこで訊いて来るよと、街頭の新聞スタンドに行った。

「あなたは、日本人?」

 私よりも二〇センチほど背が高く、一七〇は楽にある女性が、にっこり笑ってフランス語で話し掛けてきた。五〇歳を越えた、真っ白な肌に、血管が浮き出た肌をした、赤毛の女性だ。

「ええ」と私は答えた。

 すると、急に勢いを増して話してくる。フランス語だが、たぶん、ちょっと発音がどこかおかしい。そのためといっては失礼なんだが、私には逆にわかりやすく聞き取れるような気がした。だが、彼女が何度も繰り返している言葉(drapeau national)が「国旗」だと気がつくのに、時間が掛かった。

 どうやら、私が、フランス語がさっぱりわからないと思ったようで、今度は流暢なドイツ語で話してきた。

「どうして日本人は、戦争の時に使った国旗を廃止しないのだ。ドイツは、ナチスの旗を禁止しているのに」

 何度も、同じ言葉を繰り返し、政治的な話を含めて、私の考えを訊いてくる。私は、日本人を代表しているわけではないし、国旗について、しっかりとした考えを持っているわけでもないどころ、ほとんど考えたこともなかった。何より、こんな街角で、そんな話題について、初めて会った異国の人と、まともに話したくはない。

「ごめんなさい。ドイツ語は、わからないの」

 咄嗟に、フランス語で「ドイツ語がわからない」と答えてしまったら、腹を立てたのか、彼女は「では、また」と言って、向こうへ行った。

「どうしたの?」

 すぐそばに戻っていたようで、渉が、後ろから声を掛けてきた。

「土地の人がやってきて、『日本人か?』って訊いてきたから、『ええ』って言ったら、もの凄い勢いでフランス語で話し掛けてきたの。それで、言葉が全然わからない振りをしたら、今度はドイツ語で話し掛けてくるの。とにかく質問から逃げたいので『ドイツ語はわからない』ってフランス語で話したら、怒って行ったの」

「それで、何を訊いてきたの?」

「ドイツはヒットラーが使った鈎十字を禁止したが、あなたたちの国では、アジアの他の国が反対しているのに国旗が復活しようとしている。どうしてなのかって?」

 仏独両国語で話してきた内容を整理して、渉に説明した。

「黙る他ないね」

 災難に遇ったように、同情してくれた。

 誰彼となく、政治的な話を吹っ掛けてくる人は、ヨーロッパでは時々いるから、話せば際限がないから、そんな時は、用心したほうがいいよと、渉は言った。日本で、「国旗国歌法」が施行され、それがこちらでも報道されているというのだが、私はなんとなく知っているだけで、誰かと話せるほどの知識はなかった。

「陽子、もうホテル・アルゲントラムの、かなり近くに来ているみたいだ。スタンドで何か買って道を訊こうとしたんだけど、フランスにいるのに、フランス語の雑誌が意外に少なくって、何も買わないで道を訊いたんだ。それでも親切に教えてくれたよ」

 私たちは、渉が聞いた道を歩き、ホテル・アルゲントラムに向かった。

 四つ角の広くなった所に立つと、威風堂々としたストラスブールの大聖堂が見える。壁面の赤い石が、青い空に映えていた。大聖堂を右手に見ながら、横切る様に大聖堂の前の道を横切り進んだ。

 ホテル・アルゲントラムは、四階建てのトラディッショナルなもので、建物は百年以上は経っているはずだ。一つ一つの調度品は年月を得て重厚さを増し、選んだ人の趣味の良さを感じさせた。

 渉も私も、とても気に入り、三泊したいと申し出た。

 五十歳を越え、濃紺のスーツをしっかりと着こんだ支配人は、「今日の用意はできるが、あいにく明日は満室で……」と慇懃に話す。

 どこか他のホテルに泊まるのを考えたが、このホテルが気に入って一泊する申し出をし、荷物を預けてチェックインまでの間、街に出た。


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